Ⅲ‐3 自発オーディション
「明日朝、用事があるからバイト断って……」
ある日の曲の練習後にタオが云う。
「え、でも、急だなぁ」
何処までもノン気にわたしがそう答える。
そのときのムラサメの表情は憶えていないが、後で聞いたら、
「いっぺん、首を絞てやろうと思ったわーっ」
と云うことなので、余程わたしの態度は無頓着だったのだろう。
楽器を持って午前十時に何処其処に、という段取りだったので、バレバレの風邪引きを装い、朝一番にバイトを休む連絡。
それから特に考えもなく待ち合わせ場所に向かう。
そこでタオの軽自動車に乗り、ムラサメとともに連れて行かれたのは、けっこう大きなレコーディング・スタジオだ。
「え、何、今日レコーディングするの?」
と、わたしが焦ると、
「いや、ステージだ」
とタオが応える。
当事は知らなかった顔と既に知った顔がスタジオ内に集まっている。
「今日だけはおれがMCするけど、明日からもし仕事があればカヲルに任せたからな……」
やがて所定の位置に付いたわたしたちは、けれども不思議にあっさりした緊張感の中にいる。
タオがお馴染みのリラックスポーズを取る。
独特の間があって自分の胸の上に右掌ついで左掌を、一旦両方を離し、それから左掌ついで右掌を重ねて息を吐く。
ついでシンバルの音がゆっくりと静けさの中に漂い出し、
「おれが作った最強バンドの初演です」
とタオが一際厳かに云う。
一瞬振り向いたわたしと目を合わせると力強く首肯く。
ついでドッカン/ドッカンと力強いドラム音とギシガシと鳴るムラサメ本来のベース音がわたしの耳に入り、わたしたちバントの初めてのお祭りが幕を開ける。
いまは いない/いる、きみへ
きみはもうしんでしまったのだから
はなしかけることができない
きみはもうてんにかえったのだから
はなしかけることはできない
でもきくことはできる
わらうことはできるよ
だからなくことはもうしない
きみにくるしみはない
きみはもうしんでしまったのだから
うたをうたうことができない
きみはもうどこにもいないのだから
がっきをかなでることもない
でもきいてはくれるよ
じっとみつめてくれる
だからかなしみはもうないさ
ぼくにくるしみはない
わたしのなかにきみがいて
わたしのなかにぼくがいる
わたしのなかにおもいがあり
わたしのなかにみんながいる
らら ららら らら ららら……
らららら ら ららら……
きみはもうしんでしまったのだから
となりにみることはないけど
きみはもうきえてしまったのだから
ときにはさびしくもおもうよ
でもきみをかんじるさ
ふれることはできるよ
だからもうしたはむかないで
みんなにえがおみせる
らら ららら らら ららら……
らららら ら ららら……
わたしのそとにきみがいて
わたしのそとにぼくがいる
わたしのそとにおもいがあり
わたしのそとにみんながいる
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