Ⅲ‐2 バンド経営
実力があってもバンドは売れない。
演奏力、歌唱力、優れた楽曲、見栄えが良いルックス、その他プラス・アルファがあるのは当然で、けれどそれらがすべて揃っていてもバンドは売れない。
長く続けるのはまた別の問題だが、インディーズからでもデビューするには戦略及び過剰な宣伝が必要だ。
演奏力、歌唱力、優れた楽曲、あるいはルックスばかりに拘るバンドはプロに向いていない。
バンドを宣伝するウェブサイトがあるのは当前で、曲の配信も当たり前。
目立つ処に構わずベタベタとフライヤー(チラシ)を張り、蜘蛛のように待つのではなく、攻撃的に関係者を襲う。
当事練習以外の時間、タオはずっとそうしていたようだ。
自らのバンドに対する溢れかえる自信を演出しながら……。
そして、その先は運しかない。
タオの実力は多くの者が認めていたが、バンドとなれば話は別。
売れるバンドあるいは曲に芸術性など必要ない。
それは後から付いて来るのだ。
わたしたちのバンド・リーダーはタオ。
どうしようもなくタオだ。
すべてをタオが作り上げる。
バンドの内部にいたわたしにはまったくそう見えなかったけれど、バンドにおいてはタオはワンマンなリーダータイプ。
だからこそ運を掴めたのだ。
わたしの書く歌詞が差別化に役立ったのは事実だろう。
ムラサメのルックスが一部のミーハーなファンを惹き付けたのも一助だろう。
が、それらが生きたのはタオの類稀なプロディース力のおかげだ。
ムラサメの内心は知らないが、わたしはそんなタオの庇護の下に安心しきって歌詞を書き、歌メロを作る。
大きな意味でその全体がブレなかったのはタオのプロデュース力の賜物だ。
バンド経営は会社の経営と変わらない。
消費者に商品を提供し、対価を得る。
いろいろとマイナス部分があっても一度気に入ってもらえた商品(会社)は、それを気に入ってもらえた人たちに、とにかく最初に憶えてもらえる。
そして一度憶えてもらえれば、また次の商品をその手に取ってもらえるのだ。
もちろん質の良い商品開発は必須だが……。
そのためには会社を運営する資金の調達が重要で、集めた資金と帳尻を合わせた宣伝及びプロモーション活動が鍵となる。
幸運にもわたしたちの場合にはなかったが、提供商品に見合ったメンバーの入れ替えや追加なども重要だ。
コネクションはあればあるほど良い。
当時のタオは既にある程度のコネを持っていたが、複数のそれがバンド経営には絶対必要。
たとえそれがすぐに役立つものであろうが、なかろうが……。
イベントに呼ばれたならば、それがあまりにも自分たちのイメージを毀すものでなければ参加した方が良い。
バンド(会社)として無理ならばメンバー(社員)の立場として……。
後はジリジリと焦ったりせず、ライブの観客動員数を増やすのみだ。
自分たちに対する過剰な自信は必要だが、プロとしての結果は数字がすべてなのだから……。
そして才能と数字は無関係。
結果として売れた楽曲の裏には才能があるが、売れた曲以上の才能が張り付いていても、次の曲が売れるとは限らない。
また楽曲そのものとバンドだって一体ではない。
わたしたちとも関わりのある大手レコード会社からデビューしたあるバンドの最初のシングル以降の主な仕事は同じ会社に所属する女性歌手のゴーストだ。
当然ライブで披露していた曲なので、そのバンドの根っからのファンたちは彼女らの曲だと知っている。
が、結局彼女らはその曲を自分たちの曲としてリリースすることができない。
さらに将来的に懐メロとなる可能性を孕む曲の権利さえ、彼女らにはない。
権利を売ってしまったのだから当然だが、それにしても気の滅入る話だ。
似たタイプの楽曲を最終的に七曲提供し、自分たちのバンドとしては二枚目のシングルをリリースしたがまったく売れず、レコード会社との契約が切れる。
その後バンドは解散し、それぞれのメンバーはそれぞれの故郷に帰ったと聞いている。
風の噂が聞こえないので、メンバーから自殺者は出なかったのだろう。
夢敗れ、地方に帰って後、自殺する元ミュージシャンの数は多い。
もちろんそれ以上に生き残る人たちの数は多いが……。
その人たちは種々の意味で達観していたり、あるいはバンド活動中に身に付けた種々の処世術(メカニックなど技術的なモノも含む)を生かして、小さいながらも会社経営者として生きていたりする。
尋常ではない音楽に対する情熱に時折、胸を焼かれながら……。
その点、わたしは幸福だ。
ここは本来わたしたちはと云うべきなのだが、特にわたしは幸福だ。
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