Ⅱ‐12 客員

捨てないでください


 何が困ると云って アパートの前に 恋人を捨てられることだ

 これが三輪車だったら まだ わからなくはない

 捨てたのか 放置されたのか それは謎だとしても

 そこに繋がるのは 間接的な関係だからだ

 それに三輪車だったら

 会社や学校に遅刻しそうな大人か若者が乗り捨てることもない

 だから 安心できる

 

 誰が困ると云って デパートの床に 恋人を放たれることだ

 これがラブホテルだったら また 話が変わるが

 飽きたのか 逃げてきたのか 身体に傷はないが

 腸とか精神に 異常がないかどうかわからない

 それに見た目が好みなので

 こっそり ひっそりと 家に持ち帰ってしまいたい衝動に駆られてしまう

 見て唇が乾く


 父にバレると云って リゾートの部屋に 恋人を追い遣ってしまう

 これが一昨日だったら 危ないところだった

 湯が沸いて 景色も良くて 心休まるのだが

 母の気が知れずに 余計なことを考えてしまう

 眉の綺麗な顔が歪み

 身を左右に振って これまで聞いたことがない 艶っぽい声が布団の中で

 わああん と木霊する


 練習……というか、稽古にまったく慣れず、ビクビクと没頭していたのが良かったのかもしれない。

 初日本番、わたしは卒なくステージをこなしたようだ。

『ようだ』と云うのは、わたし自身にその自覚がなかったからで、タオとムラサメも口では、

「上がったよ」

「まいったね」

 とか呟きながら――その実、少しも上がらなかったし、まいらなかったと信じているが――、わたしのことを、

「良くやった」

 と褒めてくれる。

「でもまあ、歌はいいんだよな。木十さんに搾られたから……。けど演奏が……」

 謙遜ではなく正直にわたしが自身の反省点を述べると、

「いや、指は良く動いていたし、もちろん音も外さなかったし、客員としては十分だろう」

 とムラサメがけっこう微妙に評価する。

 それからタオに向かい、

「だけどレベル上がったよな、今回の演劇参加で……」

 と云い、

「バンドの客が増えるかどうか、わかんないけどさ」

 と繋げる。

 タオはビールを飲みながら涼しい顔をしている。

「木十さんはカヲルのこと欲しそうだったな」

 不意にそう呟き、わたしとムラサメを驚かせる。

「何云ってんのさ、バカみたい」

 とわたしが云うと、

「いや、歌い手として欲しいのはもちろんのこと、あれは恋する男の目つきだったよ」

 と、そんなことを云う。

「やだ、止めてよ。オジサンに趣味ないから……」

 さらにわたしがそう続けると、

「カヲルって昭和でも中間層くらいの感じだからさぁ」

 と、しれっとした口調でタオが断定。

 確かにわたしはギリギリ平成の生まれではない。

 が、無論、母世代のわけでもない!


破綻/知らないこと


 何度、暖簾をくぐっても 現れるのは廃墟だった

 靴下を脱ぐと同時に足も脱げてしまって

 わたしが大地に囚われる

 まあ それもいいだろう

 植物になって野を覆いつくしてやる

 独りの楽園を作ってやる


 何度、扉を開いても 崩折れるのは正義だった

 軍服を着ると洩れなく思想が織り込まれて

 友だちが敵に見えてくる

 まあ それもいいだろう

 戦艦に乗って 海を燃やしてやろうか

 泣いたおまえの胸を砕こうか


 経済が笑いながら甘い言葉を囁き

 政治家が国民に背を向ける

 成り上がった国と落ちぶれた国が衝突し

 親と家を失った子供が死ぬ

 ああ、お腹が空いた


 何度、平手を喰らっても 悪夢は終わらないのだった

 みんなが信じて(/騙され・ユニゾンで) それを強固にしているからだ

 諍いが日常風景

 まあ それもいいだろう

 宗教を興し 民を救いに出ようか

 それとも破壊神を呼び出すか


 隣国が眉を顰め 一方的に罵り

 守銭奴がこの国を支配する

 世襲の金持ちと下賎な輩が

 労働者を相変わらず搾取する

 ああ 喉が渇くな


 経済が笑いながら甘い言葉を囁き

 政治家が国民に背を向ける

 成り上がった国と落ちぶれた国が衝突し

 親と家を失った子供が死ぬ

 ああ、お腹が空いた

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