Ⅱ‐11 共同練習

 書いたは良いが、そして音も揃っているが、「やっぱ、ちょっとムリ」ってことで曲付けは保留。

 やはり、そんな簡単にことは運ばない。

 そうこうするうち、『僕が君を食べた朝、母も僕を食べたのだった』の初日が近づき、わたしたちは箱庭トラヴェラーズの劇団員たちと合同練習することになる。

 わたしたちはゲスト扱いだが、でも気を遣うのも――そして余計に苦労するのも――実はわたしたちの方だ。

「ああ、そのタイミングでお願いします」

 演出の木十さんが云い、役者の演技を指導する。

「で、二曲目はアカペラで入れませんか、カヲルさん? ちょっとお客さんがぎょっとするような感じで……」

 木十さんから、それ以上具体的な指示はない。

「あ、はい。じゃ……」

 とわたしが答え、途方に暮れる。

「ミカドさんの踊りの最後から行きます」

 木十さんがそう云った直後パンと手を叩くと、テレビの二時間ドラマでも良く見かける古株劇団員のミカドさんが、しかしテレビの演技からは想像も出来ないような可笑しな踊りを舞う。

 その踊り自体に音は付かないが、まるでその場の空気に纏わりつくように、ピィーヒャララーという笛の音が聞こえて来るのだ。

 いろいろな意味で、その感覚は驚きだ。

 小劇団の演目に慣れていないわたしは。さらに途方に暮れる。

『僕が君を食べた朝、母も僕を食べたのだった』という奇妙な演題を持つその芝居は本質的には泥沼の底に絶えず沈むような悲劇だが――まあ、だから、わたしたちの楽曲が選ばれたのだろうが――上演時間の大半、客席には笑いが耐えない。

 やがて考える間もなくわたしが歌う番が来て、わたしは咄嗟にオクターブ下げて声を発す。

 一フレーズ目はまあ良いとして、いつもよりも遅いテンポで四フレーズ目を過ぎてもまだ、タオもムラサメも音を出さない。

 おいおいおいおい、どうすんだよ、と独り孤独にわたしが歌い続けると、いきなりタオがバスドラをただ一回だけ叩く。

 だから、わたしが次のフレーズの頭でゆっくりと音を揺らしつつ徐々に音階を上げて元に戻すと、そこに絶妙のタイミングでムラサメの裏リズムのベースが絡む。

 その瞬間、曲が体をなす。

 すると――

「オンダさん、ユニゾンして!」

 木十さんが劇団員にムチャ振りする。

 が、そこは劇団員も慣れているのか、強かにわたしの声に自分の声を合わせて来る。

 その声は地声だが――だから少し読経のようでもあったが――けっこう強力で、それから、

「ユルリン、ハモれるかな?」

 と木十さんが云い、

「はい、出来ます」

 と返答をした、素顔では三十過ぎに見える小柄だが体格の良い女性が三度上を当てる。

 もちろんそんな経験、わたしは皆無だ。

 それで、わたしは引き連られて音を外しそうになるが、そのとき助けを求めて顔を向けた先の木十さんの目に浮かぶ鋭い眼光に射竦められ、それどころの騒ぎではない。

 その目は、「プロならばやれ!」と、ごく普通に語っている。

 だからわたしは泣きたくなったが、声を震わせながらも意地を見せ、その場を乗り切り、すぐにタオとムラサメの援護射撃に支えられる。

 ふう……。

 やがて、ゆっくりと曲が終わる。

「はい。取り合えず良いでしょう」

 と木十さんの声が穏やかに聞こえて演技が止まると、次にはどこからともなくパチパチ、パチパチという拍手の音。

 愚かなわたしは最初その拍手が誰に向けられたものかわからない。

 だからオロオロしつつ、どう反応したものかとタオを振り返ると、タオもまた拍手をしている。

 ついでひょろりと長い腕でわたしのことを指差すものだから、その腕の動きを受けて、わたしが自分の右手で、人指し指で、自分の顔を指差すと、タオが鷹揚に首肯いてまた拍手を続ける。

 それでようやく、わたしはその拍手がわたしに向けられたものであることを知ったのだ。

 いや、わたし自身というのは如何にもおこがましい。

 バンドの中でのわたしの振舞いが評価されたわけだから……。

 が、息付く暇もないとはまるでその日のことを指す言葉だったらしく、わたしとわたしたちのバンドのメンバーは、はそれから十時間近く木十さん――及びシカマさん、それに途中から練習に参加した座付き作家のウルシハラさん――たちにイジメ抜かれる。

 わたしは人が死ぬときに見るという走馬灯のイメージの一つに、自分の場合、その日のシーンが入るのは間違いないな、とそんなことを考えながら喉を嗄らす。

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