Ⅱ‐10 リサイタル

 ついさきほどまでザワザワしていた会場が急に緊張感に溢れ、シンとなる。

 練習をしてきたんだから……、練習をしてきたんだから……、練習をしてきたんだから……。

 わたしが心で云い、胸を押さえる。

 タオと同じ方法で……。

 胸の上に右掌ついで左掌を、一旦両手を離し、今度は左掌ついで右掌を重ねる。

 リラックス……。

 リラックス……。

 リラッーァクス……。

 お客さんはおまえの緊張を観に来たんじゃない。

 おまえの姿を見に来たんじゃない。

 スタッフを含めたおまえたち全員からなるバンドを――その空間が奏でる演奏をこそ――観に来ているんだ。

 聴きに来ているんだ!

 幕が上がる。

 今回のプログラムは、いきなりドッカンから始まる。

 幕が上がり切る。

 暗闇に照明が満ちる。

 真っ白く眩く耀き、タオのスティックが、タイミングを計る。

 ワン(タン) ツー(タン) スリー(タンタンタン)

 レッツ・ゴー

 ドッカン ドッカン ドッカン ドドカン

 ズズズズ ズズウン ズズズズ ズズウン

「来ちゃったぜぇ。ここに!」

 わたしが早口で一言云うと、ほぼ満員の客席から、ワオッーと歓声が返ってくる。

 風圧によろけそうだ。

 だけど、わたしの右からも後ろからも強力な風が吹く。

 わたしを押し上げる風が吹く。

「じゃあ、いきまーす!」

 MCはどうしても好きになれないし苦手だが、わたしの役はタオやムラサメとの繋ぎなのだと思うと少しは気が楽になる。

 でも今、そんなことを考えている余裕はない。


花を包む


 花を包む 視線掴む

 君は弾む 心が開く


 犬が笑う 空が晴れる

 虹が光る 心はぐくむ


 今 いま 今を感じて

 今 いま 今がここにある


 砂が迫り 家が壊れ

 人が去って 独りになっても


 橋が流れ 道路が割れ

 山が崩れ みんな消えても


 今 いま 今を確かめ

 今 いま 今を信じてる


 何があろうと ぼくは 野に咲くものを愛すだろう

 何があろうと ぼくは 萌えた命を包むだろう


 遠くを見る 無心に見る

 やがて見える 君の姿が


 近くに寄る 二人駆ける

 ぼくが抱く すべて始まる


 今 いま 今が降り立つ

 今 いま 今が生きている


 今 いま 今を感じて

 今 いま 今がここにある


 その昔人気絶頂だったFMUが歌ったような歌詞および曲だったので、この楽曲が完成した当初、わたしはずいぶん戸惑ってしまう。

 何を戸惑ったのかといえば、そんな歌詞が、わたしの中から出てきたことに、だ。

 タオもムラサメも最初は少し恥ずかしそうに曲を付ける。

 二転、三転して歌メロが固まると、その恥ずかしさが自信になる。

 わたしたち三人が曲を愛す。

 もちろん、これまでの曲を愛していなかったわけではない。

 そうではなくて、一つの違った揺れみたいなものを、わたしたちの魂が叫んでいた別の変化や感じ方を、わたしたちのバンドの変化自体として愛したのだ。

 そして幸いなことに、ツバタさんも、ユシマPも、リクゼンさんも――完成度として否定的な面は指摘されたが――基本的には曲を評価してくれ、さらにウメコさんも、ムラサメ彼女さえ曲を気に入る。

 さらに――もう遅かったけれど――わざわざリサイタルを聴きに駆けつけてくれた箱庭トラヴェラーズの木十さんとシカマさんまで、「ああ、残念だ……」

 と呟いてくれる。

 そのココロは?

 もちろん彼らの次回公演にその曲が使用できない事実を残念がったのだ。

 でもまあ、だからといって、わたしたちの基本方針……っていうか、本質的な姿勢が変わったわけではない。

 だから次の実験作はこんな具合。


季節/嘘ばっかり


 輪郭がずらされ昇る熱帯夜(夏)

 偽者が映える野中の雪祭り(冬)

 囚われた獣の腹に革命歌(秋)

 気配りの記憶初めて食べる芹(春)


 廃屋の炬燵に放射能、眠る(冬)

 薄闇に毒づく沈丁花、紅く(春)

 羽虫追う虹色の蝙蝠、飛んで(夏)

 擦り切れた布団に埋まる茸、狩り(秋)


 偶像が空からぬらり落ちる夏

 神経の制禦壊れて溜まる冬

 改行を繰り返しつつ毟る秋

 ずぶずぶと絵本に足が沈む春

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