Ⅱ‐6 コラボレーション

 わたしたち自身にはあまり自覚がなかったが、わたしたちのバンドは演劇的と評価されている。

 それで客層が大きく変わることもないが、ある朝、とある演劇集団からコラボレーションを申し込まれる。

 具体的には楽曲の提供を依頼されたのだ。

 わたしたちのバンドが所属するレコード会社『ローレライ』のツバタさんが反対しなかったので、とにかくバンドの三人プラス、バンドのプロデュースを引き受ける響音レーベルのユシマP子飼いのスタッフ、リクゼンさんと四人で演劇団・箱庭トラヴェラーズの事務所に向かう。

 出迎えてくれた劇団代表の氷水木十(コオリミズ・モクジュウ)さんたちと一頻り挨拶を交すと、わたしたちのハコの一つともほど近い、彼らのコヤに練習風景を観に移動。

 わたしたちが依頼を引き受けるかどうかわからないので、音楽監督のシカマさんは、劇団の次回公演用にとりあえず別の既存曲を用意したという。

 ……ということは多少、その音に合わせる必要があるのだと悟り、わたしは最初、いくらかゲンナリする。

 まあ、使われていた曲の中にわたしたちの楽曲が含まれていたのは気分を良くしたが……。

 けれども、それらと置き換える曲を作るというのも、またわたしの気力を殺ぐ。

「カヲルがイヤなら、別に引き受けなくてもいいんだぜ」

 他人事のようにタオが云い、

「そうそう。その通り」

 と、これもまた他人事のようにムラサメが同意。

「てめーら、主体性が無いんだよ」

 とわたしが二人に喰ってかかると、

「カヲルさんは、お二人からすごく愛されているんですね」

 とシカマさんが不意に云い、木十さんが首肯く。

 わたしはただ、ヤレヤレ、と思うだけだ。


柔らかく融ける指


 その扉は絶望から出来ていて

 普通に開けることはない

 けれども扉には玻璃の窓が嵌め込まれていて、覗くと

 仮面を被った子供の群れが

 夕立のように踊っているのが見える

 怖い 怖い 怖い

 それはわたしの感情

 祭り 祭り 祭り

 それはだれかの感傷

 ラララララ……


 その引戸は偶然から出来ていて

 普通はリズムが合わない

 けれども引戸にはオシロスコープが仕掛けてあり、覗くと

 仮面を被った生者と死者が

 隠れ処のように怒っているのが判る

 痒い 痒い 痒い

 それはあなたの現状

 絶えろ 絶えろ 絶えろ

 それは自然の現象

 ルルルルル……


 とにかく追われるようにして目の前にあった梯子を上に上にと昇る。その間、景色は暗転/明滅を繰り返したが、わたしは、それに気づきもしない。やがて雲の中からオーバーハングが現れ、そこに扉があったので、わたしは無我夢中でドアを開けて中に入る。真っ暗だ。真っ暗で、真っ暗だ。けれども目を瞑ると気の触れた妖精たちが襲ってくるので瞑ることが出来ない。でもそれがプラスに作用し、やがて目が暗さに慣れ、わたしは形を見い出す。そして、わたしは唐突に悟ってしまう。そこが明日であることを。明日という名を持つ架空の時空であることを。架空の時空だから、細部はわたしの空想の思いのまま。だから、わたしが誰もいないと思えば誰もいず、誰かがいると思えば、そこに誰かが創造される。わたしの頭の中で声が鳴る。わたしがそういうヒトでなかったならば、世界に飢えた老人と子供は存在しなかったかもしれない。わたしの中で声が啼く。わたしがそういう脳気質でなかったらば、世界は笑いに満ち溢れ、人は死ねばいつまでも尊ばれたかもしれない。仮定は架空で、そしてまたドアがあり、ノブをまわせば向こうからもグイとまわしてくる気配が感じられる。わたしはぞっとして身体中がゾワゾワしたが、同時にわたしは知ってもいる。相手にドアを開けさせてはならない。決して相手にドアを開けさせてはならず、かつ、わたしが一番にドアを開けねばならないことを。さもなければ世界は永遠にわたしから奪い取られ、悠久の期間に渡り、何処でもない場所になってしまうからだ。ああ……。


 その世界は誘惑から出来ていて

 普通は人間がいない

 けれども世界には神様がウロウロと彷徨い、願うと

 仮面を被った信徒と使途が

 音楽のように湧き出て来るのがウザい

 憎め 憎め 憎め

 それがこの世の生業

 愛せ 愛せ 愛せ

 それがわたしの非意識

 ふふふふふ……

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