Ⅱ‐4 仲間たちのこと
偶然だったが、タオもムラサメもわたしと同じ母子家庭で育っている。
タオの父親はタオが中学生のとき病気で死に、ムラサメの父親はムラサメが小学校に上がる前に女と失踪する。
だからタオはもう二度と実の父親に会う機会がないが、ムラサメの方には、その機会がある。
そう、それは実際にあったのだ。
家に写真もないから、ムラサメは子供時代に自分を可愛がった子煩悩な父親像しか憶えていないと云う。
なのに、あのときどうしてあの男のことを自分の父親だと確信したか、今でも不思議だ、と繰り返し云う。
ムラサメがこの土地に出て来てからのことだ。
自分の生まれ故郷から数百キロも離れた田舎者の坩堝の街で二人の軌跡が重なる。
「あの男は若い女を連れていて、女は年齢から探れば、あの男の娘のようにも見えたが、幼い子供の手を引いていたので、きっと愛人なんだろうと思った」
と醒めた口調でムラサメが云う。
「連れていた子供はまるで女の子みたいな綺麗な顔で微笑む男の子で、都会のビル風に乗って偶然聞こえてきた男の子の名前はリュウノスケだった。それだけ……」
珍しく安酒に酔ったトロリとした目付きでムラサメが、わたし一人にそう語る。
「絶対に気が付かれないだろうと思ったのと、どうしても気が付いて欲しいっていう気持ちが自分の顔に表れるのが――昇ってくるのが、浮かんでくるのが――感じられて、カヲルの歌詞じゃないけど、その場に静止しつつ、移動しながら、三十分くらいかな、ずっと後を付けたよ。どんどん、どんどん、子供時代のオレの顔に戻りながら……。バカみたいだろ!」
「そんなことはないよ」
とわたし。
「そうかな?」
「そうだよ」
「じゃ、わかった」
会話がそこで途切れる。
それから数分間、ちょっとぎこちない微妙な心理状態が二人を包み、でもわたしはムラサメに応援のキスをしない。
だけどその代わり、わたし自身がお話の中に入り、交された会話の内容すべてを物語に変える。
「トイレでさ」
数分してから、わたしが云う。
「後ろに視線を感じたけど振り返らなかったでしょ。……あれはきっとね、お父さんがムラサメを見て、ごめんな、……忘れてはいないけど、もうムリなんだよ、って云ってたからだよ」
そしてわたしはそんなことはこれっぽちもムラサメに云わない。
気づくと、わたしはムラサメのアパートで大胆な格好をして眠っていて――いや、目覚めていて――、慌ててムラサメの姿を探したが、ムラサメは部屋の何処にもいない。
『それはスペアキーだから、次に会ったときに返してくれ』
四畳半の和室の円卓の上に置いてあった鍵の下に几帳面な文字のメモ書きがあり、わたしは昨夜の出来事のどこまでが自分の妄想だったのかわからなくなったし、今に至ってもわからない。
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