Ⅱ‐3 両親のこと

 わたしの父とは母はずいぶん前――わたしがまだ本当の子供の頃――に離婚し、でも父はわたしにとって良い父親だったし、母にとっても良い夫だったはずだ。

 それでも父が母から離れなければならなかったのは、母に好きな人がいたからで――、いや、あくまでも過去の時制でだが――、その人は今でも生きているし、母と話をすることもある。

 思い出も語るが、現在では、ただそれだけの関係だ。

 それ以上の心及び身体の交流は既に解消済み。

 十分過ぎるほど解消されている。

 母はわたしがそのことに気づいているのか、いないのか、それとなくでもわたしに問いかけたりしない。

 母が、そういう人間だからだ。

 でもあの瞬間、わたしでもそれとわかる濃密な空気を感じ、でもそれは強烈な懐かしさでもあったのだ。

 父は母が過去に愛し、そして別れた相手が自分と同性ならば、きっと離婚しなかったに違いない。

 今ではわたしはそう思う。

 母が父にその人との出会いや自分の心の奥深いところを打ち明けたとも思えないが、父は母を愛していたので、どうしても気づいてしまう運命にあったのだろう。

 父が、そういう人間だったからだ。

 父が今のように、わたしには想像も出来ない齢を重ねた心を当事持っていたとしたら、父は母を受け入れられただろう、とわたしは夢想する。

 けれども当事まだそれが出来なかったといえ、また父が普通の男の感性を持った男でしかなかったとはいえ、わたしは父を責めはしない。

 わたしが母のことを一人の女として――また一人の優れた職業婦人として――認めるように、わたしが父のことを認めているからだ。


装置/色彩


 幽霊が虚数の時刻に目の前を通り過ぎる

 そこに実数の影は落ちない

 すると丸くて四角くて三角な物体が

「やあ、この辺りもすっかり変わってしまってね」と云いながら時空を遡り

 過去のわたしを、とある事故から救ってくれた

 今やっと、それがわかる

 そして、この世界とはロジックの違う怪物が現れるのは、まだ先だ


 超人が無数の場面で音も無く活躍する

 見れば老人の杖が崩れる

 やがて黒くて黄色くて真っ青な抽象が

「あの、高速道路の下を潜り抜けて右」と説明しつつ角を曲がると

 未来のあなたを、とある限定から守りに行った

 まだ今は、それと知れぬ

 そして、この世界とはロジックの違う怪物が現れたのは、もう昔


 そのスイッチには、多分、触らない方がいい

 あのウィットには、きっと、決まった主がいない

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