Ⅰ‐13 リリース

 バックステージに流れるオープニング・アニメーションを製作してくれたのは響音レーベルとも交流がある――また単なる偶然だがウメコさんがデビューの頃からのファンだった――イラストレーターのコシジワセ・キアンさんだ。

 最初のアニメーションを作るに当たり、コシジワセさんは何度もわたしたちのステージに足を運んでいる。

 バンド宣伝用のOPでもあったから、わたしたち三人も緊張しながら協力体制を取る。

 人によってはキレイにもグロテスクにも見える絵柄のキアンさんだったので、余計に気を遣ったのかもしれない。

 ネット用に仕上がったフラッシュ作品を見て、わたしが「ワオ!」と叫ぶ。

 何故なら、そこにはわたしの語りで次々と姿を変える、もう一人のわたしがいたからだ。

 そのフラッシュ映像の中で、わたしは一瞬、白い羽根を生やした天使に変わる。

 その瞬間、わたしの顔が凍り付いてしまう。

 それから画面の中で天使が微笑む。

 連られて、わたしも微笑む。

 わたしにも微笑むことができたのだ。

「さすがプロだね。そっくりだったぞ」

 それがタオの感想。

「ああ、確かに……」

 ムラサメも続けて相槌を打つ。

「だけどオレとタオの出番が少ねーよな」

 まあ、それは事実だ。

 もちろん全然描かれていないわけではない。

 が、ムラサメとタオはいわゆるチョイ役。

「でも、かっこいいシーンじゃん」

 と、わたしが指摘。

 だって二人は悪魔――と思しき複数の黒いモノ――を退治し、永遠に近い間ずっと閉ざされて来た洞窟の扉を開け、わたし――と思われるキャラクター――をこの世界に解放してくれるのだから……。


 初めてのフルレングスとなる二枚目のアルバムは日本ローレライの津端義彦さんにプロデュースされる。

 というより、プロデュースされ捲る。

 具体的にはタオのドラムスが控えめにされ、ムラサメのベースが前面に押し出される。

 わたしたちのステージを一度でも見たことがある人なら、ムラサメのベーステクニックがハンパじゃないことがわかるだろうが、これまでリリースされてきたすべてのアルバムでは確かにベースの音が――ヘッドフォンを使わない場合――あまり良く聞こえなかったのだ。

 響音レーベルはわたしたちの音作りにあまり口を挟むことがなく、それまで最も多く曲作りに関わってくれた湯島三郎ことユシマPもまったく煩いことを云わなかったし、ムラサメ自身もタオの音が気に入っていたので、とにかくタオをフューチャーする方向で楽曲がプロデュースされることがほとんどだ。

 だが――

「もったいないからね」

 と最初にツバタさんが指摘する。

「きみたちは三人しかいないんだからさ」

 と付け加える。

「アルバムはステージと違っていいんだよ」

 そうも云う。

「はい」

 わたしたちはツバタさんを信じて付いていくしかない。

 そして約三ヵ月後に出来上がったアルバムは素晴らしい。

 少なくとも、わたしたちがこれまでのアルバムでは上手く聞かせることができなかったステージ上での要素が程好い加減で詰まっていたからだ。

 緊張感はあるが、ギリギリと歯を噛み締めるようなものではなく、またある極点を越えた後のような開放感がハンパじゃなくて、正直云ってツバタさんには負けたと思う。

 これまで楽曲の纏めに困ると、わたしたちは一応相談してからタオの音を強調し、誤魔化してきたわけが、それが単なる言訳でしかなかったことを、わたしたち自身に納得させたからだ。

 とはいえ初めから和気藹々でなかったことも事実だが……。


希望/再生


 死んだ馬の向こう側に死神が立っていたとして

 何を畏れることがあるだろう

 死神は務めを果たすだけだ

 そして馬が良く生きたことをわたしは知っている


 数十年前に悲惨な出来事が起こっても

 おはよう こんにちは こんばんは が繰り返されて

 数十年後にわたしたちの世界が破滅してしまっても

 おはよう こんにちは こんばんは は繰り返されるだろう


 それがわたしたちであれば この世の種として素直に嬉しいが

 それがわたしたちでなくたって ちっとも構やしない


 ツバタさんがわたし自身に要求した内容も多方面に及ぶ。

 歌詞についてもそうだったし、ギター――アコギも電気も――の音色についてもそうだ。

 ステージで再現出来ないのでこれまでわたしたちが避けてきたキーボードを導入したのもツバタさんだが、わたしの化粧を薄くしろと云われたときは正直云って面食らう。

「あの、それは……」

「カオル、逃げんなよ。昔の顔をしてごらん」

 えっ? まさか! 知ってるの? 過去のわたしを?

「知ってるんですか?」

「何をだ?」

 たぶん、しらばっくれているのだろうが、今に至るもわたしはツバタさんから答をもらっていない。

 わたしとは違うのだろうが、タオもムラサメもツバタさんからの薫陶を受ける。

「結局、あの人、マルチプレーヤーじゃん」

 タオが呆れたように云うと、

「そうそう。いきなりチョッパーでブルー・シャンペン弾かれたときは焦ったよ」

 ムラサメが心底驚いたように相槌を打ち、

「バックがさ、欲しいって云うから、エレピでギターみたいなアルペジオ弾いてたら指運を思いっきり直されて、それで、あれあれ不思議、苦手なコード進行をスムースに弾けるようになったんだよ」

 わたしもエピソードを付け加える。

 不満もあったが、それはわたしたちがまだ若過ぎて、色々なことが見えなかったからだろう。

 ともあれ、わたしたちはこの世界に旅立ったばかりだ。

 順風満帆を願いはするが、人は神ではない弱い存在だ。

 だから先のことなどわかるはずもない。


希望/非縮潰


 誰一人 いない

 鳥一羽 飛ばぬ

 閉ざされた過去の街

 きみが囚われる


 大砲が 錆びて

 警笛が 途絶え

 覆われた過去の城

 ぼくが囚われる


 ああ そこは心の中

 きみは ぼくは 知っている

 ああ そこは深く深い

 きみは ぼくは 背伸びする


 違うところ 違うところ 違うところ 違うところ 違うところ

 でもそれは

 同じところ 同じところ 同じところ 同じところ 同じところ

 もしも気が付けば


 どちらが先に死んでいるのか

 ぼくに きみに わからない

 どちらが先に生き返るのか

 きみに ぼくに 無関係


 たとえどんなに壊れていても

 たとえゾンビだらけだろうと

 その過去は未来に生き延びて

 ぼくたちに機会を与えるのだ


 たとえ何もなくっても

 たとえ異形ばかりでも

 その城はこの地で待ち

 ぼくらは出会うだろう


 誰一人 いない

 鳥一羽 飛ばぬ

 閉ざされた過去の街

 きみが囚われる


 大砲が 錆びて

 警笛が 途絶え

 覆われた過去の城

 ぼくが囚われる


 けれども最後には手の先が触れ合うんだ

 そして世界は新たな輝きを取り戻すのだ(第一章・終)

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