Ⅰ‐12 プロデュース

 メジャーデビューが決まったのは、事実として、わたしたちのバンドの観客動員数が多かったからだ。

 通常のライブ活動だけではなく、響音レーベルで企画されたお洒落な演劇舞台でのリサイタルが思った以上に女性のファンを増やしたようだ。

 これもメジャーレーベルに目を向けさせた要因だろう。

 あのステージでタオは激しいドラムを叩かない。

 それどころか、ムラサメとわたしと三人でギター・アンサンブルさえやってのける。

 ちょうどその頃から最初は全然売れなかったCDやDVDの売り上げが伸びたのも大きい。

 それらの一部はネットにもアップされているが、今のところ宣伝効果の方が大きいので、響音レーベルはクレームを付けない。

 同レーベルで再録音していないオリジナル楽曲入りのミニCDをコンサートやリサイタル会場で売ったのも良かったのかもしれない。

 種々の要因が上手くプラスに噛み合わさったのだ。

 とにかくメジャーデビューの話が日本レコード協会正会員の複数社から来て、まあ、いろいろあって所属レーベルが選択され、さらに響音レーベルがマネジメントを担当することで契約が纏まる。

 最初に出すことになったCDは顔見世のような三曲入りのミニアルバム――ただしすべて新曲――で、これはマイナー時代からのファンには、あまりウケが良くない。

 理由はだいたいわかるし、またわかるような気がするし、おそらくわかっている。

 当事者であるわたしたちにとってさえ、実際に録音し、プロデュースし、刈り込み、粛々と作業を続けた挙句、そうねえ、と首を傾げる部分がいくつも残ったからだ。

 けれどもそのアルバムのどの楽曲にもタオのドラムが、これでもかっていうくらいフューチャーされていて、その点では、わたしたちの元々の曲に近かったと思う。

 ステージ上では新鮮な感じがしたのか、マイナー時代からのファンにもウケる。

 今は閉館してしまった、約五十年の歴史を持つ老舗の会館のステージでマイクを手に観客を見たときには、ブーイングされたらどうしよう、と全身をぶるぶると戦慄(わなか)かせたが……。

 あのとき、ムラサメとタオの視線がわたしを守る。

 まさに、そうでなきゃいけないときに、そうじゃなきゃいけないようにわたしを守り、わたしに元気を与えてくれる。

 客席内にいたミキサーも、ステージ裏のスタッフたちも、その他の関係者たちすべてが、わたしに元気を与えてくれる。

 会場内に三台も設置された――一台は移動用の――ビデオカメラの前に自分を曝す勇気を与えてくれる。


生命/カンタータ


 あの白いものはなんだろう

 黄昏の街角をはらりとたゆとい

 わたしの目に映り 眼窩を突き貫けて

 脳内に優しく触れて去っていった

 わたしは違う世界を観るようになった


 スズメがネコに身を剥がされ

 一瞬の凶暴が振る舞う自然に

 わたしの声となり 真昼に逆らって

 何処までも曲がらぬ路に落ちて揺れた

 わたしは違うあなたを感じてしまった


 風を吸って膨らんだ中身のないゴミ袋そっくりの死が

 世界には満ち満ちている

 虚空から聞こえて来る ヒトであるわたしを騙る何かが

 この世には幾らでもいる


 微かにざわめく皮膚たちは

 モノになる工程をゆうるり眺めて

 あなたの胸を刺し ドクドク血を流し

 永遠の生命(いのち)を求め 音に裂けた

 あなたは違う形に変わって笑う


 異性体が待つ偏光は

 ビーカーの内側で電子を励起し

 あなたの体験を嘗めては吐き出して

 思い出を解体しつつ 蒼く染まる

 あなたは違うわたしに出会ってしまった


 空に増える数多い気が触れないブヨブヨに膨らんだ死が

 誰かには良く見えている

 奈落から叫んでいる あなたであるヒトを食す気配が

 あなたに/わたしに だけは見えてない


 風を吐いてすぼまった中身のないゴミ袋そっくりの死が

 世界には満ち満ちている

 虚空から染み出て来る わたしであるヒトを騙る何かが

 この世には幾らでもいる


 どこまでも、どこまでも、どこまでも歩いても、必ずその先があった

 海もなく、川もなく、国もなく、人もなく、ただ道だけが続いていた

 もう死んでしまったのだろうか

 それにしては、この扱いは酷過ぎる

 それともまだ生きているのだろうか

 それだったら、もういい加減殺して欲しい

 お腹は空かない 太陽は昇る

 お腹は空かない 月が輝く

 お腹は空かない 風が吹いて

 お腹は空かない 知らない星座ばかりだ

 お腹は空かない 太陽が沈む

 お腹は空かない 月が消える

 お腹は空かない 雨が降って

 お腹は空かない 新しい神話を語ろう


 昔々、この世界は宇宙のどこにも存在してはいませんでした

 いえ、実を云うと、世界は存在していたのですが、その世界を認識する/感じる何ものも存在しなかったので、世界は存在することができなかったのでした

 もちろん世界は、そんなことを知っちゃあいませんし、まるで気付いてもいませんでした

 そうして、ずいぶんと長い年月がいつの間にか経ってしまっていたのでした

 その間ずっと世界は非存在の存在を続けていたのでした

 長い長い間……

 長い長い年月……でも、

 ところがある日、

 世界は自分の足の裏がほんの少しだけこそばゆいのことに気が付いてしまったのです

 はじまり、はじまり……

 はじまり――

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