Ⅰ‐11 ムラサメ彼女
ムラサメの彼女は、いまだに此処から遠いムラサメ出身地の西の街にいる。
ときどきこちらに飛んで来ては、コンサートやリサイタルの後で楽屋や打ち上げに顔を覗かせ、わざわざわたしを、これでもか、と睨みつける。
どういう誤解があるのか、ムラサメ彼女は、わたしが彼を狙っていると思い込んでいるのだ。
いくら違うと云っても納得しない。
それに対するムラサメの態度は悪くないのだが、面倒臭いのか、あえて誤解を解こうともしない。
ある日タオにそのことで不平を漏らすと、隣にいたウメコさんが云う。
「はっきりした相手を想定しないと心配で心配で眠れないのよ」
だけどウメコさんの言葉に納得できなかったわたしは、
「別にわたしでなくたって、いいとは思いません?」
と問い返す。
すると――
「だって他にいないのよ。相手がわたしだったら話がややこしくなるし、ムラサメさんのこっちでの交友関係だって、そんなに詳しくないはずでしょう」
「うーん。でも、だけど……」
「それに彼女は本心では知っているのよ。あなたがムラサメさんを奪わないってね」
閉回路/遁走
音のない世界があったら ぼくはきみの無音を聞こうとするだろうか?
色のない世界があったら きみはぼくを無色に塗ろうとするだろうか?
中空に塊が現れて タンシチューの味を ぼくらに触れさせたとき
もしも世界が無数の死骸の上の烏の髑髏に映された毒ニンジンなら
台風がヘリコプターを回しながら 奈落の上に昇ってくる
明日が発狂した女の子宮の奥の惜しみない快哉の叫びならば
ぼくはそれを飲み干そうとしながら 躊躇しつつ きみに恋の歌を捧げよう
愛している 愛している でも、もういない
愛している 愛している きみ、いしのなか
そこまで書いて、わたしは自分を嘘つきだと思う。
わたしは、あたしは、ぼくではないし、事実としてもういないけれど、彼はきみではない。
それなら方向を変えればいいのか?
このわたしが?
ずっとずっとずっと知っていながら目を背けている臆病者の、このわたしが?
ノウマク サンマンダ バザラ ダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン
ノウマク サンマンダ ボダナン バク
オン ア ラ ハ シャノウ
オン サンマヤ サトバン
オン カカカビ サンマエイ ソワカ
オン マイタレイヤ ソワカ
オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ
オン アロリキヤ ソワカ
オン サンザン ザンサク ソワカ(オン サンザンサク ソワカ)
オン アミリタ テイセイ カラ ウン
オン アキシャビヤ ウン
オン アビラウンケン バザラ ダトバン
ノウボウ アキャシャキャラバヤ オンアリキャ マリボリ ソワカ
まあ、ないだろうな、それは?
真言(タントラ)自体は嫌いではないが……。
かけまくもあやにかしこき くにつくりし
おおなむちのみこと すくなひこなのみことの うづのおおまえにもうさく
このごろ よもやものさとさとに ときのけおこりて
ひとともさわに やみこやしあるは
うせぬるすくなからぬことことをら うれへなげかひ
かみよのはじめのときに おおかみたち もろもろのやまひを おさむるくすりと
まじなひのわざとをおしへやまひて
あおひとぐさをすくひたまひ めぐみたまひし
ひろきあつきみたまのふゆを とうとびまつり あおぎまつりて
けふのいくひのたるひに いやしろのみてくらをささげもちて
たたへごとおへまつらくを たひらけくやすらけく きこしめして
やまひにおえなやめるひとどもを いまもとくなおしたまひ たすけたまひ
こののちにこのところに ときのけなからしめたまへと
かしこみかしこみももうす
……とはいえ、これも、ないだろう?
内容自体はアリとしても……。
もちろん祝詞の音自体は嫌いではないが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます