Ⅰ‐9 見える?

「ねえ、タオ。タオは何であのときあたしを抱かなかったの?」

 もしかしてわたしの心は、そんことを冗談として口に出来るほど回復している……のかな?

 タオの返しは、こうだ。

「さあ、何でだろうね? 知らねーっ」

「あたしって可愛くない?」

「ああ、可愛くはないな」

「あっさり云うな。でもなるほど、そういう理由なのか。タオの趣味じゃなかったってわけね」

「カヲルはさ、どっちかっていうと、きれい、だな。それもカタカナじゃなくって、漢字でもなくって、ひらがなで……」

 大好きな人から、そんなことを云われたら、わたしは何て答えればいいのだろう?

「ああ、ありがとう。お世辞でも嬉しいよ。でも欲望の対象じゃなかったのは同じなわけね」

「おまえさ、独り占めにされたいなんて思ってなかったじゃん。だろ?」

「さあてね。どうなんだろう? 自分じゃわかんないよ。でも一瞬の性愛に、欲望に、そんなこと関係ないと思うよ」

「あの日、おまえ、おれんちに泊まっておれが眠った後、おれのチンチン触って、勃ってなかったからすぐに諦めて、おれを寝かしたままにしたじゃん」

「知ってたの?」

 驚きだ!

 頬がかあーっと熱くなる。

「なんとなくだけどな」

「じゃ、あのまま続けてたら勃った? そうしたら、あたしを抱いてた?」

「わかんねーな。でもあのときだったら、あったかもな? けど……」

「うん。確かに今はないよな。それはわたしにだってわかる」

「おまえ、自分で思ってるほど、おれのこと好きじゃねーよ。知ってた?」

「うーん、知ってたかも……。で、それが?」

「おれはカヲルの才能が欲しかったから、それを分けてもらうことを決めた。実際、おまえがいなかったらメジャーデビューの話は来なかったよ。おれさ、ずっとアマチュアとかセミプロとかと一緒にやって来たから、その感覚はわかるんだ。それに……」

「それに?」

「おまえを守ってるヤツの顔が見えたし……」

「えっ、ホントに?」

「声もかけられたけど、残念ながら聞こえなかったな」


ウィークエンド/終末の天使


 崖下で波が寄せて弾け、ガラスに変わる 凍る

 旧山で熱が溜まり噴火、鏡に化ける 映る

 市街地で広場裂けて落下、他人が腐る 臭う


 済みません 申し訳 ありません

 心にもなく きみは云って 共犯者を睨む

 偶然で 偶々で 魔が差して

 云われた通り きみは吐いて 被害者を疎む

 

 自分ではわからない 腕に傷をつけただけ

 そうすれば構われる 誰に習ってもいない


 イヌ イヌ イヌ A A A 少年と少女

 キズ キズ キズ B B B 老人と老女


 他人にはわかるのか 首の痕のミミズ腫れ

 反すれば無視される きみは殺してもいいよ


 あいうえお あかさたな 音の群れ

 語り掛けてる きみの言葉 裁判所に響く

 いろはのい 新聞紙 滑舌は

 裁判官の頭の上 天使二位が舞っている


 蒼穹で雲が破裂四散、時間が解けて 止まる

 海岸で津波砕け、避難路錆びて 悟る

 郊外で川が荒れて、微粒子壊れ 終わる


 世界が終わる 

 それはプラスとマイナスの関係性の崩壊

 宇宙定数が僅かにずれて

 ヒトも モノも とにかくすべてが内側から引き裂かれた

 ものすごい勢いで 全部が内側から破裂した

 再構成はない 再構成は、ない ない ない ない ない……

 それで神も死んだが いく位かの天使は無の中に漂って

 溶融して停止した時間の塊で出来た眼球に

 それらの、これらの、あれらの姿を反射していた

 反射していた 反射していた ……

 美しかった!


「きっとさ、いいよ、許すよ、って云ってたんだと思うな。たぶん、だけど……。そう思う」

「だったら?」

「いや、だったらって、大したことじゃないけどね。……でも意外! タオって見えるヒトだったんだ」

「人並みにゾッと感じることくらいは、ま、あったさ。けど、はっきりと人型が見えたのはそんなにないな。せいぜい二、三回くらいで、あそこまでなのは初めてだ。で、カヲルは?」

「云って、引かない?」

「なーにを今更」

「じゃ、云うけど、前には良く見えてた。本当に……。でも今は見えない。十年くらい前から徐々に見えなくなった。でも少し感じたりすることはあるけど、でもそれは全部、自分の願望なんだって理解してる。あるいは自分の頭の中の、無意識にかもしれないけど自分自身で作り出した、声とか、映像とか……」

「まだ怖い夢は見る?」

「マジな話、タオと出会ってから、ほとんど見なくなったよ。……その件に関しては、ありがとう」

「一部は詞に化けたんだろうな……。次は愛の歌も書けよ。きっと売れるぜ!」

「……って、今のままじゃ、これ以上、望めないってわけ? まあ、そうだけど。……でもさあ、タオは知ってるのかな? 歌、うたうの、このあたしなんだよ。こっぱずかくて、そんなの歌えるかい!」

 でも書き溜めたりしているわたしは、そのときだけ乙女チックムードに浸る。

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