Ⅰ‐7 邂逅
タオが生まれたのは北の街で、でも小学校に上がる前に今の場所にやって来る。
ムラサメは南の街の出身者で、最初はその地でバンドを組んでいたが北上する。
わたしがムラサメを見る感覚からは想像出来ないが、意見の対立が多くてバンドを転々としていたと語ったことがある。
こっちに来て早い時期にタオの音を聞いて速攻タオとバンドを組むことに決めたらしい。
まあ、実際にバンドを組めたのは、しばらく経ってからのことだったが……。
当時タオは何処のバンドにも所属していなくて、アマチュアもしくはセミプロバンドの雇われドラマーで生計を立てる。
つまり、それくらいドラムが上手かったってことだ。
タオには妙な野心というか、功名心がない。
自分が出したい音を自分が出せるようにしていられれば、それだけで満足できるような性格だ。
タオを雇用していた多くのバンドは、リハを繰り返した挙句、最終的にタオの叩き出す音を基本仕様として採用する。
ドラムソロのときは別だが、タオは自身種々の曲あるいはメロに合わせて音を工夫するのが好きだ。
その性格が幸いしたのだろう。
そうでなければ、今頃タオは此処にいなかったと思う。
タオのその性格と考え方は今でもまったく変わっていないはずだ。
が、わたしを仲間に引き入れて自らがリーダーを名乗り、バンドを組もうと云ったのもタオだ。
古めかしいけれど、わたしにとってそれは、まさに青天の霹靂!
「お姉さん、ひとりだけ?」
深夜の、交番がそんなに近くにはない比較的乗降客数の多い駅前の道路際で週末に、わたしの弾き語り――当事はエレピ――が終わり、あのとき五人くらいいた聴衆からの疎らな拍手の後でタオがわたしにそう問うたのが始まりだ。
「そうですけど、何か?」
と、わたしが答える。
少し寒かったし、通りがかりで歌を聞いてくれた人たちのノリも良くなかったので、その曲でお開きにしようとしていたところ。
「ふうん」
とタオ。
当時は初めてだし、名前も知らなかったから、誰、この格好いいお兄さん、と思っていたかもしれない。
「ギターも弾ける?」
「ええ、まあ……」
「あとは?」
「伴奏だけならヴァイオリンも出来ますけど、カッコ付けだけって感じですね」
わたしたちの会話を何となく聞いていた、わたしと同じか、あるいはもっと年若い男女のカップルが去り、タオと二人きりになると心臓がドキドキと鳴る。
ゆっくりと数少ない身のまわりの片づけをしながら、気不味いのでこっちから訊く。
「お兄さんは?」
「名前はタオ。ドラマーやってまーす。家は、まあ、この近く」
その場所はウメコさんとの新居とも近かったが、あのときまだタオは結婚していない(付き合ってはいる)。
「タオさん」
「タオでいいよ」
「じゃ、タオ」
「何?」
「ナンパじゃないわよね。それともナンパ? あたし、見てわかるけど、可愛くないよ。それに脱いでもスゴくないし……」
見ず知らずの人に自分でも何でそんなこと云ったのかわからない。
「ナンパじゃないけど、食事ならおごるよ。お腹、空いてんなら……」
あのときは素直に誘いに乗ろうと思う。
だけど居酒屋は厭。
ウルサイし、ウルサイし、ウルサイから……。
人がいて、人がいて、人がいるから……。
いやまあ、深夜の居酒屋はそうでもないことも結構あるが、でもやっぱり気が進まない。
だけどいつもだったら、わたしはあんなことを初対面の相手に云わないはずだ。
「タオの家に行きたい」
「ウチ来ても何もないぜ」
「帰りにコンビニで買えばいーじゃん。……それとも、あ、自宅とか?」
「そうじゃないけど……。でも、ま、いいか。じゃ、おいでよ、えーと?」
「カヲル。カヲルっていいます。別に他の名前でもいいけど、歌うたうときは、カタカナで『カヲル』。で、『ヲ』は『を』で『うぉ』」
通じたかどうかわからないが、でもタオが、
「じゃ、行こうぜ、カヲルさん」
と答えたのだから、きっと通じていたのだろう。
考えて見れば、あのときが最初で最後の、わたしが、あたしが、わたしがタオを手に入れる最大のチャンス。
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