Ⅰ‐3 シオリお姉さん
タオが軽音楽を聴き始めたのは中学生のときで、親しくしてもらっていた隣の家のシオリお姉さんの影響だと聞いている。
今でも時々コンサートや――贅沢でありがたいことだが――わたしたちのバンドのリサイタルにわざわざ足を運んでくれる。
タオの地元から電車と歩きで三十分かからないエンジャでやるときは必ず姿を見かける。
昔からの知り合いなんだから楽屋に来ればいいものを、シオリお姉さんは滅多に楽屋に顔を覗かせない。
いわゆるお試しの前座ではなくて――ランク的に多くはなかったけれど――初めてギャラを貰って演奏したのがエンジャだ。
ビルの半地下でギュウ詰めすれば、まあ、五十人は入るハコだ。
JR沿線では有名どころ。
昔日の勢いはないが、それは都会でも多くのハコでそうだから仕方がない。
時代に文句を云っても始まらない。
ポストパンクの時節にドゥームが好きだったヤツもいるわけだ。
シオリお姉さんの定位置はオールスタンディングの真ん中後ろの方。
わたしと目が合えばニッコリ笑いかけてくれる。
性格は違ったけれど、わたしはシオリお姉さんと結構気が合う。
それは互いに教えてもいない秘密を共有していたからかもしれない。
面と向かって確認したことはなかったけれど、わたしたち二人は、どちらもタオのことが好きだ。
もちろん男性として……。
でもシオリお姉さんにとってタオはずっと長いこと弟のような存在だったのだろうと思う。
身内だけで行われたタオの結婚式のとき、わたしは心臓を抉り取られたようなシオリお姉さんの顔を見てしまう。
気持ちがだんだんとシフトして行き、きっと自分でも気が付かなかった、あるいは気が付けなかったうちにそうなってしまったのだが間に合わなかった……とか、そんな具合に今ではシオリお姉さんの心情を解釈している。
まあそれは詮無いことではあったけれど……。
まあそれは、どうにもならないことではあるのだけど……。
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