Ⅰ‐2 タオ

 タオは田尾であって単なる苗字で名前が義康(ヨシヤス)と云うことは彼のファンなら誰でも知っている。

 でもバンドでは田尾はタオとカタカナ表記で統一していて、哲学的と云うか道教の概念とそれとなく引っ掛かるように演出している。

 実際のタオはドラムが天才的に上手い以外は、まあ普通の人間で、精神的なものにはまるで興味が無い。

 たぶんどんな哲学書も読んだことがないだろうし、そんなことをする時間があったら、きっ八百万屋まで出かけて行ってラーメンを食べているだろう。

 タオはそんなヤツだ。

 だからタオという言葉の意味するところが、漢民族の土着的/伝統的宗教である道教の中心概念であって、宇宙と人生の根源的な不滅の真理を指す、ということをまったく知らない。

 ……っていうか、わたしが話すまで気づきもしない。

「『道』という字は「しんにょう」が終わりを「首」が始まりを表していて、字そのものが、『易』の『太極』で云うところの二元論的要素を表しているんだよ」

 と説明してもチンプンカンプンだ。

 でも、それでいい。

 タオに仙人に成られたら、わたしもムラサメも困惑するし、第一バンドが成り立たない。

 それにわたしに限って云えば、タオはわたしの詞をハートで受け止めてくれるのだ。

 それだけで十分じゃない?


「じゃあ、次の曲に行こうか!」

 あっそ、造り込むのに飽きたわけね……ま、いいけど。


反射板/月末


 ああ、きみの身体 青いワイン 薄くなる

 ああ、きみの世界 赤い夜空 透ける

 ああ、きみの仮面 白いレモン 寒くなる

 ああ、きみの背中 黒い蒸気 欠ける 


 悪戯が過ぎたから 公園が宙を舞う

 退屈が重なって 釣橋が海に咲く

 運命が尽きたから 内臓が波に乗り

 天才が絡まって 校庭が夢になる


 不思議さが病気を拗らせた芋虫のように

 ぼくの頭の後ろから幼女の声で呼びかける

 災厄が田舎に逃げ帰る国境のように

 ぼくの外側から自分の声で死ね!と云う


 ああ、きみの向こう 重い胎児 本棚の

 ああ、きみの頭蓋 甘い醤油 翳る

 ああ、きみのウワサ 緩い髑髏 金庫に

 ああ、きみの外皮 軽い夕日 化ける 


 追憶が消えたから 星空が血を吐いて

 永遠がダダ漏れし 揺籠が雲丹を喰う

 生命が炊けたから 電流が心砕かれて

 祝日が編み込まれ 猥雑が絵馬になる


 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ

 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ


 不思議さが病気を拗らせた芋虫のように

 ぼくの頭の後ろから幼女の声で呼びかける

 災厄が故郷に逃げて帰った国境のように

 ぼくのすぐ近くからぼくの声で「おまえ死ね!」と云う


 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ 厭だ

 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ


「エンディングでゆっくりとフェードアウトするのはいいんだけど、最後はエコーかけた感じのシャウトが欲しくね?」

 珍しくタオが最初に意見を述べる。

 するとたちまちムラサメが云う。

「……っていうより、声を重ねた方が良くね」

「ライブでどうすんのさ?」

 とわたし。

「声死んでたときのロールシャッハ・マシンのルームみたいにヴォイスチェンジャー使ってコンマ単位でエコーかければ、たぶん出来るよ」

「ヴォイスチェンジャーって……。買えるの、借りるの、どうすんのよ? 高いよ、きっと」

「オトナシメーカーのメカニックのミドリちゃんなら作ってくれるんじゃないかな?」

「どっちにしたってカネがかかるだろ!」

「なら、録音しときゃいいじゃん」

 とタオ。

「タイミング合わせてミキサーのマサに重ねて入れてもらえばいいじゃん」

「ま、その方が安上がりだな。確かに……」

「いやいやいや、まだそうするかどうか全然決まっていないのにさ」

 とわたし。

「でも、たぶんそうなると思うよ。カヲルがどうしてもイヤだっていうんなら話は別だけど……」

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