14 見合い相手に会いに行こう

「すみません、トリソニク子爵令嬢? ですか?」


 喫茶室「123」店内。 

 高窓から柔らかな日射しが斜めに差し込む午後。

 季節限定「爽やかな若葉の頃のクリームソーダ」を飲む私と、「本日の花型アイスクリーム」(この日はこんもりと丸いキク)をうっとりとしつつ口にするローリヤの前に、写真を手にした二人の男が現れた。


「そうですが」


 私は顔を傾け、二人を見る。

 片方は上等の真新しい上下、もう片方はおそらくは古着屋で調達したものを着ている。

 真新しい方がにっこりと笑顔を向けて私に言う。


「そちらのサイシャンド君からの紹介で今日は貴女に会いに来ました」

「お会いできて光栄です」


 古着屋の方もそう挨拶してくる。

 私達は二人に席をすすめ、坐ったまま軽く会釈をする。


「令嬢と、そちらは?」

「私の乳母子です」

「そうですか。実はこちらもそうなのです」


 そんな風に何やらお互い探りつつの会話が始まった。

 彼らは片方が「地獄のような甘さのコーヒー」を頼み、もう片方が「午睡を覚ます緑の茶」を頼んだ。


「何かお菓子とかいかがです?」

「悪くないですね」


 などとまあ、当初は実に形式的な挨拶的な言葉が交わされる。

 だがそれだけでは何も始まらない。

 要するにお見合いなのだから。

 だが「付き添いはローリヤが居ればいいだろ」と男性達の前に突き出すというのもうちの男達もなかなかのものだ。

 まあ、正直男性…… 男子達との交流なら、第二での祭りの時に馴染みがあるから何とかなるだろう。

 とりあえずこの衆人環視の店の中で、下手なことは起こらない。


「ところで男爵は」


 私は兄から聞いた話を切り出す。


「都市開発を専攻されていたとか。具体的にどういうことを?」

「そうですね」


 ちら、と片方が片方を見る。

 すると古着屋の方が、「彼はですね」とおもむろに喋りだした。


「彼はですね、この帝都から出る支線脇に住宅地をつくるべきだ、という論文を書いてるんですよ」

「支線脇?」


 帝都には最大のターミナル駅がある。

 そこからは大陸横断列車もあれば、近郊へと流れていく短い支線も。


「中央駅に、幾つの鉄道会社が入っているか、ご存じですか?」

「官製以外に? そうですね、……八つ?」

「いえいえ、実は十七あるのですよ」

「十七!」


 私とローリヤは思わず顔を見合わせた。

 さすがにそこまで多いとは思ってもいなかった。


「と言っても、実際に旅客運送なのは、そのうちの十ですから、貴女方の認識はそうずれていないと思います」


 そう言うと古着屋の方は、緑の茶を口に一旦含む。


「それじゃその他は?」

「貨物ですよ」

「ああ!」


 私は合点がいった。

 確かにうちで取り扱う青果の中でも、地方独特の果実や野菜などは貨物運送の鉄道会社にずいぶんとお世話になっている。


「お嬢様、私ずっと、大陸横断列車に貨物つけてる程度にしか思ってませんでした」

「うーん、それだと行き来が少なすぎるから」

「そうなんです」


 古着屋の方は乗り出してきた。


「大陸横断列車は確かに素晴らしいです。ですがやはり距離の長さ、往復時間の長さ、車両の長さ、駅間の長さ、様々な点において、小回りとは縁のない存在です。ですからその途中の駅と駅の間をつなぐ支線が大切になると思うのですが、悲しいかなその数は案外少なく……」


 おい、と真新しい方がその袖を軽くつまむ。


「すみません、こいつ専門のことになると何か人が変わって」

「あ、俺、何かまた」

「いえいえ、今日は私、そういうことを聞きたかったんです。それで支線の脇の都市計画というものがこの先有効と思われる? でも支線を作ったところで、使われないことには、その経営が成り立たないのではないですか?」


 私の問いに、真新しい方は驚いたように目をむき、古着屋の方は更に身を乗り出してきた。


「そうなんです! そこで僕が考えるのは、支線に乗る人々をそちらに住まわせよう、ということなんですよ!」

「それで都市計画。住宅計画なんですね、ラドテイル・ミハーレン様」


 私は古着屋の方に向かい、そう言って笑った。

 最初から分かっている。この人の顔など。

 わざわざ服を取り替えたのか、本当に今貧しいのかは分からない。

 ただ向こうも私を試そうとしていたことは確かだろう。

 ……試すには、人選を間違えていたとは思うのだが。

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