15 将来の旦那の仕事は楽しいものにしたほうがいいのでは?
正直、記憶の中の彼は私に仕事の話はしてこなかった。
というか、私自身が彼の仕事自体には興味を持たなかったのだ。
もしこの彼が、当時の彼と同じ専門だったとしたならば…… 私は彼に対して酷な職場を紹介したことになる。
確かに有名な建築業ではあるし、大きな会社でもあるからどんな職でも…… というならば、それはそれで良しとしたのかもしれない。
だがこんな風に、目を生き生きとさせて話す彼を見ていると。
「たとえば支線を作っても、乗る人がいなければ経営は成り立たない訳です。ではどうするか?」
「どうすればいいんですか?」
「乗るための人に近くに住んでもらえばいいんです。実際、帝都の中で高い狭い貸部屋に住んで職場に向かう人々が今は多い訳です」
「確かに」
私はうなずく。
卸売市場で働く人々などがうちでもその部類だ。
近いから高い場所でも仕方がない、とは言っているが、それでも子供が増えたりすれば狭い部屋では暮らしていくのが厳しい。
だから子供ができたら中には郊外の両親のもとに預けることもある、という夫婦の話も聞いたことがある。
「だから支線でひょい、と通える距離の、土地価格が安い場所にゆとりのある家を建てるということを提案すればいいと思ったんですよ」
「そうすれば、支線を使う人も増える、と」
「ええ、それだけでなく、その支線をどこからどこに繋げるか、というのも一つのテーマとなります」
ちら、と横を見るとローリヤはぽかんとしてその話を聞いている。
「ローリヤはいずれ結婚した時も、うちのお仕事を続けてくれる?」
「そうですね…… 子供ができるまでは、いえ、もしエーリシャ様が嫁がれるなら、そちらのお子様の乳母になれたら、とも思いますけど……」
「じゃ、その場合はやっぱり私が住む場所の近くに家を構えなくてはならないということになるわね」
「その前に私はそう簡単に結婚はしません! まずエーリシャ様ですよ!」
ぷんすか膨れるローリヤにごめんごめんと笑うと、向こうの連れの男性も笑った。
「まあともかく、そういうとこって部屋が高いというのは確かだと思うわ」
「ですよね。だけどもし支線に部屋でなく家を建てたならば、帝都だけでなく、その両向こうに楽しみを持つことができる訳ですよ」
「両向こう?」
「僕が考えるのは、まず支線の起点である中央駅に隣接する百貨店を併設すること」
「百貨店ね。でも百貨店で買い物をするのは、その郊外に勤める人にはちょっとお高くないかしら」
「そこは店を作る側がどれだけ購買層を理解できているか、によります。そもそも『百貨店』なのですから何をどう売るか、というのはその店のオーナーの采配によるものですよね。通う人々の日常に照らし合わせたものを店の売りにするということも可能じゃないかと思うのですよ」
「それこそ市場を持ってきたり? うちで取り扱う食品とか」
「ええ。仕事帰りに買い物ができるというのは大きいですよね」
ふむ、と私は思う。
確かにそれは働いて帰る女性がいたなら大助かりだろう。
「面白いけど、もう一つの向こうってのは?」
「終点に家族で楽しめる場所を作るんです」
「家族で楽しめる場所?」
「帝都には子供が楽しめる場所が少ないですよね。そうするとどうしても路上で駆け回るとかそういうことになって、事故が起きかねない」
「ああ……」
馬車でも事故は起きてきた。
ただ馬車の場合、街中で飛ばすことが少なかったのだが…… この先自動車が増えてきたらどうなのだろう?
「怖いわね」
「ですよね。そこで郊外だったら、その心配が少ないのではないか、ということ。そして、家族で楽しめる場所、花を見るでもいいし、サーカスを呼ぶみたいなことでもいいし…… 正直、そのあたりは僕も今一つ浮かばないんですが」
私はうううむ、と記憶の彼と今度の彼を比較する。
私はこの彼と結婚しようとは思っている。
結婚したらそれなりにのんびり楽しい日々を送れることを知ってはいるからだ。
ただ仕事に関しては。
「ミハーレンさん、就職がまだ決まっていないなら、一つ提案があるんですが」
私はスノウリー経由での紹介の方法を変えてみようと思った。
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