12 トリソニク男爵家は今日も元気

 押し黙ったスノウリーと、父伯爵の調べの結果を待つマーシュリアを置いて、私はともかく家に戻った。


「おお? 何だか遅かったな」


 戻ると、家族が揃って私を出迎えてくれる。

 広い居間には、両親と兄夫婦が二組、姉夫婦が三組。

 我が家は帝都の邸の中では縦に長い建物だ。

 商売の関係で帝都に居なくてはならないのだが、何と言っても家族が多い。

 だが家に取る土地が広くない。

 ……おかげで私の部屋は五階にあるのだが。

 寮が最高四階だったので、今となってはなかなかしんどいものがある。

 と言ってもこれは若さの特権だ。おかげで子供の頃から、高い窓からもっと階上の屋根裏部屋から見ることもできたのだから。

 五階よりもっと上、六階や屋根裏の殆どは物置だったりメイドや従業員の部屋だったが、頼めば窓の外をよく見せてくれたものだ。


「今日は君のお祝いだってことで皆もう、今か今かと待ってたんだよ」

「ねー」


 そういう兄姉義兄義姉と言った人々が、ちょっとした晴れ着で私を広間へと連れ ていった。


「卒業おめでとーっ!」


 扉を開けた瞬間、紙吹雪がぱっと舞った。


「あ、ありがとー! おにいさまおねえさま」

「私達もよっ」


 そう言ってくれたのはお母様「達」。

 北西の習慣で、この「お母様」が多いのは私にとってはごくありふれたことだった。

 だから正直、第二に入った時にみんながあまりにも父親の後妻だの何だのの問題で悩んでいるのが不思議だった。


「さて今度はエリシャの結婚相手を見つけなくちゃなあ!」

「リシャはどういう人がいいの? うちにずっといる? それともお嫁に出る?」

「やっと帰ってきたのにまた出ていくなんて嫌だなあ」


 などなど。

 本当にもう、うちの家族は裏表もへったくれもなく私を無条件に好きだ。

 と言っても、未来の記憶でわかる。

 うちのような家族の場合、下手に隠すことの方が面倒なのだ。

 毎日仕事で忙しい皆は、いちいち些細な(そう、些細なこと!)で悩んでいる暇がない。

 こうやって全員が顔を合わせることが、実はあまりできなくて、みんな買い付けだの取り引きだので駆け回ることが多い。

 女性陣にしても、卸売市場の方に出向いたり、新たな青果のメニューを考えたり仕入れたり、それをまた雑誌とかに情報を流したり、とか色々忙しい。

 なので、会える時に会う家族に対しては本当にひたすら愛情を注ぐ。

 いちいち悩んでいる暇は、本当にないのだ。


「いやー私も思ったものよ」

「私はこの家は何って開けっぴろげなんだろうって」


 姉は学校の寮でびっくりし、寮で知り合った友人を兄に紹介して未だに仲よしだ。

 そしてまたたくさん子供が生まれ、その世話もし、……この家でメイド達がするのは、やはり掃除と洗濯だ。

 料理は青果の調理の開発のために家族が担当することになっていた。

中には料理人になった者も出ている。

 入るのも出るのも自分の意思次第。

 それが元々北西から単身出てきて今の地位を築いた我が家の習慣だった。

 お母様「達」というのも、北西辺境伯から頼まれて世話することになった未亡人の場合もある。

 そちらから連れてきた「きょうだい」もいるわけだ。

 そんな訳で、私はこの家にスノウリーやマーシュを呼んだことはない。

 生粋の帝都育ちの二人はきっとこの状態を――聞いてはいても、卒倒してしまうだろう。


「エリシャのいないうちにほら、新しいお菓子!」


 姉の一人が義姉の一人と共に、果物をふんだんに使った美しいゼリーを私に見せる。


「え、これどうやって」


 普段見るぷよんぷよんとしたものとは感触が違う、さっくりと切れる寄せ物。


「ふふふ、それはまだ秘密です」


 ねー、と二人は同じような表情で私に笑いかける。

 ……このくらいの開けっぴろげさがあれば、二人も将来不幸にならないで済むのになあ、と私は思った。


「お、そーいえばエル、お前が前に言ってた条件の男、今度紹介するぞ」

「え?」


 兄の一人が思い出したようにそう言ってきた。


「何忘れてるんだよ。お前帝大卒の男がいいって言ってたろ?」


 そう言えばそうだった……

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