9 マーシュリアの父君に直談判しよう
さて。
私はマーシュの実家、タリパ伯爵の邸の前に立ち、ぐっと気合いを入れた。
フェンスの向こう側、庭では既に、なかなか戻ってこない令嬢のことで使用人達がわたわたしているようだった。
人々のざわめきも聞こえてくる。
どうも庭で宴を催す予定らしい。
フェンスとそこに絡まった植物の隙間から眺めると、沢山のテーブルが外に並べられ、お客の姿が見える。
この中に入っていくのか、と思うとなかなか度胸がいるのだが。
託された…… いやその前に、提案してしまったからには仕方がない。
私は門の中へと入っていく。
「あらまあ、トリソニクのお嬢様、いらっしゃいませ」
メイド長が私を迎えてそう言った。
普段出入りをしているだけあって、一応顔で通る。
「あの、子爵様にお会いしたいのですが」
「旦那様でしたら、今はちょっと……」
「マーシュから手紙を預かっているんです。子爵様に直接お渡ししたく……」
「お嬢様から?」
はっとしてメイド長は私をすぐに中に通してくれた。
そして子爵の書斎へとそのまま。
「旦那様、お嬢様の御親友の方が……」
「あ? おお、エーリシャ嬢。いやすまん。今は立て込んでいてな」
タリパ伯は恰幅の良い穏やかな人だ。
その人がどうも、窓の側でずっとうろうろと外を眺めていたよう。
「すみません、緊急の用事で。私、マーシュからこの手紙を預かってきたんです」
「何? マーシュリアから?」
子爵はすぐに私に近寄ると、早く出して欲しい、とばかりに詰め寄ってきた。
「あの、小父様、お見せする前に一つお願いがあるのですが……」
「ここでそういうことを言うのかね? 今日はとても大切な日であることは君もよく知っているだろう?」
「大切な日ですからこそ、なのです。マーシュがどんなことを書いていたとしても、感情的に怒ったりなさらないでいただきたいのです」
「ということは、私が怒るような内容なのかな?」
「少なくとも、今日であることに関しては……」
私はそう言って、子爵に手紙を渡した。
だが子爵はすぐにはそれを開かない。
「これは本当にマーシュリアの書いたものかね?」
「と仰いますと」
「あの子の使う封筒ではあるまい。あの子なら、淡い紅の封筒や便箋をよく使っているはずだが」
「仰るとおり。これは私達の共通の友人のマドリガヤ侯爵令嬢のスノウリーからとりあえず用立ててもらったものです」
すると黙って子爵は中を開いた。
やがてその表情がみるみるうちに変わっていく。
「これは……! 何を君らは、あの子にけしかけたんだ!」
「けしかけた、というより、将来の危険について警告しただけです」
「将来の危険、だと?」
「中には今日の結婚は嫌だ、ということがあるはずです」
「そうだ。だがだが結婚の話はずっと前にあの子に伝えておいたはずだし、あの子もそれには納得したはずだ」
「ですが小父様」
私はふう、といったん息を吐いた。
「露骨な話になり何ですが」
「露骨な?」
「マーシュは結婚の初夜、何が行われるのか、そして結婚生活の具体的なことをまるで今日の今日まで知らなかったんですよ。私達も驚きました」
「何だと?」
ぱっと子爵は私を連れてきたメイド長を見る。
「あの、旦那様? 何か」
「本当なのか?」
「あ…… の?」
「誰も、あの子にそういう話をしていなかったのか、ということだ」
「いえ…… 旦那様、問われない限りは私どもがそういう話をお嬢様にすることは致しませんが」
そして少しためらってから。
「お言葉ではございますが旦那様、そういうことは、普通ならばお母君がなさること。でなければ、お年頃になった頃に親戚の女性のどなたかが……」
さすがに出過ぎた真似はできない、とメイド長は暗に含める。
「学校では…… そういう話はしなかったのかい?」
「それが」
正直それは私も困った。
「露骨に話すことは礼儀に反しているので、曖昧に、ぼかした話し方をするように第二の作法の時間では言われました。私自身は大家族でしたので、知るともなしに知ってましたが」
嗚呼! と伯爵は力を無くしたように椅子に座り込んだ。
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