8 家出の不安と家出のすすめ
「家出、ですか」
夫人はうなずいた。
「何というか…… どうも休みの時に、貴女方と一緒にいる以外で、時々何処かに出かけているようなのだけど、それが皇妹殿下の官営の支援施設なのね」
「あ!」
それか! と私は思い当たった。
「知っていて?」
「い、いえ。でも有名ですから」
「もし、そういうところに働きに出たいと言い出したら、と思うと私はもう、先の奥様、私のお嬢様に申し訳なくて……」
むむむむむ。
なるほど、もうこの時から、スノウリーとあの場所との関係があったのか。
できれば私はそこに友人を向かわせたくはない。
「それは私も同じです。スノウリーが何を考えているかはわからないのですが、それでも官営の施設…… は、有名ですし活動自体は素晴らしいと思うのですが、そこに行くようになってしまったら、私とそうそう会えなくなるじゃないですか!」
「そう、そうよね」
夫人は乗ってきた。
「私も、そしてフワルカもそうよね」
「ええそうですお母様。お姉様と遠く離れるとかそういうことは嫌。できればこの家でずっと一緒に暮らしたいのに」
フワルカ嬢は言葉を少し切る。
「お姉様は私達から離れよう離れようとしている気がして」
「え……」
さすがにそのフワルカ嬢の言葉には、私も驚いた。
するとその時、階上から声がした。
「どうしたのリシャ、いつまでもお母様とフワルカに捕まったままなんて嫌よ」
スノウリーはなかなかやって来ない私に業を煮やしたのだろう。
そうだ、ともかく今はその話よりまず、マーシュの結婚式を取りやめにさせることが一番だった。
*
「何やってるのかと思ったら、お継母様とフワルカに捕まっていたなんて、もう。言い出しっぺが相談に加わらなくてどうするの?」
「ごめんごめん。つい」
「そんな、怒らないでスノウ」
「怒ってはいないわ。ただそもそも貴女が言い出した一大事なんだから。しゃんとしてよね」
「わかってるわかってる」
しかしこの先どうするか。
私の未来の記憶だと、結婚式の後、すぐに伯爵は若夫婦を駅まで車で送り、新婚旅行のために近場の景色の良い保養地へ向かわせたはずだ。
その時確か、当地の絵はがきに何も書かれていないものが送られてきた。
「ん? はがき?」
「はがきがどうしたの?」
「あ、いやいや、……マーシュ、お父様に手紙書かない? そしたら私が届けに行くわ」
「え、そんな」
「悪くはないわ」
スノウリーはそう言うと、即座に立ち上がり、書斎の引き出しから便箋を取りだした。
真っ白な厚手の紙と封筒。
「この便箋と封筒は私の趣味なので何だけど、書くには困らないと思うの」
「で、でもどういうことを? それにリシャが持っていくなんて…… 迷惑かけるわ」
「言い出したのは私よ!」
そこですかさず私は言う。
そう、マーシュの問題はこの「人のためを思って」という思い込みだ。
実際のところ、それは誰かのためではなく、自分のためなのだが、当人は気付いていないたちが悪い。
無論、それはかつても後で気付いただけなのだけど。
でも今は違う。
このままなあなあにしていたら、確実にまた同じようなことが起こる。
マーシュリアは誰かが薦めたから正しい(のかもしれない)(と思う)(のじゃないか?)ということで自分をごまかしてはいけない。
「ねえ、ここで我慢したら、嫌な男と毎日毎日顔も声も、それに身体も交わさなくちゃならないのよ」
スノウリーの言葉にうっ、とマーシュは黙った。
「だったら自分で書かなくちゃ。結婚したくないから家を出ますって。それだけでいいわ。リシャは頼まれた、それだけで何も悪いことは起こらないのよ」
「そうそう。そして家を出ているのは事実だしね。嘘は言わないでしょ」
「そ、そうね……」
「家を出るのも一つの権利だと思うのよ」
いつにない晴れ晴れとした笑顔のスノウリーに、私は少しだけぎょっとした。
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