7 継娘を心配するマドリガヤ侯爵夫人

「な、何でしょう」

「お母様?」


 フワルカ嬢も突然の母親の行動に驚いたよう。


「少し…… お聞きしたいことがあるの」


 そのまま私はフワルカ嬢と一緒に夫人の応接間へと通された。

 この家には三つの応接間、もしくは客間がある、らしい。

 その一つが、あくまで夫人の客に対してのもの。

 私はそこで丸いテーブルにつかされ、お茶を出される。


「エーリシャさんは、もう結婚相手は決まっていて?」

「えっ?」


 真剣な眼差しで夫人は訊ねてくる。


「いえ、まだ……」

「そう……」

「お母様、もしかしていつものあれですか?」


 フワルカ嬢は首を傾けた。


「いつもの?」

「はい。お姉様に良い縁談が…… あったとしても、お姉様ががんとしてそれに応じないことです」

「あったんですか?!」

「え、聞いていないの?」


 私の即座の反応には、夫人も驚いたようだった。


「ええ、スノウリーはそんな話は一度も」

「そう……」


 そう言うと、夫人は大きくため息をついた。


「スノウリーさんには、もう去年からたくさんの申し込みが来ているのよ」

「え、本当ですか?」

「マーシュリアさんも卒業と共にご結婚のはずだったでしょう? うちもそうなの。この卒業と共に結婚を、という申し込みがたくさん来ていたのだけど」


 スノウリーは全てお断り、だったようだ。

 しかもその話自体口にしたくなさげ。


「第一への進学を旦那様が許さなかったことをずっと思い詰めてもいるようだし」

「だってそうだわお母様。お姉様が第二で満足できる訳がないと私も思うもの」

「フワルカ?」

「第二は私でちょうどいいところよ。私なんかより数段上のお姉様が満足する勉強などできるわけがないわ」

「それはそうかもしれないけど。でもフワルカ、第一へ行かせてしまったら、それこそまた結婚でなく、もっと上の学校に行って、更には何か外の仕事をしようとするかもしれないでしょう?」

「困るのですか?」


 私は訊ねてみた。

 正直、貴族の令嬢とはいえ、姉妹しかいないところでの長女だ。

 実質的な後継者になっても構わないはず。


「困る、というかスノウリーさんは、この子にこの家を継いで欲しがってるんですよ」


 夫人はフワルカ嬢の方を見ながらそう言った。


「え?」

「そんなことできはしませんよ。スノウリーさんは、私が先の奥様、私のお嬢様の大事なお嬢様でもあるんですから」

「お母様は、お姉様のお母様をそれこそ崇拝なさってるから」

「これ」

「だってそうでしょう?」


 フワルカ嬢の真っ直ぐな視線には、他意はない。


「まあ実際、スノウリーが継いで、それこそこの侯爵家の事業を継げばいいと私も思うんですが……」

「ところがそこでお父様なのよ」


 ぷーっ、とフワルカ嬢は頬を膨らませて腕を組む。


「お父様は昔気質の人だから、お姉様に継がせるって言っても、事業の方は絶対にそれ相応の婿にさせるって言って聞かないのよ。はじめから事業を継がせるって言えばお姉様も納得するでしょうに」

「でも、スノウリーさんが実質動くと聞いてやってくる才能のある婿っていうのが、また難しいでしょう?」

「どういう意味ですか?」

「何と言いますか。殿方はやはり、才能のある妻というのをやっかむものなのですよ。妻は妻のテリトリーで事業の裏から支えるものだ、というのが旦那様のお考えで」

「うーん」


 私は少し考える。

 正直、それはそれで間違っていない。

 20何年かの経験則でもそう思う。

 未来の記憶の中での私の夫は、あくまで男社会という場所で働くことと、家で私と言う女と共にいることの時間を切り離すことでめりはりがつくと言っていた。

 若い彼ですらそうだったのだから、昔気質の人が、事業の中に娘を入れることは考えにくい。

 実際、最近「帝都女性画報」などの中によく出てくる「帝都で華麗に働く女性」の姿にしても、大概が小規模な集団だったり、男女入り交じることが昔からありふれたことであった劇団だったり、あとは「女性だけの集団」だ。

 あらかじめどん! と存在している事業の中に女性を突然入れるということは、なかなか難しいものがある。


「侯爵様の考えは決して間違ってはいないと思うのですが、でも確かにスノウリーが裏方というのももったいない、と私は思います」

「でも、このままではスノウリーさんが家出しかねないのですよ」


 はあ? と私は唐突なその言葉に思わず淑女らしさをかなぐり捨てた。

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