6 マドリガヤ侯爵家からこんにちは
私達は謝恩会を途中で抜け出して、スノウリーのマドリガヤ侯爵家へと移動した。
さすが侯爵家。
連絡して迎えに来てくれた馬車が大きい!
自動車で行きましょうか、といっても来たらしいけど、マーシュのドレスの関係があるから、大きな車体の方がいいってスノウリーがお家の方に言ったのだ。
マドリガヤ侯爵家は本宅は郊外だけど、事業の関係でそれなりに大きな邸が帝都にもある。
「まあスノウリーさん、どうしたの、ずいぶん早かったのね…… あらお友達がご一緒なの?」
「ただいま帰りましたお母様。実はお願いがあるのですが」
「あ、お姉様お帰りなさい~! あ、マーシュリア様とエーリシャ様っ!」
そう言ってスノウリーの異母妹のフワルカが階段を駆け下りてきた。
流行りの短めの髪に少し人工的なウエーヴをかけた彼女は三つ下で、やはり第二女学校に通っている。
「うわあマーシュリア様、とっても綺麗です!」
「あ、ありがとう……」
勢いよく私達の方に駆け寄ってきたフワルカ嬢はスノウリーとは全く似ていない。
花で言うなら、さしづめ明るいフワルカ嬢はひまわり。
スノウリーはすっと月夜に輝く百合のようだ、と言われていた。
ちなみにマーシュは夕顔だの葵だの、ひらひらやわやわとした大きな花びらと、触れなば落ちんと言った風情のものに例えられることが多かった。
色合いもくっきりはっきりとしたものではなく、様々な色が混じり合った上で、柔らかな淡いものになった……
……私?
まあ、タンポポだの黄色のマーガレットだの、まあ何というか、ごちゃっとした、路上に強く咲く花らしい。
褒められているのかそうでないのかは微妙なんだが。
まあそれを言ってしまえば、二人が例えられたものにしてもただ美しいだけではなく、裏の意味合いもある。
スノウリーはあくまで月夜の、というのがつくのだ。
百合自体は、どこでも咲く。
それこそ昼間の草原に、夏の緑の中、一気に香り高く咲くことも。
だがそうではなく、あくまで月の光の中、孤高に咲くもののように言われることが多かったのだ。
そう評されるごとに、彼女は妹は反対だ、と言い続けていた。
私と違って明るくていい子だ、と。
その明るくていい子が問いかけてきた。
「あ、でも、マーシュリア様、これから結婚式だとおっしゃってませんでした?」
「そう言えば…… スノウリーさん、一体これはどうしたというのでしょう?」
「すみませんお母様。実は今日確かにマーシュの結婚式がこの後ある予定なのですが、事情があってその結婚を取りやめにしたいのです。そこでお母様にご協力願えたら、と」
「結婚式を? それは一体? いえいえそれはさすがにどうでしょう? マーシュリアさん、そちらのお父上が貴女のことをお考えになってこのたびは話をおすすめになったのでしょう?」
「お母様」
スノウリーはぐい、と義理の母親に詰め寄る。
「どうかお願いいたします。この通りです」
「ああよして頂戴、頭なんか下げないで」
「あのー」
そこで私はこそっと手を挙げた。
「ここはその、お母様は見なかったことにして、何日か匿っていただければ良いのかと」
「エーリシャさんまで、どうしてまあ」
「いやあの、もし私が結婚するとして、初対面の相手が、どうにもこうにも、見るの嫌な顔とか、生理的に無理な臭いがするとか、何だか裏がありそうな顔だ、とかそういうのだったら、そのまま夜を迎えるのってやだなー、と思いまして」
あ、と夫人は何やら思い当たることがあったらしい。
「ようございます。私は何も見ませんでした。早めにお帰りになったスノウリーさんは、そのまま頭痛がするのでお部屋に閉じこもってしまった…… ということで」
「ありがとうございます!」
私は思いっきり大きくお辞儀をした。
スノウリーは早速、とばかりにマーシュの肩を抱いて足早に二階にある自室へと連れていく。
この広い家の中で、最初のお嬢様である彼女の部屋も相応に広い。
私が以前来た時驚いたのは、居室と書斎と寝室の三部屋を一人で使っていたことだ。
ちなみにうちの場合は、何と言っても兄弟姉妹の人数が多いので、すぐ上の姉が結婚するまでは一緒の部屋で寝起きしていたくらいだ。
今となっては一人部屋だが、それでも寝室と居室は同じなのだ。
私も彼女達に付いて二階に上がろうとした時――
「ちょっとお伺いしていいかしら、エーリシャさん」
マドリガヤ夫人から声がかかった。
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