1 転がり落ちる不幸達が過去になってしまった

 そう、病床に横たわっていた私、エーリシャ・ミハーレン男爵夫人の28年の人生は、青春時代にあまりにも幸せで――そしてその後が波乱と度重なる不幸の連続だった。


 13歳に入学した帝立第二女学校での生活は、毎日笑い転げているくらいに明るく楽しかったのだ。

 第二女学校で私は、二人の親友を得た。

 南西に祖を持ち、建築業界に手広く展開しているマドガリヤ侯爵の長女・スノウリーと、帝都近郊に本宅を持ち、書籍の保管で古くから知られ、書店経営の老舗でもあるタリパ伯爵の一人娘・マーシュリア。

 私達の出会いは寮舎で最初に同じ部屋になったこと。

 そして別れたのは――


 20歳の時に、マーシュリアがお産でその命を落とし、そこに関わる一連の出来事の中で人生と世界に絶望したスノウリーが地位と名前を捨てて何処にあるのかも知れぬ官営の施設で働く道を選んでしまった時。

 私の人生はその一連の出来事を機に、次第に沈みだした。

 二人と永遠に別れてしまった後、私に残されたのは夫のラドテイルだけだった。

 既に両親が鬼籍に入って、形だけの男爵位しか持っていない彼だったが、帝立大卒であることから、私の縁で就職したスノウリーの実家の建築会社に勤めることができた。

 姉の夫の紹介で結婚した人だったが、私達はお互いを尊重しあって、ゆっくりと愛情を育んできた。

 もっとも、親友のお墨付きがなければ、いくら義兄の紹介でも、ラドテイルとは結婚していなかったろう。

 私は彼が私の夫として仲良くやっていけるか、と判断を親友の二人にしてもらったのだ。

 帝都の有名喫茶室にそれぞれを呼び出して。

 だがこの時浮かれていた私は、卒業してすぐ結婚したマーシュリアが、幸せな家庭を築いていると信じて疑わなかった。

 マーシュリアは婿養子を迎えたのだが、相手が見込み違いで、書店経営に携わらせたら、金を使いこんでしまったのだという。

 元々生理的に好ましくないタイプであるのと同時に、その出来事。

 マーシュリアは結婚して一年も経たずに離婚することとなった。

 私の鈍感さと、彼女の大人しすぎる性格もあって、実際に離婚するまで仲が悪いとか合わないとか全く気付けなかった。


 そしてもう一つ気付けなかったのは、離婚した彼女の新たな恋愛だ。

 今度は本当に恋して夢中になってしまったようで、結婚前だというのに一線を越えてしまい…… 子供ができてしまった。

 そこでもう、大人しすぎる彼女がどうしたものか分からなくなった時、私達はようやくことの次第を話してもらったのだ。

 それでもマーシュリアは相手の名前を決して言わなかった。 

 不安だったらしい。

 長い出張となった彼へ送った手紙の返事が来ないことからその愛情の存在が。

 やがて外見が誤魔化せなくなった時、私達は彼女を、当時スノウリーが働いていた独り身になった貧しい女性の自立支援を主宰していた皇妹ハグレシュ様のところへ送った。

 スノウリーは一年だけ、という約束で、父侯爵からこの仕事に就くことを許してもらっていた。

 その後はともかく縁談を受けるように、と。


 ところが、その縁談の相手が実はマーシュリアの隠していた恋人の北東辺境伯の五男リューレイだったのだ。

 残念なことに、これは本当にすれ違いとか手紙の行き違いとか、間違った言い訳とかが重なった結果、マーシュリアの妊娠を知らず、再婚したと思い込んでしまった。

 彼は彼で心機一転とばかりに侯爵家からの縁談を受けてしまって、こっちはこっちでスノウリーの婿になるのも悪くはないと思ってしまった。

 そしてスノウリーにとっても。

 だからこそ、その縁談が上手くいきそうだ、と思った時にマーシュリアの出産が近付いて、とうとう父親である男の名を白状してくれて……

 マーシュリアから直接聞いたスノウリーはショックが大きすぎたんだわ。

 大好きな大好きな友人の恋人を、自分が取ってしまうことになったなんて、と。

 その後私がちょっとどたばたと動いた結果、リューレイも気付いたのだけど……

 出産自体は難産だけど、まあ何とかなった。

 そしてようやく帰ってきた恋人に子供と共に顔を見せていた時に、心臓の発作を起こしてマーシュリアは亡くなってしまった。

 残された子は伯爵家に引き取られたのだけど、数年後、伯爵が亡くなって色々と大変なことになったり。

 そしてスノウリーはマーシュリアが亡くなったことで自責の念と厭世感に堪えきれず、官営の施設へ向かったんだった。

 残された私はそれでも二人の分も何とか幸せを掴もうと思ったのだけど、……子供が流れてしまった。


 なのに。

 なのに今ここはどこ?

 男爵家のベッドじゃない!

 だけど見覚えがある。


「お嬢様、着替えをお持ちしましたよ」


 あれは乳母子のローリヤの声。

 ということは。

 私は慌てて起き上がり立ち上がり――立ち上がれる!

 鏡へと向かった。

 何ってこと。


「お嬢様? エーリシャ様? 今日は卒業の謝恩会でしょう?」


 今日は、第二女学校の卒業式の翌日だ……

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