第4話 女子青年団長の千代子&アカの義雄には赤紙 🚩



 関東軍の独走による盧溝橋事件で始まった日中戦争から四年後、またしても日本軍の先制攻撃で始まった太平洋戦争は、日本国民から安寧な暮らしを奪いつつあった。互いに想い合う義雄との恋の行方も定まらないままで千代は二十歳になっていたが、ときの政権によるプロパガンダもあって、将来を約せないまま時間が過ぎて行った。


 戦地で戦う将兵を支えるため、国を守る戦時下の民間は銃後と呼ばれ、全国民が性別や年代などによってなんらかの組織に組み入れられることに決まっていた。そのひとつが青年団&女子青年団で、主に高等小学校を出た若者たちの集いだったが、尋常小学校しか出ていない千代は図抜けた利発性を買われて特別団員になっていた。


 お宮の修理や道路普請などの力仕事は青年団が担当し、女子青年団は春秋の祭礼や盆踊り、村の運動会など娯楽の中心になって活動していたが、戦時下ではそこに出征兵士を送る行事への参加や、男手が足りなくなった農家の田植えや稲刈りが加わり、そろいの絣のモンペに「鹿窪村女子青年団」のたすきをかけて奉仕活動を行った。


「しず子さん、今日は顔色がよくないけど大丈夫? わたし、団長さんに言おうか」

「ありがとう千代ちゃん。ゆうべ病気の母さんに付き添っていたから寝不足なんだ」

「のり子さん、足を傷めているんだから重いものは無理だよ、わたしが代わるね」

「ごめんね、そうしてもらうと、うんと助かる。千代ちゃんはだれにもやさしいね」


 てきぱき動きまわるばかりでなく周囲への気配りができる千代は、いつの間にかその集まりのリーダー的存在になっていた。そして、年代の順番が来ると高等小学校も出ていない身で団長に推され「わたしなんかが」と謙遜しつつも意気軒高という感じになっていったのは、高きから低きに流れる水のように自然のなりゆきだった。



      *



 だが、こういう場合、そのことを面白く思わない者が出て来るのはいつの時代も変わらない人情の本質と見え、千代もプライドの高い高等小学校の卒業生たちから湿ったいやがらせを受けることになった。団長の千代の指示に従わないどころか連絡網から外す、従うと見せかけ大勢の前で恥をかかせるなど、よくもまあというほど……。


 なかでも応えたのはとなり村の青年団長の義雄との仲を邪魔立てされたことで、あることないことうわさを立てられたうえ、横恋慕の義雄の気を惹こうと企む団員まで登場したが、千代はいつも凛然とした表情をくずさず活動の先頭に立っていた。それがまた憎らしいというので一部団員たちの反発を煽る結果になったりもした。


 ――自分の近くで男女が仲よくしていると嫉妬めいた気持ちが湧いて来るのは自然なんだから、みんなの苛立ちも分からないじゃない。だから、いつも控えめにするように気をつけているつもりだし、誘われても三度に一度は逢わないようにセーブしているんだけど、困ったことに、そうすればするほど恋しくなって来るんだよね。


 千代にとって救いだったのは当の義雄がいっさいブレなかったことで、どんなときも完全な味方でいてくれる義雄の存在さえあればどんな困難も困難に入らなかった。強そうに見える千代子も弱い一本の葦に過ぎない。その事実を知っているのは義雄と達治ぐらいだったが、いつも荒々しい川音を聴いている耳にはそれで十分だった。



      *



 そういう状況だったので、その義雄と兄に地域でまず真っ先に赤紙(召集令状)が来たとき、口さがない世間はそれみたことかと興奮してうわさし合った。兄に感化されておかしな書物ばかり読んでいた弟もアカと見なされての、兄弟そろっての召集にちがいなく、そういう輩は戦地でも最も危険な最前線に盾として配置されるのだと。


「だから言わんこっちゃねえだ。この時世、だれが見ているか知れねえんだから」

「特高に密告した家には、当分、来ねえそうだよ、赤紙。それもアレだけどなあ」

「ところで千代もアカということになるわな、もっとも銃後に最前線はねえがね」

「まあせいぜい竹槍訓練やバケツリレーの先頭に立って精進してもらうじゃねえか」


 外では好奇の目にさらされ、家に帰れば父親から「だから言わんこっちゃない」とばかりに責め立てられ、母親はうつむいているきり取りなそうともしてくれない。まさに四面楚歌状態だったが、なにがあってもこの土地に、この家に暮らすしか千代には生き抜く方途がない。出征前に誓った義雄の変わらぬ愛の言葉だけが救いだった。




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