05・俺たちのフィールド

『俺たちのフィールド』というサッカー作品をご存じだろうか?


 この作品は、1990年代に連載されて、いろいろ物議を醸しだした漫画である。

 Jリーグ開幕と、ワールドカップ初出場を賭けてのアジア予選。

 今では、日本代表がアジア予選で敗退することなぞ考えられないので、当時の熱狂ぶりを知るのには本当に良い漫画なのである。


『弱き国日本は、ワールドカップ初出場をカネで買ったと言われることになるんだぞ』

 作中のセリフである。


 当時、日本は2002年のワールドカップ誘致が決まっていて。

 初出場が、開催国枠であるというのは、第一回大会以外なかったのだ。

 このセリフは、日本サッカー界を震撼させたと思っている。

 ちなみに、この不名誉は2022年のカタールが背負ってしまい、さらにカタールは開催国初の勝ち点0という恥辱も喫している。




 さあ、そんな物語の主人公は高杉和也という人物である。

 和也は、父親を交通事故で失うという過去がある。

 これは当時の週刊少年サンデーの編集者が『父親を殺すこと』に執念を燃やしていた結果だからと一説では言われている。

 他にも『Major』の茂野吾郎などが、その餌食になっている。


 和也は基本的にセンターならどこでもプレーできる。

 センターフォワード、センターバック、トップ下、そしてボランチである。


 当時のサッカー漫画として、ボランチが主人公の物語はとても珍しかった。

 さらに言うと、和也の一番の武器はスタミナである。

 それも無尽蔵のスタミナでありながら、スロースターターという特徴も持っている。


 和也は父親を失ったショックからゴールデンエイジにサッカーから離れていたため、技術的には稚拙である。

 そこで、リザーブドッグスという日本代表Bチームで海外遠征をしている間に基礎技術が格段に上がるのである。

 サッカー漫画で日本代表イレブンを組むときは、ボランチには必ず和也が選ばれるほどなのだ。




 高杉和也という人物は愚直で、一途で、情熱の人であり、コツコツと積み重ね、仲間想いであり、最終的には幼馴染の愛子と結ばれる。

 考えていることには打算はまったくなく、サッカー界の中でも異質であり、だからこそ読者が惹かれるものがある。

 これは、作者の村枝賢一先生が特撮ファンであることも関与していると思う。

 ヒーロー中のヒーローを、サッカーに持ってくれば、それは高杉和也なのだ。

 逆に、打算で生きているサッカー漫画の主人公は『Jドリーム』の赤星鷹が挙げられるだろう。


 私がこの漫画で一番良いなと思うのは、第1巻の表紙と、最終巻の表紙の構図が同じことだ。

 小学生の純真な和也と、その全身に日本代表を背負ってきた和也。

 なんというか、見比べると涙が出てきてしまう。


 全員集合の巻の表紙でヴェルディの緑川だけが忘れられていたのは笑ってしまうし、次の巻で特別に緑川仕様になったのもウケた。


「和也と戦いたいから」という理由で、拓馬やタクローが移籍していくのも面白かった。

 八巻玉緒が「お嬢様である八巻玉緒であること、そういう自分であることから逃げない」と決めたときは震えたし、Jリーグの経営に関心を寄せようとしなかった、それに心を打たれた玉緒の父親であるヤマキの社長が自分の理念を変えてJリーグ参戦することを決めたときは泣きそうになった。


 でも、ヴェルディが長い間J2に落ちていたり。

 その戦いの場が、今ではJではなく、ヨーロッパ・チャンピオンズリーグであったり。

 横浜フリューゲルスが経営破綻して消滅していたり。

 Jリーグが税リーグだと言われていたり。

 そういう、物語から30年経った今の現実を振り返りながら今一度観ていくと、また違った感想が『俺フィー』を読むと出てくる。




 1997年当時に、和也たちは二十歳である。

 現実の日本サッカー界は、『俺たちのフィールド』を越えた。

 今ならフィオレンティーナに日本人がふたり居ても驚かないし、アトレティコ・マドリーに居ても、パルメイラスに居ても。


 でも、当時の熱狂はもう越えられないような気がする。

 1998年のワールドカップで、和也の宿敵であるダミアン・ロペスの母国アルゼンチンと対戦が決まって、この作品は連載が伸びたという経緯がある。

 1993年のJリーグ開幕・ドーハの悲劇で始まり、2002年の日韓ワールドカップで収束し、2006年の中田英寿さんの引退で一応の決着が着いた日本サッカーのあの当時の熱量。


 アジア予選で、一喜一憂したあの時代。

 それは確かな記憶と記録を持って、この『俺たちのフィールド』という作品に収納されている。


 日本サッカーの暗黒時代を私は経験していて。

 サッカー少年団でも1学年で9人しか集まらず、試合ができなかった。

 それがJリーグ開幕と同時に、一斉に50人ほど入ってきて。

 そういう、なんというか。

『俺たちが見届けてきたサッカー』の経緯を、この作品はリフレインさせてくれる。


 なぜかトレンディドラマの主人公がこぞってサッカーをしていて。

 なんか、流行に乗っただけの、薄っぺらいドラマだと幼心に思ったものだ。

 でもその共演がきっかけで結婚した大鶴義丹さんと、マルシアさんみたいなカップルも居て。

 でも離婚しちゃってて、「年月ぅうう~!」と思わずにはいられなかったり。


 今では、日本代表の選手も、ほぼほぼ生まれたときからJリーグがあって。

「将来、サッカーなんかでメシ食って行けんの?」という意味のことを言われた身からしてみれば、『俺フィー』という作品は、どうしようもないほどのノスタルジアやサウダージを感じさせてくれる。




『俺たちのフィールド』という作品は、『サッカーが好きな人』にとっての『里心』であるかもしれない。

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