第22話 命懸け
叛逆軍本陣から少し離れた場所、此処でも争いが終わろうとしていた。
身体に数多の斬撃をくらい壁に寄りかかっている女と、その女を見下す青年。
「やる、じゃねえかァ」
「舐め腐りやがって。殺意どころか、敵意もねえ奴に負けるはずない」
プテロンは吐き捨てる。
殺す気のない、時間稼ぎの闘い方。思えば、最初の一射で腕ごと撃ち抜くことも、この弓兵なら可能だった。
彼女はプテロンを縫い止めるためだけに闘っていたのだ。
「殺さないのかァ?」
「……お前がイコルと引き合わせてくれなきゃ、俺は堕ちてた。その礼とでも思っとけ」
「アタシは道を示しただけ、進んだのも掴みとったのもてめぇらさァ」
フォボスは一度たりとも自分が導いたとは思っていない。プテロンとイコルが縁を深めたのは、二人自身の行動によるもの、感謝される謂れはなかった。
そんなフォボスの言い分を無視し、プテロンは回復薬を地面に置いた。
そして、彼女に近づき一言。
「――俺を、誰かと重ねるのはやめろ」
「ッ!」
フォボスは何も言い返さなかった。口ごもり、俯くだけ。
フォボスに背を向け、連絡の途絶えた少女の安否を確認するために、アレスの元へ向かおうとすると、後ろから言葉が投げかけられる。
「君たちには勝てないよ。アレス様は、全員が束になっても勝てない」
「まっ、普通に考えりゃそうだろうな」
闘神アレス。
人には到達できない境地にいる上位存在たる神に叛逆した末路は【八叛雄】が証明している。プテロンも敵う未来が描けない。
だけど。
「困難を乗り越え、偉業を成し遂げる。そういう奴が、英雄って呼ばれるらしいぜ」
賢者曰くな、と添える。
言い放った顔は、大輪とはいかずとも僅かに綻んでいた。
そんな彼の隣に、高速で屋根を駆けてきたレイキが降り立つ。
「プテロン!」
「そっちも終わったみたいだな」
「あぁ、アレスの元へ急ごう。イコルが心配だ」
フォボスは目を見開く。
少年が来たということは、デイモスが敗れたことに他ならない。
気づけば、去りゆく背中に向けて口を開いていた。
「――デイモスは、どんな顔で逝った?」
問われたレイキは立ち止まり、僅かに逡巡してから言った。
「笑って、消えたよ」
「そっか……」
フォボスは大空を仰ぐ。
「あは、あはははははは!」
そして、笑い始めた。人目を憚らず、大空に向かって笑い声を届ける。涙が頬に伝うが、笑うのは止めない。
「レイキ、行くぞ」
プテロンは弟の背中を押し、歩みを促す。狂ったように笑うのが、彼女なりの葬送だと知っていたから。
叛逆者の二人は闘神の袂へと向かっていく。闘争国の歴史を終わらせ、黎明を告げるために。
残されたのは、笑い疲れたフォボスのみ。
「あーあ、君も私を置いてっちゃうんだ」
間違っても、彼らの間柄は、恋仲とかそういうのではない。
互いに意識したことなんて一度もない。
「バイバイ、デイくん」
ただ、親友の弟の死を悼むくらい心は残っているのです。
「このアレスを前に此処まで抗うとは。褒めて遣わすぞ、四黎」
光悦に浸る闘神の前で、イコルは膝をつき、明滅する意識を何とか保っていた。全身は血だらけ、血槍は何度壊されたか分からない。
完全敗北だった。
水弾も、牢獄も、荊槍も通じない。その証拠に、闘神は最初の位置から一歩も動いていなかった。
迎撃だけで、イコルを瀕死に追い込んでいたのだ。
「だが、もう飽きた。疾く逝け、前座にしては楽しかったぞ」
雷が走る。
闘神は手を払い、詠唱魔術の域にも達する雷の突進を一息で放った。
圧倒的な実力差に歯噛みしながらも、最期まで抗おうと睨んでいた、その時。
「イコルに、何をしている」
黒き獣が、イコルを横抱きに抱き上げ、神雷の射線から逸らす。
「プテロン、様」
「遅くなってごめんな」
「三黎。一度ならず二度も我を阻むとは、万死に値するぞ」
「――【飛輪星】!」
イコルを抱くプテロンに放たれる雷。
一直線に突き抜ける電光を、炎の飛閃が相殺する。
遥か後方から発生した迎撃の飛翔剣撃、完全に神の雷を打ち消したそれに、アレスは口角をあげた。
「ようやく来たか、我が宿命よ」
「全ての災禍を終わらせにな」
レイキとアレスが睨み合っている間、プテロンは回復薬をイコルに飲ませる。夥しい量の傷に、大量出血。こんなふうになるまで闘わせてしまった事実が、プテロンの胸を押し潰す。
「そんな顔を、しないで下さい」
「だけど、俺がもっと速ければッ」
「それ以上は駄目です。私が聞きたいのは、謝罪でも反省でもないですよ」
自責にかられるプテロンの口を、人差し指で塞ぐ。
そして、気づいた。彼女が浮かべているのは苦悶ではなく、誇らしげな表情。プテロン達が来るまで闘神相手に時間を稼いだ偉業。
だから、今かけるべき言葉は、遅れた謝罪ではない。
「ありがとう。よく頑張ったな」
「えへへ……」
頬を綻ばせるイコルの身体は全快した。
【操血】ゆえに治りが早いのか、想い人からの言葉がそうさせたのかは誰も分からない。
「行ってくる」
「はい、援護は任せてください」
イコルの頭を一度撫でた後、プテロンは弟の隣に並び立つ。
瞬間、立ち塞がる闘神の圧力。一年前、なす術なく潰された苦い記憶が蘇る。だが、あの時とは違う。
「やるぞ、プテロン」
隣には頼りになる弟、後ろには共に歩んでくれた戦友にして大事な人。
強力な味方がいるのだ、闘神なぞ恐るるに足らず。
「あぁ、借りを返してやるよ」
三人分の殺意を真正面から叩きつけられたアレスは、意にも介さず不敵に笑った。
「さぁ、決戦を始めようぞ!!」
それは、一種の災害であった。
二メートルにも及ぶ巨躯が、高速で大剣を振り回す。そこの戦場だけ、世界から切り離されたかのような様用であった。
一度振るわれれば豪風が吹き荒び、一度斬り上げられれば旋風を巻き起こす。
暴風と共に織り交ぜられる雷、爆音と共に鳴り響くイカヅチも相まって、人の形をした嵐であった。
否、人ではない。
人型でありながら超越存在、竜巻を任意で起こせる闘神だ。
そんな闘神の前では、如何なる生命も無力。
神の威光に平伏すのが必然。そんな不条理を前に、二人の叛逆者が立ち向かっていた。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
「せやァァァァァ!」
脅威の連携で、受け止められるはずのない闘神の嵐に抗っている。
(連携の次元ではない)
闘神は抗う二人を見据えながら思う。
鬩ぎ合う金属音は二つ同時に鳴っている。入れ替わりではない、完全な同時攻撃。
狂気とも言えるほどの洗練された共同の猛襲。
「貴様ら、一体どれだけの修練を積んだ!」
「兄弟舐めんな!」
咆哮と共にプテロンの黒剣が、闘神を後退させた。
小さく、大き過ぎる一撃に歓喜を覚えるも、攻撃の手は緩めない。
闘神を唸らせるほどの同時攻撃には、二つの絡繰がある。
一つは賢者による超効率的な訓練。必殺技作りと並行して行われた訓練は、連携の域を越える
もう一つは兄弟の絆。同じ場所で育ち、同じ場所で飯を食べた年月は、以心伝心の状況を生み出していた。それこそ、互いの攻撃を邪魔せずに闘神を後退させられるほど。
そうはいえど、相手は神。人には覆せない絶対的な格差がある。
それでも拮抗状態を保てているのは、兄弟の猛攻だけではなかった。
「ちっ!」
兄弟の合間を縫うように撃たれた水弾を防ぐ。
連携をあと一歩で崩せるというところで、放たれる水弾と血荊が闘神を攻めあぐねさせる。
後衛のイコルによる魔術は、必殺にはならないが、内包される魔力が多過ぎる故、嫌がらせになっていた。
神の御体を揺らすほどの威力、一対一であれば捨て置けるものの、眼前の兄弟はその隙を見逃してくれる道理はない。
それも、嫌がらせは全方位から放たれていた。
「先の一戦、ただやられているわけではなかったか……!」
イコルとアレスの前哨戦。
闘いと呼べない蹂躙だったが、イコルは次に繋がる布石を残していた。血を至る所に流しておき、任意のタイミングで放てる固定砲台を作っていた。
卓越した魔力操作による嫌がらせは、闘神の集中を大きく削っていた。
だが、この程度で抑え込まれるほど神は脆弱ではない。
「仕切り直しだ!」
闘神は左足を大きく踏み下ろす。
地面に大きな亀裂が入り、一帯に衝撃波と雷が放たれた。
間近で受けた二人の身体が裂ける。雷による激しい裂傷。服が破かれ、鮮血が舞い踊る。
衝撃波と共に二人はなす術もなく吹き飛ばされる――筈であった。
「シッ!」
「癒せ!」
レイキは片手を振るう。すると、僅かに吹き飛ばされた二人は地面と平行で、空中に着地していた。
後ろから投げつけられる、水魔術謹製の治癒魔弾が、二人の身体を即座に癒す。
「なにっ!?」
目を見開く闘神に胴体に、闇と炎の剣閃が刻まれた。
レイキが【圧縮】で足場を作り、イコルが即座に傷を癒した。予定調和の如き流れ、闘神の攻撃を予測し何度も反復した鍛錬。
紛うことなき人の努力が、神の想定を上回っている。
「仕掛けるぞ――【
戦場を覆う煙幕。
灰の霧が蔓延り、闘神の視界を塞いだ。
「イカヅチよ!」
万雷が、一面を晴らす。
一年前欺かれゆえに、百の雷ではなく、万の雷で人間の希望を挫く。
「焦ると大雑把な攻撃になる癖、変わってないな」
「ッ!」
「【
至近距離で放たれる闇の光線。
大規模攻撃の後に訪れる僅かな
己に向かう暗黒の砲撃を、闘神は避けられない。
「ふんっ」
故に打ち払った。
雷も纏わぬ右手で、小物を追い払うように。
たった手首の捻りのみで、咆哮は霧散する。
「あぁ、想定通りだよ」
そんなことは知っている。眼前の神が、常識の外にいる怪物なんてことは味わっている。
だからこそ、一手を積み重ねるのだ。
「――ッ!」
振り払った直後に聞こえる、風切り音。
真正面から向かってくる黒の障害に、闘神は瞠目した。
投擲。
青年は砲撃が防がれるのを見越し、砲撃直後に黒剣を投げつけていた。顔面を抉らんとする黒剣、手で打ち払おうにも間に合わない。
ならば、口で受け止めればいい。
「この化け物が……!」
ガチり、と金属音が鳴る。
闘神は黒剣を歯で受け止め、噛み砕いたのだ。
「次は我の番だ」
黒剣の破片を吐き捨て、大剣を上段に構える。
「【
雷竜が顎門を開ける。
少女と共に防いだ災禍の竜剣が、プテロンへと狙いを定めた。
抗わざる雷竜剣に――プテロンは前進した。
このままでは直撃。即死は逃れられない状況下でも、プテロンに迎撃の様子はない。
「死を選ぶか!」
血迷ったプテロンに雷竜を振り下ろす。
魔獣の頂点に君臨する竜は、青年を消し炭にせんと咆哮した。
プテロンは未だに反撃せず、前進する。何故ならば、彼には共に歩む少女がいるから。
「【穿ち壊す渇愛の
予め詠唱を終えていた少女の切り札が疾駆する。
想い人を救いたい、その一心で放たれた渇望の槍は雷竜とぶつかり合う。
魔法と魔術。覆せぬ格の違いがありながらも、荊槍は相殺に成功した。
「【絶望を糧に轟け。縦横無尽の剣戟よ】」
声が響く。
防御を取らず、攻撃に専念していたプテロン。
大技を放ち、硬直状態にある闘神。
その差は、初めて"神の隙"を紡ぎあげた。
新しく生成した黒剣の腹が、闘神の腹部に押し当てられる。
「【
「ガッ――――!」
フォボスとの闘いで溜めた、百を超す斬撃が一斉に放たれる。
無数の魔力の刃が、闘神の身体に裂傷を生んだ。
投擲や【
だからこそ、百の斬撃を見舞った。闇の刃が腹部を斬り刻む。
闘神の身体から、初めて鮮血が踊り狂った。
「舐めるなよ!」
「なっ――」
雷光が迸る。
魔弾の要領で、雷を豪射する。
プテロンの視界に、目も眩むほどの雷光が叩きつけられ、衝撃と爆風が身体を吹き飛ばした。
「プテロン様!」
少女が受け止め、即座に癒す。
闘神は認める。一年前打ち滅ぼした青年の心は蘇り、神に一泡吹かせるほど昇華された。
「消させてもらうぞ」
故に此処で消す。
最大限の敬意をもって、まだ全快していない青年へ掌を向けた。
洗練された神怒の雷弾で少女もろとも消し去ろうする。
青年が顔を上げた。その表情は――どこまでも笑っていた。
「ッ!」
詰めの一手。
空気を固め、地面から数メートル離れた空中に待機していたレイキが迫る。
煙幕も、砲撃も、荊槍も、剣戟も全ては布石。
限りなく存在を薄れさせた必殺が放たれる。
「浅身深世」
高速の刺突が強襲する。
デイモスさえも屠った平刺突。
技の研鑽の果てに至りし境地が闘神の心臓を穿とうとする。
「ガァァァァァァァ!!!」
肉を断った音と共に絶叫が上がった。
「やったか、レイキ」
「……うそ、だろ」
兄に語りかけられた少年の手は、震えていた。
確実な隙だった。
必殺の予備動作さえ見させなかった絶好の瞬間のはずだった。
「躱された……!」
理外の速度で、闘神はレイキの必殺を躱した。
デイモスの時のように、圧力がかかって逸らされたわけでなく、技を認識された上で躱された。レイキは驚愕を浮かべ闘神を見る。闘神の脇腹からは、血が滴っていた。
闘神は人間と同じ真紅の血を触り、指でかき混ぜる。神たる己が人間の攻撃により血を流している、そのありえざる状況に、闘神は――――。
「――ハ」
――笑った。
よく聞かなくては聞こえない、小さな声が漏れた。
口角を少し上げた程度のそれは、時間が経つごとに大きくなって。
「ハハハハハハハハハハッッッ!!!」
雄叫びの如き大笑となった。
「素晴らしいぞ! 四黎、三黎、我が宿命よ! 修練の果てに神の躯体から血を流させようとは!!」
歓喜が、闘神の身体から際限なく放たれている。
血が湧き上がる戦闘、積み上げた技巧のぶつかり合い、気を抜けば刈られてしまう極限の刃。
これだ。
これこそが、望んでいた死闘だ。
三人の叛逆者は命を懸けて闘争国の歴史を終わらせようとしている。
「ならば――――我も命を懸けよう」
今までは本気だった。
だが、それだけでは足りない。
命懸けの全力でいかねば無作法というもの。
「イカヅチよ、我に降れ」
黄金に煌めく一条の雷が、闘神の躯体を貫く。竜の如く暴れ回る光は無数の裂傷を生んだ。
自傷ともとれる行動に三人は思わず立ち止まり――傷から吸収される雷を見て、背筋を凍らせた。
「――――――止めろッ!!」
プテロンの声に弾かれるように、レイキは特攻し、イコルは血槍を投擲する。
トラキア有数の速度で突き進む少年、振り絞った矢の如く大気を切り裂く血槍を前に闘神は笑った。
「【
黄金の闘志。
天にも昇る戦意。
目を焼かれるほどの光量。
回避不能、抵抗不能の闘神の本気を前に――レイキは気を失った。
「あっ……」
「どうしたんだい、アガロス」
レイキたちが激戦を繰り広げているころ、非戦闘員であるヘリオス、アガロス、フィロスは普通区にて家族の無事を願っていた。
レイキが起こした闘神への叛逆において、闘争義務のない者や妊婦など、戦闘にて弊害の生じる者達は普通区に避難していた。
避難所には闘争区の激闘の音が絶えず響いている。
突然声を上げたアガロスに、フィロスとヘリオスの視線が突き刺さる。
「……兄さん達にとって僕達は守る対象でしないのが、ちょっと悔しいんだ」
戦闘区へと儚げに視線を送るアガロスに、ヘリオスは目を伏せ、フィロスは強く拳を握った。
フィロスも常々感じていた、一緒に戦えない無力感に加え、家族が死んでしまうかもしれない恐怖。寄り添うことは出来ず、ただ安全な場所から無事を祈る以外に道はない。
「母さん……兄さん達の所に連れて行ってくれないかな……?」
「なっ、何言ってるの!? 私達が行っても何も出来ないでしょ!?」
「それでも! ここで何もせずにいるよりは……!」
「半年前のことを忘れたの!?」
弟と同じ思いを抱いているものの、フィロスは声を荒げた。半年前、考え無しに招いた行動は弟を誘拐させ、兄を窮地に晒した。
故にフィロスは全力で弟の考えを否定する。最愛の家族に迷惑をかけないためには、安全地帯にいるのが一番であるから。
「どうして、そう思ったんだい?」
「お母さん!?」
真っ向から否定しようとしない養母に、フィロスは目を剥いた。
「僕は、半年前何も出来なくて、レイキ兄さんに助けられて、兄さんは僕を庇って重傷を負った」
「……」
「レイキ兄さんにその事を謝ったんだ。だけど、レイキ兄さんは怒らなかった」
アガロスは思い出す。月明かり照らす屋根にて、兄に謝ったことを。
罵倒される覚悟も、殴られる決心もついていた。だけど、優しい兄は怒らずに優しく笑った。
「『お前が側にいてくれたから頑張れたんだよ』」
その言葉は忘れない。
気遣いから出たものではなく、本音を綴ったもの。当時のアガロスは、破綻者に嬲られ、地面で気を失っていただけ。
戦闘の補助どころか、応援さえもしていない。
だけど、兄にとっては、己という守るものがいたおかげで、【闘威一黎】と対峙できたと言った。
「僕だって、ここに居るのが最善だって分かってる……だけど、違うんだよ。僕はそばに居て、兄さん達を見届けなきゃいけないんだ」
「っ、わがまま言わないの!」
「姉さんだって、本当は今すぐにでも駆け出したいんでしょ?」
「ッ!」
確信を帯びた視線が、フィロスに突き刺さる。
言い逃れを許さない無垢な瞳は、一心に少女を見続けていた。
「わたし、だって……」
「……」
「私だって三人の側に行きたい! 何も出来なくても、安全な場所で無事を願うだけなんて嫌だ!」
心の叫びが漏れる。
必死に蓋をした慟哭は、弟の一言で産声を上げた。アガロス以上の欲望を抱えながら、押し留めていた。半年前の行動が脳裏から離れない。
もしレイにぃが間に合わなければ?
弟は死んでいたかもしれない。
それどころか、レイにぃまで死んでしまった可能性だってある。
家族を失うかもしれないという恐怖が、少女の行動を制限していた。
「でも、いま行動しなきゃ間にあわない!」
「それでにぃに達に迷惑がかかったらどうするの!?」
対立する双子。
同じ想いを胸中に持ちながらも、意見は食い違う。
取っ組み合いを始める寸前――大きな養母の身体が二人を抱きしめた。
「もうやめな。あんたらが喧嘩するなんて、レイキ達は一番望んじゃいないよ」
二人の頭を撫でながら、優しい声で呼びかける。
「あんたらは三人の所に行きたい、その想いは本物だね?」
「うん、僕は見届けなきゃいけない」
「私だって、力になりたい……けど、その過程で誰かを失うのは怖い、よ」
「ふふ、大丈夫さ」
フィロスの眼から零れ落ちた水滴を拭って、ヘリオスは勝ち気な笑みを浮かべる。
「子供がんな顔で願ってんだ、叶えてやらなきゃ、親代わりの名が廃るよ」
「え?」
「――行くよ、あの馬鹿たちのもとに」
「で、でも! 危ないよ!」
静止の声を無視し、養母は子供達を連れて、避難所を後にする。
「任せておきな。」
変わらず勝ち気な笑みを浮かべる養母は、地面に転がっていた長い木の棒を拾う。
普通区と闘争区の境たる大門を超え、血生臭い戦場へと踏み入れる。
「うっ」
「すごい臭い……」
溢れんばかりの血の匂いに、アガロスは咽せ、フィロスは顔を歪めた。
熟練者に協力して立ち向かう叛逆者たち、普通区では味わえないトラキアの闘争が其処には蔓延していた。
「貴様らも叛逆者かァァァァァァ!!!」
「ッ、母さん!」
雰囲気に呑まれていると、熟練者の一人がヘリオスに向けて刃を振るう。
幾人もの叛逆者を屠った刃が母の身体を両断する、そんな未来を幻視したアガロスは助けようと母に駆け寄ろうとして。
「⬛︎⬛︎星」
――母の持つ木の棒が僅かにブレた瞬間、熟練の闘士は地に伏していた。
「えっ……?」
「はっ、誰がレイキに星流剣術教えたと思ったんだい」
ま、あの子はちょっと教えただけで自己流に変えちまったんだけどね、と添えるヘリオス。
倒れる闘士に流血の様子はない。ヘリオスは木の棒による薙ぎ払いのみで、熟練者を昏倒させたのだ。
戦闘に通じない二人には、その技巧の高さは分からない。しかし、常人のそれとはかけ離れた絶技ということは分かる。
戦慄する双子に、養母はニヤリと笑みを向けた。
「さっ、あの子たちを迎えに行くよ」
気負うことなく、双子は大きな返事を返したのだった。
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