第17話 兄弟喧嘩

 アレスに潰された。

 身体を、精神を、矜持を、努力を、理想を完膚なきまでに粉々にされた。

 みっともなく降参の意を示して、無様に気絶して、目覚めた時はフカフカの布団で、見知らぬ少女に手を握られていた。

 泣き腫らした少女はイコルと言うそうだ。

 助けてくれた礼を述べると、彼女は泣き崩れた。

 ごめんなさい、と何度もうわ言のように呟く。ごめんなさい、そんな風になるまで、助けられなくて、と。

 何をおかしな事を。俺は正常だ。

 否定しても、彼女は泣くのをやめない。

 だが、彼女を慰めているうちに気づいた、あれ程までに猛っていた想いが、消えてしまっているのを。貼っていた仮面が取れている、泣き虫な自分が晒されている。

 あぁ、気づいたのが今で良かった。

 家族の前で弱さを見られたら、死にたいくらい辛いから。

 

 イコルの家で世話になった後、天照院に帰宅した。この恩は一生かけて返さねばならないだろう。

 一週間ぶりの天照院。

 玄関の扉を開けたら、フィロスとアガロスが飛びついてきた。双子の目は充血しており、涙の跡が付いている。

 レイキは大きな隈が付いており、酷く憔悴していて、俺を不可解な目で見ていた。ヘリオスは何も言わずに、ただ頭をポンと叩くのみ。

 何も言わないでくれる優しさが、今は有り難かった。


 アレスに潰されてから、考えを変えた。

 この国に叛逆するのは不可能だ。どんな無理難題を乗り越えようとも、最後には闘神が立ちはだかる。イカヅチが全てを打ち破る。

 だから、名声を轟かせよう。

 天照院に手を出せば、【闘威三黎】を敵に回すとトラキアに知らしめる。

 今までは泣き虫な自分を、感情を隠してた。だけと、それだけじゃ足りない。感情を殺さなきゃ、家族は守れない。

 【闘威三黎】として来る挑戦者を潰した。

 ある男が、俺に【下剋上】を挑んできた。

 勝敗は場外、その男は勝ったら褒美に愛する人との暖かな生活を望むのだと息巻いていた。その理想は、叶わないだろう。仮に俺に勝てても、闘神が許すはずがない。

 それに、以前の俺と重なって見えて、気分が悪かった。

 だから、殺した。その男は最期まで恋人への愛を呟いていた。

 デイモスが挑戦者を骨さえも残さない灰燼にするように、俺は俊足をもって暗殺者のように心臓を穿った。

 卑劣でも、下衆でも、醜悪でも良い。家族を守れれば、どうでもいい。

 気づけば、誰も俺の隣を歩かないようになっていた。……ある少女だけは、構わず手を握ってくれたような気がした。

 もうすぐ、レイキの13歳の誕生日、闘争義務が発生する。弟にはある程度の実力を付けて、中盤の階層にいてもらう。

 上を目指さなくて良い、アレスに目をつけられたら終わりだ。立ち塞がる障害は全部俺が潰す。

 そんなことを、考えていた日のことだった。

 

 ――レイキが襲撃されたのは。

 

 犯人は、俺が殺した男の恋人だった。それも、トラキアでは名の知れた闘士。レイキを助けるよう懇願する双子を置いて、俺はその場へ駆け抜けた。

 実力差は絶望的、トラキアを数年生き抜いた女傑と、何の戦闘訓練も積んでない子供。

 俺のせいで、大事な弟が死んでしまう。枯れたはずの涙が出てきそうになる。封じたはずの泣き虫が声を上げている。

 だけど、辿り着いた先は違っていた。


『なん、で……!』

『反省しろ』

『が、はッ……!』

 

 

 ボロボロの拳を女に叩き込み、気絶に追い込んでいる。

 発現したばかりの【異能】で、鍛えていない身体で、トラキアの闘士を倒した。

 肩が震える。顔が青くなる。掠れた言葉で、弟に声をかけた。


『れ、レイキ……?』

『おっ、プテロン。聞いてくれよ、襲ってきた奴を倒せた』


 親指を上げて、俺に笑いかける弟。その笑みを見て確信した。

 

 立ち向かう気概を、邪を嫌う義勇を、そして、俺が何よりも焦がれて得られなかった闘争の才能を、この子は持っている。

 必ずや、障害を突破し、闘神の袂まで辿り着く。そして、アレスに潰される。だめだ、許せない。その未来は破滅しかない。そんな道を歩ませてたまるか。

 呆然とする俺の横を、追いついた双子が駆け抜け、レイキに抱きついた。

 泣き喚く双子を慰める弟に誓う――お前の夢は俺が阻もう。その果てに俺が壊れたとしても、アレスに叛逆はさせない。

 レイキが【血闘】に気持ち悪さを抱いている時も、その考えは異端であると矯正した。俺も苦しんだよ、何で簡単に人が死ななきゃいけなんだってな。

 だからこそ、俺と同じ道を歩ませない。

 叛逆なんてさせるものか。

 そう、決心したはずだった。


「なんでお前からは、悲鳴しか聞こえてこないんだ……!」


 ――あぁ、バレた。

 泣き虫の俺が、死んでも隠したかった己が知られた。苦痛に顔が歪む、貼り付けた表情が崩れる。


「お前には敵意どころか何も無かった。最初は壊れちゃったのか思った、だけど違う。お前は無理やり感情に蓋をしてるだけだ」

「黙れ」

 

 やめろ。

 俺の仮面を剥ぐな。本当の俺を見るな。決意を鈍らせるな。


「心の深いところで、ずっと悲鳴をあげてる。絶えず泣いている」

「だまれ」


 うるさい。

 お前には分からない。生まれた時から才能を持つお前になんか、分からない。


「もう、偽るのはやめろ、それ以上心を押しつぶすな!」

「だまれっつってんだろ聞こえねえのか!」 

「聞こえた上で言ってんだよバカ兄貴!」


 放たれた怒声に、顔を上げる。

 眼前には、泣きそうな顔をしている大事な弟。

 ちがう、違うんだよ、お前にそんな顔をさせたいんじゃない。

 後にも先にも、希うことは一つだけ。


「おれは、家族お前たちが笑って暮らせるために……!」

!?」


 ――あれ、笑顔ってどうやるんだっけ……?

 

 顔が、動かない。

 軽薄な笑みも、作れない。

 代わりに、涙だけが頬を伝う。


「笑顔ってのは無理やり作るものじゃない、自然と出てくるものだ。それが分からない時点で、お前はもうボロボロなんだよ!」


 立ち止まれない、家族を護りきるまで立ち止まることは許されない。

 だから、これ以上惑わすな。

 

「【我が征くは鏖殺の道、遊行の果てに暁あり】!」

「プテロン!」


 お前はもう、口を塞げ。


「【獄道に輩は不要なりメイ・モナクスィア】!」


 解き放つは、黒火の海を作る自爆魔術。

 周囲の地面から黒焔の柱が立ち上り、戦場を地獄に変える。

 自爆故に己の身体も焼け爛れるが、そんなのはどうでもいい。俺が進む道は何もかも焼き尽くす獄道、供する者は必要ない。

 お前は、大人しく、守られてればいいんだ……!


「もう折れろ!」


 自爆魔術が終わる。

 元の森林は見る影もない、見る限り一面の焦土。草木を焼き尽くした黒煙が立ち昇っている。

 まさに地獄のようだ。

 そうだ、これこそ俺の歩むべき道。行く先が地獄なら、俺一人で進んでやる。

 だから、お前は、俺の後ろにずっといろ!


「やなこった!」


 弟が煙を切り裂き、短剣のみで特攻してくる。

 弟の身体は火傷ばかり、満身創痍も良いところだ。だけど、眼だけは死なない。真紅の瞳が不屈を宿す、映るのは醜い俺の姿。

 反射の域で炎の短剣を防ぐ。だが、短剣に隠れて突き出された拳には気づけなかった。


「がはッ!」


 弟の拳が、胴体に突き刺さる。

 【片翼・禍津星】に続く二撃目、肺の空気が全て出される。

 レイキの猛攻は止まらない。拳に続いた短剣での薙ぎ払いを、辛うじて受け止めた。一瞬の予断も許されない拮抗状態に違和感を抱く。

 おかしい。

 さっきまでは、俺が圧倒していたのに。

 どうしてレイキが【闘威三黎おれ】と渡り合えているんだ。


「何をしやがった、クソ賢者!」

「――!」


 プテロンの怒号を受ける賢者は、立ち上がり片手を天に突き出すガッツポーズを決める。


「この一週間。僕とイコルで積ませたのは理不尽と不条理の経験、そして、それに伴う対応力だ! プテロンの実力と、レイキの成長が噛み合い始めてる!」


 配られた手札カードでどう賭けるか、いつ切り札を切るか。今までのレイキは予め予測した敵の行動への対応を充分に極めただけだった。しかし、対応すべきは未知の攻撃。

 プテロンの心を折る作戦は、レイキに成長機会を何度も与える結果となっていたのだ。


「レイキの心が折れないかが要だったけど、よくぞ耐えてくれた! 過度な鍛錬を積んだ甲斐があったよ!」

「――そんな、難しい話じゃないよ」


 興奮する賢者の隣で、養母は小さい声で呟く。しっかり聞いていなければ、こぼれてしまう程の声量。

 儚い目は、焦燥に駆られるプテロンを見ている。


「本当にアンタは馬鹿だよ、プテロン」


 どれだけ追い詰めてもレイキが折れない理由?

 そんなものは決まっている。


「――レイキは、不屈の兄アンタの背中を見て育ったんだ。簡単に折れるはずがないよ」


 彼がレイキを守り続けていたのなら、レイキは彼の背中をずっと見続けていた。

 外の心労も、兄の葛藤も分からない。けれど、折れずに前を向き、家族を一番に考える兄の背を見て、憧れないわけがない。

 守られるだけの少年はもういない。

 そこに居るのは、背に焦がれ隣に立ちたいと願う立派な戦士だ。


「プテロン様……」

 

 イコルは願う。

 想い人の安全を、そして救済を。重荷に潰れて、誰にも助けを求められない哀れな青年に救いあれ。

 彼が救われるかどうか、命運は少年に託されている。


「プテロォォォォォンンン!」

 

 怒号を放つ。

 想いを叩きつける。

 精度の落ちた黒剣を弾き、渾身の力を込めた【伊邪宵】で肩を切れ込みをいれる。

 左上からの袈裟斬りは、泣き虫を隠す鎧たる黒き外套を切り裂いた。

 距離を取ろうと放たれた【咆哮フォナゾ】を、炎剣の爆風で無理やり回避する。

 爆発付近にあった左脚が悲鳴を上げるが、気にしない。それよりも悲鳴を上げている人が、目の前にいる。

 きっと、流している涙の意味さえ分からないバカ兄貴に拳を叩き込む。


「本当に、お前は馬鹿だよ!」


 怒りを、悲しみを、悔しさを込める。

 強大な敵に立ち向かえるのは、群を抜いた実力を有しているのは、兄が強いからだと思ってた。

 家族を守って、笑顔を振り撒くお前は、俺にとっての憧れだったから。

 だけど違う。とんだ勘違いだった。

 

「お前は強いんじゃない! どんな局面でも!」


 兄が突き進めていたのは強いからじゃない。

 大凡の人が考慮する点である己の生死。それが、兄からは抜けていた。

 兄の天秤には死への恐怖がない。だから、一番最初に自分を押し潰す手段をとってしまう。

 どんな絶望でも、どんな苦境でも、他者のために動いてしまう。自分の精神なんてお構いなしに。


「ふざけるなよ! そんな事をされて喜ぶと思ったか!? お前を潰して得た未来が幸福だと思うか!?」


 視界が歪んで、滲む。

 叫び声に近い糾弾は、いつしか嗚咽を含んでいた。


「その考えを捨てろとは、口が裂けても言えない。言う資格がない」


 彼がここまで潰れてしまった原因は、きっと家族俺たちだから。


「だけど、後ろをちゃんと見ろ! お前が傷ついて悲しむ人がいる、お前の幸せを一番に願う人がいるんだよ!」

「ぁ……」


 黙ってばかりだったプテロンから、声なき呟きが漏れた。

 揺れる瞳が、涙を流す観客席の少女を映す。外のプテロンを誰よりも思いやり、そばに居た献身の少女を。


「い、こる……」


 彼女は、また泣いていた。

 目を腫らして、何度も涙を拭って、プテロンから視線を離さない。


「想ってくれてる人を泣かせてる奴が、自分の願いだけぶちまけてんじゃねえよ!!」

 

 身体が発熱する。

 視界が加速する。

 鋭い裂帛の声が、短剣を推し進める。

 観客席の者達は、騒ぎ立てることなく、俺たちの一戦に視線を注いでいる。

 デイモスとフォボスは、腕を組んで凝視している。

 先生とヘリオスは、片時も目を離さずに見守っている。

 イコルは縋るように祈りを捧げている。

 数多の視線を感じながらも、意識だけは兄に向けた。


「そんなお前に、俺は負けない……!」

「――――ッ!」


 短剣に焔を宿し、特攻に出る。

 昂る脳が、過去の助言を想起させた。


『プテロン様に【暗獣化身ネメア】を使わせる、それがどういうことを意味するかが鍵よ』


 敵対する者にしか使わない暗獣の武装を、今まで守ってきた者に向ける。

 兄に【暗獣化身ネメア】を使わせる、それ即ち


『斬るべきものを見誤るな』


 俺が斬るべきものはプテロンじゃない。

 プテロンの認識なかにある、守るべき"大事な弟"という俺の存在。

 兄に認めてもらわねばならない、俺は守られる存在じゃなくて、同じ意志を持って共に歩む存在であると。

 時の経過と共に、兄の顔が更に歪んでいく。貼り付けている仮面が崩れていく。

 なぁ、プテロン。

 俺はお前を追い詰めたいわけでも、否定したいわけでもない。ただ俺は――


「――お前の隣を歩みたいだけだ!」

 

 【伊邪宵】を上段に構えた俺に、プテロンは怒鳴りつける。


「短剣一本で俺を倒せると思うなよ!」


 プテロンの脳内に【闘威三黎】としての冷静な思考が宿る。

 【盈月】ならまだしも、短剣、それも一本など脅威ではない。転装できる【玉鉤】も上空に飛ばして――――ッ!


 ――もう一本の短剣、いつ落ちてきた?


 垂直に飛ばしてからかなりの時間が経った。それこそ、既に落ちてきても構わない状況。

 そして、今まで使われてないレイキの【圧縮】を思い出す。魔力を凝固させたり、空気を固めたりしか出来ない弱い異能。

 しかし、【玉鉤】が落ちてくるタイミングで予め上空の空気を固めていたとしたら――!


「術器転装」


 プテロンは瞠目する。

 彼の右手には【圧縮】を解除し手元へと落ちてきた【玉鉤】の姿。

 思い返せば、弟は低い姿勢の攻撃しかして来なかった。懐に潜りやすくするためではなく、上空に留まる短剣を悟らせないために。


「俺は、お前に守られるだけの存在じゃない――――【万里一空】!」


 夥しい烈火が装填される。

 先程とは違う、至近距離での『必殺』。防御は出来ない、回避もままならない。

 このままでは、絶命は不可避。

 視界が引き延ばされる。時間の感覚が極めて遅くなる。それは生命が潰える前の最期の猶予だった。

 否応なく『死』の気配を濃くする『必殺』に、プテロンは本能で魔術を行使する。


 

「【暗獣化身ネメア】!」

「――――――――――――ッ!」



 黒き獣が『必殺』ごとレイキを押し除ける。

 至近距離で放たれた【万里一空】は、暗獣に変態したプテロンには薙ぎ払いのみで済むものだった。

 烈火が跳ね返り、漆黒の衝撃を真正面から受けた俺はそのまま木々を背に打ち付けながら、場外の壁へと叩きつけられる。

 痛みを発さない場所はない。みっともない瀕死状態だが、勝負には勝った。


「【暗獣化身ネメア】ノシヨウヲカクニン。ヨッテ、レイキノショウリ」


 【血闘】停止期間のためか、通算勝利数のカウントはされなかった。

 無機質な音声が勝敗を告げ、変界魔術が解かれる。

 焦土から荒野へと戻る。中央にいるのは、己の行動に果てしない疑問を抱く兄の姿。


「……なん、で。おれは、どうしてレイキに使ったんだ……?」


 彼自身、行動の説明は出来まい。

 思考は介在しなかった。弟の『必殺』を目にした瞬間、本能が【暗獣化身ネメア】を発動させた。

 すなわち、彼の奥底で、弟を本気を出さなくてはならない脅威であると認めたのだ。


「が、、ふっ」


 吐血しながら、身体を引き摺る。

 向かう先は兄の場所。

 さっきは兄を批判しかしなかった。だけど、その他にも言わなきゃいけないことがある。


「れい、き……」


 憔悴しきった兄に近づき、震える肩を出せる最大限の力で抱き締めた。

 

「ごめん、ね」

「なんで、おまえが泣いて」

「気づいてあげられなくてごめん」


 俺が兄の異変に気付けていれば、ここまで兄は心を擦り減らさなかった。

 隠すのが上手かった、兄が本音を見せなかった、なんて意見はただの言い訳だ。

 察して共に悩むのが家族なのに、俺は気づくことさえ出来なかった。


「もう一人になんかしない。一緒に、戦おう、兄さん」


 久しぶりに昔の呼び方が出た。

 恥ずかしくて、子供扱いされるのが嫌で、いつまでも同等に見てくれないのが不満だったから、変えた呼び方。

 兄の瞳から再び涙が溢れる瞬間、俺の意識は無くなった。





 

 



「あーあ、二人とも重傷だね」


 私の隣で、ヘリオスさんは呟いた。

 一見、投げやりのように聞こえるが、奥底に潜む心配と安堵の念は不思議とよく分かった。

 【血闘】……いや、ただの兄弟喧嘩が終わった。誰も歓声はあげず、ただ中央で心を通わせる兄弟を見ている。

 レイキは何かを告げた後、崩れるように気絶した。

 止まらない涙を拭っていると、ヘリオスさんは優しい声で話しかけてくる。


「私はレイキの方に行くから、バカ息子は頼めるかい?」

「は、はい! 任せてください」


 ありがとね、と私の頭を撫でてヘリオスさんはレイキの元に行った。レイキの方が重症のため、賢者もあっち側に行くようだ。

 私が中央に着いた時には、涙を流す想い人の姿。私に気づいたプテロン様は、唇を震わせながら言った。


「なぁ、俺はさ、間違ってた、のかな……」


 迷子の子供のように問いかけるプテロン様を見た瞬間――――私は彼を抱き締めていた。

 

「間違ってない!」


 腕の中で、プテロン様が震える。

 全く、本当にこの人は勘違いが酷い。そんな想いを抱かせるために、レイキは刃を振るったんじゃない。

 間違ってなんかない。

 何よりの証拠に、介抱されるレイキへ視線を向ける。私に釣られて、プテロン様もレイキを瞳に映す。


「あの子は、あんなに優しい子に育ったんです。間違えであるはずがないですよ」


 間違えだったら、人の幸福を喜び、不幸を辛く思う子に育つわけがない。

 

 ――それは、一番貴方が分かってるでしょう?

 

「そっかぁ……」


 永らく封じていた、プテロン様の継ぎ接ぎ仮面が砕けた。戻す必要はない。ありのままのプテロン様を、彼が肯定してくれたから。

 プテロン様は、恐る恐る私を見上げ言い放つ。


「ちょっと、胸貸してもらっていいか……?」

「喜んで」


 私の胸の中で、プテロン様は大きく泣き叫ぶ。ひどく下手くそな泣き方、甘えることを許さなかった人生が垣間見える。

 あぁ、良かった。

 ようやくこの人は、人に頼って泣くことが出来たんだ。






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