第8話 勃発




 空が白み始め少し早い朝の挨拶を交わす頃。

 燦々と輝く太陽の下で行われるのは高速戦闘。

 闘争区の一画で鳴り響く武器の応酬。

 槍と短剣が織りなす不協和音は、ある師弟によって奏でられている。

 舞のように軽やかなで華やかな槍の猛襲を、少年は文字通り間一髪の距離で避けていた。

 

「逃げてばかりじゃ槍は砕けない! 最適の瞬間を見極めるんだ!」

 

 速度を上げた先生は容赦なく詰め続ける。

 大粒の汗ごと前髪の数本を切り裂き、その数本が地面に落ちるまでの一瞬で何合も打ち合う。

 腕の骨にひびが入るのを痛感しながら、雄叫びを上げて

 

「ッ!」

 

 弾いて回避するのではなく、相手の力さえも利用したそれは先生の懐に侵入することを許した。

 確実に槍の間合いの範囲外。

 左右の短剣を音が鳴るほど握り締めて、ここぞとばかりに連撃を放つ。

 最初から目標武器破壊に狙いを定めるのは危険だと、一か月間ボロボロにされた経験が告げる。

 故に狙う先は所有者自身。

 先生の心臓めがけて短剣を進める。

 しかし、瞬時に移動した槍の柄によって阻まれた。

 

「良い判断だ! 今槍を狙っても短剣では火力不足。だが所有者を狙えば槍で防御せざるをえなくなる」

「そうすれば、槍の耐久値は減っていく……!」

 

 間合いを広げることなく、師弟は超至近距離で戦闘を続ける。

 先程とは打って変わり攻守が逆転していた。

 不利な間合いで殺傷性の高い刃を使えない槍に対し、真骨頂を発揮する短剣。

 魔術も加わりながら繰り広げられる戦況は、槍の耐久値低下という結果を叩き出す。

 

「……ッ!」

(今だ……!)

 

 均衡状態に崩れたのは先生の方だった。

 僅かに体勢を崩した先生と未だ万全のレイキ。

 彼が提唱するそのものであった。

 腕ごと燃え盛るレベルで短剣に対し付与魔術エンチャントを施す。

 狙いは摩耗させた槍の柄。

 高らかに燃ゆる短剣を左右に掲げ、全霊をもって振り下ろす。

 

「【禍津星】!」

 

 いつぞやの男を屠ったクロス状の焼斬撃。濁り昏き炎と化した短剣は寸分違わず槍の柄へと迫る。

 一ヶ月の鍛錬の末に手繰り寄せた最適の一撃。

 技巧の果てに鈍色の焔が告げた結末は――

 

「だが甘い!」

「なっ……!」

 

 ――短剣が負荷に耐えきれず爆発するという幕引きだった。

 驚愕に支配されたレイキの胴体に、先生は容赦なく回し蹴りを放つ。

 何度も地面に跳弾しながら、外縁部の壁に激突した。背中を激痛が襲うが、吐き出た血液を拭い姿勢を整えた。

 

「槍の耐久性を狙う策は良かった。だけど耐久性が削られるのは防御側だけじゃない。短剣にもガタがきてたんだよ」

 

 あと少しで折れそうな槍を引き摺りながら近寄ってくる。先生の表情は興奮三割、歓心三割、そして納得四割であった。

 

「落ち込むことはないよ。槍の破壊を目標としたが、達成出来ないのは予想してた。むしろここまで追い込めたのは誇っていい」

 

 後から聞いたことだが、先生は達成不可の目標を与えことで限界突破を促す教育方法らしい。

 【鑑定】で生徒の限界を測り、ちょうど超えられないラインの難題を課して極限まで追い詰める。この現状はあくまでも彼にとって予想の範疇を超えない。

 ま、ちょっと期待しちゃったけどね、と付け加える先生に対し、レイキは静かに笑みを浮かべた。

 

 ――あぁ、先生を騙せたんだ。

 

「一ヶ月前に言ったよな、詐欺師になれって」

「そうだね。その点も上出来さ。致命傷を喰らっても叫び声を上げず、表情にも出さない。イコルは焦るだろうよ」

 

 ふつふつと笑いが込み上げてくる。

 レイキの瞳に映るのは、未だ赤みを帯び熱を内包している槍。

 先生の疑問の視線を真っ向から受け止め、レイキは【圧縮】を発動した。

 

「えっ……?」

 

 パキンと小気味良い音が響いたのち、目線を先生の下に動かすと柄の部分で折れた槍があった。

 意味が分からないと目を丸くする先生に種明かしを始める。

 

「【圧縮】の応用だよ。【禍津星】で斬り付けた時に炎を槍全体に広がらせ、微弱な魔力を込めてその状態を維持したんだ」

 

 一ヶ月の修練によりレイキは【圧縮】への理解を深めていた。

 この異能の真髄は対象のエネルギーが一点に集中するよう移動させること。ならば、発想を反転させ、対象全体に行き渡らせることが可能だと考えたのだ。

 

「……【禍津星】を退けた槍は、まさに

 

 レイキにとっての最適な瞬間とは戦闘が終わり油断している今この時だった。

 

「分布させた内部の熱を柄に【圧縮】した。あれだけボロボロにしたんだ、内部から焼かれればひとたまりもない」

 

 人類の切り札である異能。

 戦闘の際は当然頭の片隅にあるべき事案である。

 しかし、レイキは警戒させなかった。

 一ヶ月間絶え間なく短剣で攻め続け、毎日刷り込むことで、異能を使った槍破壊はありえないと思わせたのだ。

 全てはこの一撃を悟らせないために。

 

「ふっ、あはははははは! 素晴らしい、素晴らしいよレイキ! 僕が一杯食わされるなんて! 異能の反転行使なんて十年かかっても習得できるか怪しいのに!」

 

 先生は破顔する。

 詐欺師になるという戦法に殉じた盤外戦術に、生徒の成長を感じている。

 一通り笑った後に佇む彼は、先生ではなくだった。

 

「僕から言えることは一つ――良くぞ苦行を乗り越えた、我が生徒よ」

「……」

「あれ、テンション低くない?」

 

 すっかり歴戦の顔付きになったレイキは無言のまま師に近づいた。

 

「訓練が終わったなら、もう色んな不満も吐き出して良いよな?」

「え、いや、そんなことは」

「良いよな?」

 

 若干引き気味の賢者にレイキは詰め寄る。

 疲労、倦怠、非難が混ざり合い死んだ目をした彼は大きく息を吐き、一ヶ月に及ぶ拷問の感想をぶちまける。

 

「攻撃パターンが多い、休憩時間が少ない、戦闘の濃さは頭がおかしい!」

「うん?」

「えげつない数の拳撃、脚撃、槍撃、魔術、しかも全部一級品の実力がのってるのをどう捌くんだよ!? 瀕死で倒れても治癒魔術で直ぐに回復させられるし、毎回違う戦法で来るから対策も立てられない! 心が折れても髪の毛掴まれて『まだ、やれるよね?』って言われたら頷くしか選択肢ないだろ!!」

「オーケーレイキ、一旦落ち着こう」

「だけど強くなってるのは嫌になるほど実感出来るから文句言うのも筋違いで、こっちはずっとモヤモヤしてたんだぞ!」

 

 悲しいかな。

 賢者の【鑑定】は全てを見通す異能であり、的確かつ合理的にレイキの成長を導いた。

 どんどん吸収していくレイキに期待を抱き、調子に乗った自覚はあるが、無駄になるようなことは一切していないのだ。

 

「まあまあ、落ち着いて。僕の予想を裏切ってくれた生徒にはプレゼントを用意してるんだ」

「ぷれぜんと……?」

 

 賢者が軽く指を鳴らすと、レイキの両手には花で作られた箱が置かれていた。

 豪華な装飾のリボンを解き、中を覗いてみると一目見て上質だと分かる二振りの短剣がある。

 

「これは……」

「銘を【玉鉤・伊邪宵】。魔導率と耐久性に優れた短剣型の術器だよ」

 

 術器……魔術武器マジックウェポンとも言われるそれは、ある特性を持った武器を指す。

 魔力を込めて剣型の術機を振るえば斬撃が飛翔したり。所有している際、常に魔力が減り続けるが、魔力効率が向上したり。

 異能には及ばないものの、戦闘を有利に進める上で鍵となる代物だ。

 

「ちなみにこれは一級術器で、外の世界じゃ高値で取引されるんだ」

「すごい特性を持っているのか?」

「うん。この術器が今回の【血闘】の命運を分ける、その特性は――」

 

 特性を聞いたレイキは見開いた。

 同時に納得する。

 執拗に長剣の練習を課されたのはこの為であったかと。

 

「間違えなく切り札だな」

「初見殺しにも程があるけど、こうでもしないとイコルに勝てないからね」


 確かにひどい初見殺しだが、嵌れば決定打になることは間違えないだろう。


「あ、そうだ。僕も観戦するからよろしくね」

「先生は、神アレスの前には出られなんじゃなかったか?」


 賢者は何らかの事情でアレスの前に姿を現せない。

 身柄に考慮した故の言葉だったが、賢者はニンマリとした笑みを浮かべて否定する。


「僕の存在がバレなきゃいいんだよ。安心して、僕に秘策がある!」

「は、はぁ……」


 レイキは心の中で思う――不安しかない。

 昂る賢者をジト目で見つめながら、【血闘】の刻限は迫るのであった。

 




 



「……この日が来ちまったか……」

 

 観客席の上部、全体を見渡せる場所にて灰髪の青年は陰鬱な様子で腰掛けていた。比較的人気なポジションであるそこは、プテロンの周りだけ空いた状態であった。

 トラキアの闘士であれば【家族狂い】の実力を知らない者はおらず、あえて近づくアホはいない。

 

「頼むから、無事に終わってくれよ」

 

 思い浮かべるのは、闘技場フラウィウスで対峙している弟と友人のこと。

 賢者により決められた【血闘】には多くの観客が集まっており、【闘威三黎】のレイキと【闘威四黎】《イコル》の闘争を心待ちにしているが、プテロンは心労に絶えない。

 そんな寄せ付け難いオーラを醸しているプテロンに近づく影が一人。

 

「隣座るぜェ」

「帰れ酔っ払い」

「カカッ、褒めるなよ、照れんだろォ」

「どこに褒められた要素を感じたんだよ」

 

 真っ向から断られたのにも関わらず、プテロンの隣に無遠慮に座る者がいた。

 いつも通り酒を煽りながら、大きな声で笑う麗人の名はフォボス。絶技を持って【闘威二黎】の座に君臨したトラキア一の弓兵である。

 度数の高い酒で喉を潤し、昼間から完全に出来上がっている彼女は気安くプテロンに話しかける。

 

「で、お前さんはどっちが勝つと思う?」

「答える義務はねえよ」

「つまんねえーなァ。対戦カードを聞いたとき驚いたんだぜ? まさかあの【家族狂い】の弟がイコルに【下剋上】だなんてよォ」

 

 聞いてもないのにベラベラと喋るフォボスに対し、嫌そうな顔を隠さずに無視しているプテロン。

 甲高い声が闘技場フラウィウスに響き渡る。

 

「てっきりお前はレイキ《一番上の弟》が【血闘】の義務を負う前に、家族ごと逃亡すると思ってたぞ」

「何……?」

「【家族狂い】が可愛い可愛い弟に殺し合いをさせるはずがねえからなァ。実際、トラキアからの出国も考えたろ?」

 

 プテロンは舌打ちをする、家族全員で真夜中に脱出し、異国の【墜神連合】に助けを求めようとは何度も考えた。

 しかし、実行出来ないのには理由があった。生まれた時から付けられている首輪のせいである。

 首輪に触れながら、プテロンは忌々しそうに顔を歪めた。

 

「この首輪は【血闘】の勝利数や【下剋上】の申請のための物と思われているが本質は別だ。トラキアという鳥籠から俺たちを逃がさないための楔」

「トラキア以外の土地に出た瞬間、。長生きするには【血闘】で百回相手を殺すしか道はねえってことだァ。ちっ、ムカつくぜェ」

 

 腕を組んでフォボスは吐き捨てた。

 【血闘】で打ち勝つ以外に生き残る方法はない。生存を望むが故に他者の生命を犯す機構を位置付けるのが、トラキアの首輪であった。

 

「首輪の魔力がどこから賄われてるか、知ってるかァ?」

「は……? どこからって、アレスが供給してるんじゃねえのか?」

 

 プテロンの推測にフォボスは首を振る。

 

「アタシは【闘威二黎】だからアレス様の側付きをやることもあらァ。場合によっちゃ、一日中共に過ごす日もあるんだが、アレス様が魔力を使った様子は無かった」

 

 【血闘】や【下剋上】は常日頃行われていることであり、勝利数の記録や闘争の受諾など首輪の機能を使う場面は多々ある。その際、魔力を消費しなければ実行出来ない。

 アレスが供給しているとしたら、側付きのフォボスが一度も魔力消費の場面を目撃していないのはおかしい。

 

「てめえも知らないか。デイモスの野郎は知ってそうなんだけどなァ」

「デイモス……奴も来てるのか?」

「ああ、ほら、あそこ見てみろォ」

 

 フォボスが指差した方向は闘技場フラウィウスの観客席でも特別な場所。

 隔絶された空間は、財の限りを尽くした黄金の玉座によって彩られている。

 中央に座すのは闘神アレス。闘威持ちの【血闘】は必ずかの男神がご覧になるのだ。その後ろには騎士のように貞淑にデイモスが侍っていた。

 いつになく機嫌の良いアレスは鷹揚に足を組み、優雅に肩肘をついている。

 

「此処まで心が高まるのは13年ぶりよ。デイモス、この試合の行く末、貴様の予想の具申を許そう」

「恐れながらイコルの圧勝かと」

 

 間髪入れずにデイモスは告げた。

 疑いのない様子にアレスは片眉を上げる。

 

「ほう。挑戦者に勝ち目はない、と」

「恐らくですが、レイキの戦い方は【圧縮】を使い、相手の集中の隙をついて決定打を叩き込む姑息な奴です」

 

 デイモスは結論づける。

 一ヶ月前、レイキと戦った上でそのような戦法をとると確信していた。

 

「奴の得物である短剣は小回りが効く分、火力はいまひとつ。故に耐え抜き機を狙い、最上のタイミングで最高火力を解き放つのです」

「四黎の疲弊と挑戦者の好調が噛み合えば勝機はあるのではないか?」

「ありえません。あの短剣で出せる火力は未知数ですがリーチが短過ぎる。大きな威力を伴ったとしても、一撃での決着は不可能、一度貰えばイコルが二度目を許すとは考えづらい」

 

 レイキと実際に戦ったからこそ言える言葉だった。

 彼の判断力や忍耐力は目を見張るものがある。それは認めざるを得ない事実である。

 しかし、最大の決定打になり得るかはまた別の話。

 短剣が切り裂ける範囲は酷く限られており、付与魔術エンチャントを駆使しても四肢のいずれかを奪うのが限界だろう。

 致命傷にはなりうるがにはならない。

 

「仮にレイキが短剣以外の武器を扱うとしても、一ヶ月で得物以外の戦い方が身につくはずがない。付け焼き刃に敗れるほど闘威持ちの壁は低くないかお」

 

 斯様な愚かな戦法をとるなら、挑戦者たる少年は闘技場フラウィウスの糧となり消え去る。

 確信を込めた口調でデイモスは締めくくった。

 レイキへの悪感情が節々から伝わってきた論であったが筋は通っている。

 だからこそ、闘神は思う。己に立ち塞がる存在になるのならば、四黎など軽々超えてもらわねば困る。


「挑戦者よ、貴様が我が宿命たりえるなら、この程度の受難、乗り越えてみせよ」


 

 


 

 

 レイキは落ち着いた様子で闘技場フラウィウスに立っていた。

 

「一つ聞いておくわ。降参する気はない?」

「ない」

「あっそ。私も降りる気はないけどね」

 

 髪をいじりながら少女は吐き捨てた。負ける気など微塵もない様子から、彼女が築き上げた実績と自信が伺える。

 対戦相手とすら見なされていない事を念頭に置き、少年は冷静に口を開いた。

 

「俺からも一ついいか?」

「何よ、手短にしてよね」

「どうして、俺はそんなに嫌われているんだ?」

 

 少女が一瞬、息を詰まらせた。

 

「……別に、この国じゃ誰も信用しないのは当たり前でしょう。好意的な態度をとる奴なんてそうそう居ないわ」

 

 イコルの言は一理ある。

 トラキアは手を取り合って生きる事が難しい国だ。レイキ自身も決して馴れ合いを求めているわけではない。

 しかし、出会った時から今まで覚える違和感をどうしても拭っておきたかった。

 

「闘争からくる嫌悪なら納得がいくが、お前の感情は毛色が違う。俺に対しての憎悪を含んでいる、違うか?」

 

 闘争区で初めて会った時も、アガロスを助けるために闘技場フラウィウスに乗り込む時も、賢者の計らいにより【下剋上】が決まった時も、イコルは嫌悪以上の感情をレイキに抱いていた。

 侮蔑、失望、憤怒、何より濁った憎悪。

 凄まじい激情をもって渦巻く黒い感情を。

 対峙している今でさえ、それらは苛立ちと共にレイキを射抜いている。

 

「俺とお前は闘争区で会ったのが初めての筈だ。なぜ、そんなにも俺を憎んでいる?」

「……」

「いや、羨ましがっているのか?」

「――黙れ」

 

 瞬時に膨れ上がった怒気に、レイキは後退りしたい衝動を堪えた。

 怯む姿勢を見せてしまえば【血闘】前から精神面で負けてしまう。実力で既に負けているレイキにとって、ここで勝ちを譲るわけにはいかない。

 イコルは自嘲気味に笑って言い放つ。

 

「えぇ、そうよ。ただの醜い嫉妬、私はあんたが羨ましい。一緒の場所で育っただけで、あの人の"大切"に含まれているのが、殺したいくらい羨ましい」

 

 少女と兄の間にどんな関係があるのかは分からない。それは二人のみが知る事であり、外野が首を突っ込む余地はない。

 しかし、少女が浮かべる諦観と悲哀の表情に、レイキは胸を痛めた。

 切望しているのに届かない、無理だと分かっているのに手を伸ばさずにはいられない、矛盾を孕んだ気色を浮かべている。

 

「あんた、プテロン様が頻繁に【下剋上】をしてたのは知ってる?」

「プテロンが、【下剋上】……?」

 

 レイキは首を捻った。

 生命を危険に晒してまで叶えたい兄の願望が思いつかなかったからである。

 レイキから見た兄は無欲の塊。何もかもアガロスとフィロスに尽くす兄バカで、何かを貪欲に求める姿は見られない。

 束の間の無言で察したのか、少女は嘲笑を浮かべた。

 

「――――――ッ!」

 

 瞬時に短剣型の術器【玉鉤・伊邪宵】を構えた。

 先程とは比べ物にならない怒気……否、殺気。甚大な殺意と憎悪がレイキを滅多刺しにする。

 震えを今にでも表に出したいが、それは詐欺師の戦法に反する。

 精神戦での敗北は絶対に許されない。

 思った反応が来ず興味を無くしたのか、イコルは視線を打ち切って首輪に触れた。

 

「問答は終わりよ、始めましょう」

「ああ」

 

 同じく首輪に触れる。

 イコルのものと連動するように淡白い光を放ち、一本の線が繋がれた。

 感情のない機械音声が響く。

 

「チョウセンシャ、ケッチャクホウホウノセッテイヲ」

「決着方法は場外。闘技場フラウィウスの壁に身体が触れた瞬間、敗北となる」

「ジュリ。コレヨリ、レイキトイコルノ【血闘】ヲハジメル――――――双方、構え」

 

 機械味の薄れた凛とした音声に少年は術器を握り締め、少女は手首を斬り血槍を顕現させる。

 【血闘】の開始に必要となるのは『宣告』。二人の闘士は高らかに口上を述べる。

 

「我が身はトラキアの縁、闘争は選別の機構」

「遍くを糧に一が強者生み出さん」

 

 闘技場フラウィウスの上空に巨大な魔術陣が展開された。

 無作為に戦場を設定する結界魔術の派生……変界魔術の準備が進んでいく。

 変界魔術が行使され、瞬く間に濁き白光の幾何学模様が天空を埋め尽くした。

 戦場の変換が進んでゆく。

 目まぐるわしく変わりゆく戦場は我関せず、二人の闘士はお互いから目を逸さない。

 血槍が唸る。

 少女はあらゆる感情を煮詰めた声色で。

 

「いざ……」

 

 術器が猛る。

 少年は震える身体を鼓舞する声色で。

 

「尋常に!」

 

 息を大きく吸い込んだ両者が、声を張った。

 

「「――勝負!」」


 

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