さくら

伏見京太郎

さくら

「さくら」


母が、私の名前を呼んだ。

その声が、ひどく遠く聞こえた。


私は白い天井を見つめたまま、瞬きを忘れていたことに気づく。呼吸の音が小さくこだまし、喉の奥が、乾いている。言葉を探そうとしても、見つからない。


ベッドサイドに、涙をこらえきれない母と、白衣の医師が立っていた。二人の影が、朝の光で床に重なっていた。


「手術は成功しました」


医師の声は穏やかだった。けれど、そのあとに続く言葉は、頭に入ってこなかった。私は何度か頷いたつもりだったが、視線を逸らすように、窓の外を見る。


煌びやかに朝日に照らされた満開の桜が、そこにあった。


私が入院したとき、病室の窓から見えた大きな桜。


花を散らし、青葉をつけ、紅葉となり、雪に耐え、そしてまた咲いてくれた桜。


胸の奥で、何かがほどける。


私は自分と同じ名前を持つその桜に、声にならない言葉を向けた。


——君が、いてくれたから。


カーテンを揺らす春風と共に桜の花弁がさくらの病室を彩った。


 「さくら」 <了>


 著:伏見京太郎(@Kyotaro_Fushimi)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さくら 伏見京太郎 @kyotaro_fushimi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画