第15話 弾む想い
明かり取りのすりガラス越しに朝日が入り込んで周りが明るくなる。俺は洗面台にある鏡を覗いてみた。
いつもは、それほど気を使ってなかったんだけど、今日からは変わらないとな。昨日の俺とはちょっと違うんだよな。
美鳥の告白を受けて、あいつの彼氏になったんだ。証が欲しいって、ねだられて胸の谷間にキスマークをつけた。
可愛いものだね。
でも内心、ドキドキだったんだぞ。あいつからの香りが堪らなく良くって、そのまま、押し倒したいぐらいだった。まあ、タイミングよく邪魔が入って、なまじ安心している。朝比奈、グッジョブ!
髪型なんて、洗いざらしが常の俺にしては珍しく、櫛を通して整えてみる。髭も剃って気になるほどではないと思う。
「だらしない姿で、彼氏として、あいつに恥ずかしい思いはさせちゃいけない」
誰も聴いていたいのに、1人ゴチてしまう。最後に歯を磨いて準備終了。
すると廊下の奥から亜麻色の髪をした女の子がトテトテとやってきた。
「お兄ぃ、いつもより早いね。何かあるの?」
「今日から早く学校に行くことにしたんだよ」
「何で? 何かあるの」
この子は、コトリ。妹ではないのだけれど、一緒に住んでいる。住んでいると言って良いものか考えてしまうけどな。
小首を傾げて頬に手を当てて、ヘイゼルの円な瞳で俺を見つめてくる。仕草は可愛いのだよな。
でも、袖から見えるはずの腕が透けて見える。足元を見ても履いているスカートから見える足も同じ。この娘は人ではないんだね。
「お前に会いに行くんだよ」
丁度、手を置くのにいい高さにある頭をポンポンと軽く叩いてやる。何が良いのかわからないけど、頬を緩ませてニコニコとしている。
「私に会うって、私、ここにいるよ」
コトリはコテンと反対側に首を傾げて不思議がっていると、徐に、
「あ、分かった! お姉ちゃんに会いに行くんだ。お出迎えに行くの?」
「正解!」
「お姉ちゃん、きっと喜ぶよ。早く行ってあげてね。お兄ぃ」
「ああ。そうだね。………でもね」
「なぁに」
俺は目の高さを合わせて腰を落としてコトリをじっと見つめる。
「お願いがあるんだだけど、良いかな」
「何なんなの?」
「驚かしてあげたいんだ。黙っててくれる」
俺は自分の手の人差し指をを立てて、口を塞ぐ。
「分かったぁ」
コトリも自分の人差し指を立てて口を塞ぐ。
「シー」
「シーだね。えへへ」
なんか、悪巧みに加担させているようで心苦しいのだけれと、笑っているコトリを見ると、彼女も楽しんでいるのかもしれない。
コトリはどういうわけか、美鳥と何らかの方法で繋がっていたりする。コトリに何があると美鳥も同じようになる。ニキビ事件や虫歯事件で美鳥も大変なことになっているんだ。それに、嬉しいや悲しいっていう気持ちも伝わるようで、ある程度、あいつの様子もわかってしまう。
だから、伝えないでって頼んでみたんだね。
「えらい、えらい!」
もう一度、コトリの頭をポンポンと軽く叩く。彼女は目を細めてニコニコしている。
美鳥も小さい時はこんな顔をしていたな。コトリは美鳥が10歳ぐらいの容姿をしているんだ。
「ウフフ、ウフフ」
立ち上がって、玄関に向かって靴を履く。いつもならローファーにするのだけど、今日はジョギングシューズにする。
バスの路線の関係で琴守家の近くに行けるバスがない。仕方なく走るしかないのだけれど、別に走るのは嫌いじゃない。というかバトミントンも含めてスポーツ全般、走ることが基本なんだから、気にはならないよ。
「じゃあ、コトリ。行ってくるよ」
「いってらっしゃい。お姉ちゃんを驚かしてあげてね。フフフッ」
乗り気なコトリの期待にと添えるよう頑張らないとね。玄関を開けて外へ出る。
扉を閉めようとしたところ、隙間からコトリがサムアップして応援してくれていた。
さあて行きますか。美鳥がどんな顔をするか、楽しみだ。
階下に降りるエレベーターホールでゆっくりと軽い屈伸や腰を捻ったりして関節や筋肉を解していく。体を目覚めさせていく。
到着したエレベーターに乗り、誰も乗っていなかったのを良いことに両膝を高くあげ足踏みををする。一階に到着して扉が開くのももどかしく、飛び出していく。
俺が住んでいる学生マンションのエントランスを抜けて自動ドアを速足で抜ける。歩道へ出るとランニングを開始。ストライドを大きめに取ってジョギングより早めのペースで走っていった。
日が登って、そんなに時間が経っていないのに汗ばむほどの熱気が体を包む。わずかに吹く風が顔の肌に心地いい。
「しまった。制汗スプレーを忘れたぁ」
美鳥と会えた時に、汗臭いって言われたら、どうしよう。まあ、途中のコンビニで買えば良いか。
いつも学校へ行くのと違う道を走る。見える景色が違っている。新鮮な気分を味わえたりする。
視界の先に黄色い通学帽子が沢山並んで歩いていた。小学生の集団登校だね。
懐かしいな。あの帽子。あれを被って学校へ通っていたんだなあ。行きたくないってぐずっている美鳥の手を引っ張っていたのも記憶にある。
写メでも撮って、今のあいつに見せたら何て言うんだろ。想像に難くない。
『何でいうものを残していたんですか。すぐに消してください』
涙目で言ってくるんだろうな。ポカポカと叩いてくるんだろうな。
『もう、いつ撮らたんだろ。一体、誰なんですか? パパかなぁ?』
なんて、オロオロとしているんだろうか。思わず、クスッと笑いが出てしまう。
小学生の集団を追い越していく。その先は学区が丁度、違うのかな、知らない制服の中学生が目立ち始める。友達同士で並んで談笑していたり、中にはカップルもいたりして、頬を染めながら連れあって歩いていたりする。
俺も、これから、ああいう風に見られるのかな。ちょっと恥ずかしいな。
欠伸を噛み殺している社会人らしき人も歩いている。夜更かしでもしたんだろうか。それとも夜通しでナニを!
そういう、景色を観察していながら走っていたせいか、いつのまにか記憶にある風景へと変わっていたのに気づいた。
少し走るペースを落として息を整える。美鳥に会うときにゼーハーって荒い息をしてちゃ格好つかないからね。早歩きに近いところまでスピードが落ちさところで、丁度、美鳥の家の前まで来た。
外扉を抜けて玄関前まできたのだけれど、心臓がドクン、ドクンと鼓動する。走った後の鼓動なのか、緊張のよるものかわからない。
いきなり、会いに来た俺を見て、美鳥が、どんな顔を見せるか期待してのものだと思いたい。
ドアホンを押そうとして、ハタと気づいた。
「しまった! 制汗スプレーを買い忘れたあ」
景色に気を取られて、コンビニに寄ることを忘れてしまった。
体を捻り、左右の肩を前に出して腋の匂いを嗅いでみる。汗はででいるけど、キツイ香りはしないと思うし思いたい。コトリが言っていたけどケセラセラ、気にしないことにする。
意を決してドアホンを押した。
ピンポーン
ドア越しに琴守家の中でチャイムが鳴るのが聞き取れた。ついやってしまうのだけど、
ドアスコープのレンズを覗いてしまった。中で動く気配は感じられない。
けど、
「美鳥ちゃん。玄関を見てもらえるかなあ。ママ、手が離せないの」
「はーい」
美桜さんと美鳥のやりとりも、聞こえてくる。暫くしてパタパタとスリッパの音が聞こえてきたと思ったら、
カチャッ
と、音がしてドアが開かれた。
俺の恋しい人が、大きな目をいっそう開いて、見つめてくる。
「お兄ぃ」
「よっ! 美鳥、おはよう」
期待通りに、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしてくれる。
「迎えに来たよ。一緒に学校へ行こう」
ポカンとして固まった美鳥をニンマリと見てしまうのだけれど、いつもと何か印象が違う。何でだろうと、美鳥に顔を近づけて、ジッと見つめてみた。
そうか!
「あれ、いつもと髪型違うね」
前髪のセットが違うんだ。
「すっきりしていて、結構、似合う」
いつもは額が亜麻色の髪に覆われて瞳も隠れがちなのに、今日は、スケてる感じがして綺麗な額も、形の良い眉も、金色に見まごうヘイゼルカラーの瞳がハッキリと見えるんだ。
うん、流石は美鳥さん。今日は一段と可愛いよ。
「えっー」
驚きに満ちた美鳥の声も聞けた。やったね! 大成功だ。企みは成功っと。
コトリ。俺はやったぞ。ありがとな。
そのうちにミルミルと頬が赤く染まり、美鳥の顔が笑顔に変わっていく。
いつ見ても、美鳥の笑顔は愛らしい。来るであろう美鳥の必殺技スマイルパンチを、寸前で見切り、
「美鳥、可愛いよ。朝から素敵な笑顔を貰えた。元気が出るよ」
素直な感想を俺の笑顔のカウンターで打ち込む。
アゥん
美鳥は、やけに素っ頓狂な声を上げてふらついて、後ろへタタラを踏んだ。倒れちゃ堪らんと、肩を持って支えてあげる。
暫く、そのままでいたんだが、美鳥がゆっくりと頭を動かして、俺を覗き込んできた。
「美鳥。大丈夫か?」
「ハァイ。カァズュタァキャシャアーン」
しどけなく開いた唇。目元まで赤く染まって蕩けたヘイゼルの瞳。空けた前髪の奥から上目遣いで覗いてくる美鳥の艶やかさに、
「グファッ」
チャーミングアッパーを喰らってしまった。のけ反って降り仰いだ先に虹が見えた気がした………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます