第16話 押し倒されました

‘'似合うよ''


 お兄ぃの言葉が耳の中で何度もリフレインしてる。私は胸が熱くなって、それが伝わって頬も熱くなっていくの。

 お兄ぃが私が張り切ってセットした前髪を褒めてくれた。嬉しくなって口元も緩んでしまう。 


''嬉しい''


歓喜と感謝を込めて笑顔をプレゼント。受け取って、お兄い。

そうしたら、お兄ぃって、何か避ける事でもするようにスって頭を少しずらした。

えっ、なんでと思ったら、私を見直して破顔してこう言うの。


「可愛いよ」


鼓膜を震わすお兄ぃの言葉に心臓がドクンと跳ねた。それだけじゃないの。お兄ぃは顔を綻ばせながら私を見て、こう言ってくれた。


「朝から素敵な笑顔を貰えた」


瞳から見える彼の屈託のない笑顔が私の中を熱くして溶かしていく。頬が熱くなる。目も潤んできました。体の中が熱くなってきたの。更に、


「元気が出るよ」


お兄ぃが私を褒めてくれる言葉が胸を打つの。


   あぅん


 なんか可笑しな声が出ちゃった。お兄ぃに変だと思われるのは恥ずかしいよぉ。

 あまりの衝撃にふらつくの、足元が覚束無くなっちゃって転んじゃうって思ったら、お兄ぃが肩を持って支えてくれた。転ばなく済んでホッとしたのも束の間、


「大丈夫か?」


 私の顔のすぐ側にお兄ぃの顔があった。覗き込んで心配そうに私を見てくれる。

 彼の優しさが嬉しくって胸の中の熱さが火に変わる。それが首元を上がって顔が熱ってしまう。耳も熱いのが解る。

 更に私はお兄ぃから香ってくる汗の匂いに包まれて酔ってしまった。心配するお兄ぃに返事をしようとするんだけど、


「ハァイ。カァズュタァキャシャアーン」


 のぼせ上がった私の唇は、とろけちゃって呂律が怪しくなってしまった。


  お兄ぃ、どうにかしてぇ。


 助けて欲しくって熱さに潤んだ目でお兄ぃに縋ってしまう。


「グファッ」


 そうしたら、いきなり、お兄ぃが唸り声を上げて顎が跳ね上げたの。体が上へ伸びあがってしまう。


「一孝さん?」


 酔っ払って朦朧としていた頭の中が一気に覚めてしまった。

 どうしちゃったの? お兄ぃ。


「どうかしたんですか? 私、何かしましたか?」


 お兄ぃがそのまま、後ろに倒れないように伸びあがった彼の体に抱きつき、支えた。そうしたら、


   やぁん


 お兄ぃが私のところに崩れ落ちるように寄りかかってきたの。

 彼の体の汗の香りを又、嗅いでしまい、クラクラッとして腰の力が抜けた。耐えきれず私も一緒に倒れてしまう。何とか三和土ではなくてカーベットの上に落ちたのだけど、お兄ぃが私を押し倒したような形になって組み敷かれてしまった。そのまま、彼は動こうとしてくれない。

 意識がないの? 大変!


「一孝さん、大丈夫なんですか? お願い、起きてください」


 お兄ぃの下から這い出ようとするのだけれど、彼の体重が私にのっかかって身動きできません。彼が意識を取り戻してくれるのを待つしかないのかしら。

 もがいて出る努力をしていると、パタパタのスリッパの音が聞こえて近づいてきた。


「美鳥、どなたが来たのかしら? お隣の斉藤さんかな」


 丁度良く、ママが来てくれた。助かったぁ。


「ママ。一孝さんがおかしいの。助けて、私一人じゃ出られないよう」


 もがいて、動かせるようになった手をママに向けて、助けを頼んだのだけれど…


「あら! 一孝君じゃないの。こんな朝っぱらから玄関で美鳥を押し倒すなんて、お盛んね。おばさんは奥に引っ込むから続けて良いわよ。あっ、学校には遅れないようにしてね。それとも休むって言おうか?」


 なんて事を言い出す。そんなしたり顔をしないで。もっと、しっかりと私たちを見てよ。どんな状況に見えますか!

 まあ、人目がないところだったら、されても良いかな。私は、いつでもOKよ。


   じゃない! じゃない!


「ママっ、違うから。一孝さんが意識がないみたいなの。いきなり寄りかかってきたの。お願い、起こすの手伝って」

「美鳥、ラブラブなのは良いけれど、時と場所は選ぶものよ。ああ、もう一人、孫の顔が見れるのも近いかな。なんちゃって」

「ママ!」


 あまりな言いようで力が抜けて、差し出した手が力無く落ちてしまう。


「パパに見られなくってよかったわ。もし、そんな姿を見られたら、一孝くん、折檻でスプラッタの警察沙汰よ」


 もう! そんなこと、どうでもいいから、この状況なんとかしてください。お願い!


そんな、やり取りをお兄いの耳元でしていたおかげでしょうか。


「う〜ん」


 彼が目を覚ましてくれました。私の上から起き上がり、何故か、顎を摩っています。

 お兄ぃ、私って本当に何かしたの?


「一孝さん。起きてくれましたか? 大丈夫ですか?」

「はっ! 俺は何を?」


 安心しました。気がついてくれた。


「一孝くん、あなた達のことは認めているけど、もっと節度は持ってよね。まだ、責任取れる歳じゃないのだから、避妊には気をつけるのよ」

「ママァ」

 

 ママ、気が速すぎます。


「美桜さん。ちっ、違うから」


 ほら、見なさい。お兄ぃまで慌てたじゃないですか。もう、頼りになりそうにもないママは諦めて私がなんとかしないと、


「一孝さん。痛いとこあるんですか? 顎なんか摩ってなんか痛そうなんですけど」

「大丈夫。美鳥の赤く染まった顔が、あまりにも愛くるしくって、衝撃を受けたんだ」


 そうなんですか? 良かったぁ。変な顔じゃなかったのですね.しかも愛くるしいなんて嬉しい。ウフっ


「本当に、なんともないんですね。よかったです」

「しかしごめんな。上に倒れちゃって、重くなかったかい。すぐに退くからさ」


 怪我とかしてなかったんですね。安心しました。

 ですが、もう少し、あなたの香りの中に浸りたいのだけれど、学校へ行かなくっちゃいけないのですよ。残念な事にお兄ぃは私の上から退いて立ち上がってしまう。でもすぐ私に手を差し出してくれた。

 ウフッ、優しいな。握った、お兄ぃの手は、ちょっと硬いところもあるけれどあったかい。心地いいのよね。

 彼に手を引かれて立ち上がりスカートの裾を整えていると、ママが彼に、


「ねえ、一孝くん。今日はどうしたの。貴女のマンションからだと、学校まで遠回りにならないかな」

「そう、一孝さん、なんで?」


 いつもなら学校で会ってから、おはようって声を掛け合うのに、どういった心境の変化なんでしょう。

 いつもより朝早くからお兄ぃの顔を見られるのは嬉しいのだけれど、


「もう、驚いちゃって、心臓がバクバクしちゃてるんですよ。何かありましたか?」

「いや、何もないよ。でも、俺が美鳥を迎えに来ちゃ行けないかな。迷惑だったか?」


 それを聞いて私の胸に温かいものが広がる。


「ううん、嬉しいよ。ありがとう、お兄い」


 口元が緩むのがわかる。頬も耳も熱くなった。今日は何度目かな。嬉しいものは嬉しいものですね。


「殊勝な心掛けね。さすが、美鳥の彼氏。お見それしました」


 ママも一孝さんに感服している。


「そんな大層なものじゃ無いですよ。2年以上、ほっとらかして寂しい思いさせてしまいましたから、せめて、これからは彼氏として美鳥を大事にしてやりたいって思ったんです」

「一孝さん」


 それを聞いて、昨日、胸につけてくれたキスマークが甘く疼いていく。


「それに」 

「それに?」

「ちょっと前に、ストーカー被害に遭った同級生がいたんです。美鳥が同じような目に遭うかもって考えたら、居ても立っても居られないいられなくなっちゃって」

「そうなのね。いつどこで、被害に遭うかわからないものね。気をつけるのに過ぎるってことないから」


 そんな事あったんですね。あっ! なるほど、朝比奈さんのことなんだわ。だから、彼女は一孝さんに興味を持ったなんていってきたんだ。

 そんなことあったって私に言ってくれればよかったのに。そうすれば弱気になることなかったのにな。私のことを思ってのことなんだろうけど。


「ありがとう。一孝さん。私のことをそんなに考えてくれて」

「偉いわぁ、一孝くん。美鳥のことよろしくね」

「はい」

「美鳥、良かったわね。ナイトよ、ナイト。一孝くん、白馬に乗った騎士様よ」

「えへへ」


 でもね、ママ。お兄ぃは小さい時から騎士じゃなくて、私にとっての王子様なんだよ。 それでも、あえて言われると恥ずかしいと言うか誇らしいと言うか。嬉しいものです。


「美桜さん、そんなに茶化さないでください。恥ずかしい。それより、タオル貸してもらえますか?」


 へっ、タオル? どうかしたのですか?


「ここまで来るのに走ってきたんで、汗、かいちゃって、拭きたいんです」

「美鳥、一孝くん、ウォッシュルームへ連れてってくれる。タオル貸してやって」

「はぁい。一孝さん、行こう」


 私はお兄の手を取ってウォッシュルームへ連れていく。別に汗の香りなんて気にしないのに。むしろ、ゾクゾクって高揚しちゃう。

 お兄ぃを連れて行き、戸棚から出した、真新しいタオルを渡してあげる。


「一孝さん、別に私は汗の匂いなんて気にしませんよ」

「俺が気にするの。美鳥の彼氏に相応しくなりたいんだよ。なんか匂うなんて言われたくないんだ」

「フフッ、ありがとうございます。私も貴方に相応しくなりますね」


 そう、だから、張り切って前髪をセットしたんですよ。早速、褒めてくれて感謝です。


「よろしくな。前髪が変わっただろ、一段と可愛くなって、綺麗になったね。美鳥」


 なんて言うこと。又、褒めてくれた。嬉しい、嬉しい、嬉しいよぉ。


「ありがとうございます。そう言う一孝さんも凛々しくてカッコいいですよ。さあさあ、シャツを脱いでください。背中を拭いて差し上げてますね」

「別に1人で拭けるから良いよ。美鳥こそ、朝の支度があるんじゃないか」

「大丈夫ですよ。支度は全て終わっています。後は家を出るだけなんですよ」

「でもなぁ、ちょっと恥ずかしいっというか、なんというか」


 何を恥ずかしがっているのでしょう。一孝さんの体はプールに行った時だってみてるし、あの時なんか、貴方の肌の温もりも感じているんですよ。


「恥ずかしがらないでください。私は一孝さんの彼女です。背中を拭くくらい当然です。

迎えに来て頂いたお礼なんです。ぜひとも拭かせてください」

「そこまでいってくれるなら、わかった。頼むよ。背中だけで良いからな」

「うん」


 渋々と言った体で、お兄ぃは私に背を向けて夏服をそして、その下に着ていたTシャツを脱いでいく。一段と汗の香りが強くなるのだけれど、惑わされないように気力で抑える。 

 顕になるのは、夏の間にプールに行ったりして日焼けした広い背中と、首から背中の筋にかけてにあるピンク色の縫合痕。大怪我をして治ったという証。生きていてくれるっていう印。

 それを手にしたタオルで優しく拭いていく。一通り拭き終えた後、一孝さんの背に寄りかかって頬をつけた。そして耳もつけて彼の心臓の音を聞くの。トクン、トクンって確かに聞こえた。この音を聞くとなんでだろう。気持ちが凪いで落ち着いていく。心地いいのね。



「美鳥、何してるの? あらかた拭けただろ。前は自分で拭くから、美鳥は、先に玄関で待っていてくれ、服着て、すぐ行くから」


 えー、もう少し、お兄ぃの背中に触れて、この音を聞いていたいのに、


「こんなことで学校に遅れちゃいけない。ありがとう。後は自分でやるよ」

「残念だけど、わかりました。玄関で待ってますね」


 しょうがないなあ。何が恥ずかしいんだろ。でも、2人して遅刻するわけにもいかないし、これからチャンスは幾らでもある。いえ、何度でも、してあげる。

 玄関に行ってローファーを履き、それほど間を置かずにお兄ぃは現れる。しっかり拭くことは出来たのかしら。


「待たせたね。行こうか」

「はい、行こう。一孝さん」


 そして、私は扉を開けて外へと向かった。お兄いと一緒に学校へ行くの。



   







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