第11話 金木犀の香りが、ふたりを賛美する

 体育館でバトミントン部の高瀬部長が部員に話をしている。

 今日は体育館の中でのランニングに始まり、軽めのダッシュとか、ジャンピングスクワットやジャンプといったフットワークの強化トレーニングをした。

 新学期が始まって、最初の部活動ということで今後の活動を説明している。


「………、秋季大会も近い。一年には新人戦もあるから実戦形式の練習が増えでくる。今まで習ったテクニックを反復練習をしてしっかり身につけてくれ。分かったな」


「「「「はいっ」」」」


「じゃあ、休み明けの初日だから、今日は解散にする。明日から、本格的に練習するからな」


 俺は部長の言葉の終わりや否や、立ち上がり、体育館のフロアを横切り更衣室に向かって行く。


『あぁ、風見さんが帰っちゃう』


 背中越しに女子の声がするけど、振り返らない。脇目も降らずに走った。


『もう、折角、帰りにお誘いしようとしちゃうのにいー』


 この声は朝比奈だね。俺が登校している時に彼女が拉致されてビルの間で悪戯されかけたところを阻止した。

 そんなことがあって昼休みからお礼といって誘われた。声をかけただけて何もしていないのだけど、俺が彼女の貞操を守ったと思ったらしい。



『どうしたのですか? 風見さん! 逃げるように行かなくてもいいですかぁ』

 

 授業が終わた途端に俺のクラスに強襲、猛烈なアタックを受けたんだね。

 終いには、俺の手を取り、自分の胸に触らせて、《痴漢です》って、俺に冤罪をかけようとする始末。

 その時は、丁度、高梨が俺を呼びに来たおかげで有耶無耶になってくれた。


『どこへ行こうとしてますかぁ? 逃げるなら、追っかけちゃいますよ。鬼ごっこは得意なんです』


 そんなことになったら堪らんと、ひたすら走って行った。

なんとか煙に巻いたようで彼女の声が追っかけてくることはなくなったよ。無事に着替えを終えて校門まで続きと走って行く。そのまま、郊外へ出て走り続けて行った。

その間、俺の頭の中は、気持ちがいっぱいだったんだ。


美鳥に会いたい。

君に話を聞いて欲しい。


『美鳥ぃ』


 あっ、誰かによばれた気がする。私を誰かが呼んでいるの。思わず周りを見てしまう。

でも、私を呼ぶような人はいなかった。

 階段を登っている私には、赤いダリヤが、青い桔梗が、紫マダラのやマホトドギスが、花を揺らして、私を迎え入れてくれる。

 今、いるのは、学校からの帰り道にある小高い丘。その丘の上にある公園へ、私は向かっている。

 しばらく、遊歩道を登って行くと、


   スゥ


 ふわっとした温和で柔らかい香りが流れてきたの。


 いらっしゃい。そう呼んでくれたような気がする。

 階段を上り切ると、そこは公園になっていた。芝生が広がり3面が垣根になっている。

 垣根には、オレンジの小さい花が、それは沢山咲いている。この花は金木犀。花が香りで私を迎えてくれる。


   よく来たね


 そう言ってくれている。私も、お邪魔しますと、公園に入っていく。そして奥まで入り込んで生垣と生垣の間にある隙間に入っていく。

 奥には藤棚がるの。周りが垣根で囲まれているから他から見えないのね。私と一孝さんの隠れ家、逢瀬の場所。ふふふ。

 仰ぎ見ると花が咲き終わり色を無くした藤が風にそよいでいる。まるで今の私のようね。一孝さんに捨てられたと思って気持ちが枯れてしまう。そんなんじゃいけないのに。


   どうしたの?


 風が吹いて藤が揺れた。声が降りてくる。私のことを心配してくれるの? 


   落ち込まないで、


 ああ、励まして貰ってるんだ。私は大丈夫。


 私が微笑を返すと揺れる藤から言葉が落ちてきた。


   なら、よかったね。


 ありがとう。私には藤の花の優しい気持ちが伝わってくるの。


 また、咲くから春になったら見に来なさい。何年でも何度でも咲いてあげるから。あの彼氏と一緒にね。


 風に吹かれて藤が震える。ウフ、冷やかされちゃった。


 この藤棚を見つけたときに、私は一孝さんと一緒だった。この藤の花が咲いて香りで迎え入れてくんたの。

 それから、帰り道に2人で何度もここに寄ったの。色々とお話をして、手を繋いで、ギュッて抱きしめてもらって ♡ もしてたんだ。

 とうとう藤の花にも恋人認定されちゃった。ウフフ


 今日、彼には何かあったみたいで心配にはなってた。

 でもお互い、用事とかが、あって会えないのよね。一孝さんと話をしていない。

 何やら、別のクラスの娘が言いよってくるのを見てヤキモチを焼き、甘っさえ、年増の女狐まで寄り付いてくるものだから気分が落ちて沈んでしまった次第。

 終いには、一孝さんは彼女らに籠絡されて、私が捨てられると感違いしてしまったとの。

 でも、思い出したの。彼は私のことを…。

 だからこそ、私は、

 早く、会いたい。あなたに会いたい。

 今日あなたの声を、遠くからしか聞いていないの。

 ねえ、早く来て。その優しい声で、私に話しかけて、好きだよ。愛してるって言って。

 私は、ここにいて、そう言ってくれるのを待つの。


『一孝さん』


おっ、美鳥が俺を呼んでいる気がする。絶対にそうだ。俺は脇目もを振らずに遊歩道のになっている階段登っていく。体育館で走ってウォームアップはできているんだ。一段じゃ遅いと2段ごとに跳ばしていった。


   フゥ


 ふわっとした香りの中に入っていく。


   いらっしゃい


 なんか、笑って出迎えてくれてる気がするんだけどなあ。

 流石に階段の2段跳ばしはきつかった。息を切らしてのぼりきると、目的の公園についた。荒れた息を整えるのに深呼吸をする。しばらく、繰り返すと心臓も息も落ち着いてきた。

 周りを見渡せるぐらい、呼吸も意識も落ち着いてきたよ。

 周囲の生垣の葉っぱを全て隠してしまうんじゃないかと思えるくらいオレンジの花がびっしりそうと咲いている。


   よく来たな。彼女は来てるよ。



 そういうふうに言ってくれているのかな。俺は邪魔をすると返事をする。

 公園の奥に行くと、垣根と垣根の間に、通路みたいに隙間ができている。生垣の枝が足を叩いてくるのに構わずに体を押し込んで、奥に入って行った。

 奥には藤棚がある。藤の花が咲いているときに見つけたんだ。周りを生垣が囲っているから、外から中かが、まず見えない。

 美鳥と2人だけで会う時に来ている。俺たち秘密基地、忍び逢いの場所なんだ。

 藤棚から枝垂れ落ちる小さな葉の房の下に……。いた! 彼女が佇んでいる。

 思わず口に出してしまう。俺の大切な、


『美鳥ぃ』


 呼ばれた。美鳥と呼んでくれた。

 ガサガサと垣根から音がしたと思った途端、引きちぎった垣根の金木犀の葉っぱをつけた彼が飛び出してきた。すかさず、私の唇が広がって、


『おにぃ』


 呼ばれた。おにぃって呼ばれた。ここしばらくは人前では、そう呼ばれている。名前で呼ばれるより親密感があって気に入っている。

 しかし、見てしまった。藤浪棚の下に飛び込んだ時の美鳥の顔。眉尻を下げていたのに、それが綻んで笑顔に変わっていった。よかったあ。笑ってる。思わず、


『美鳥ぃ』


 一孝さんが私を呼ぶ。彼の顔は綻んで笑っている。

 この顔を見ればわかる。私は嫌われてはいない。私に会えたことを喜んでいる彼の顔。その顔に魂が内震える。心が歓喜に溢れて、私の両手は広がって彼を抱きしめたいと差し出したの。


『おにぃ』


 美鳥が俺に向かって手を広げてくれた。やっと会えたんだ。

 俺も美鳥を抱きしめたかったから、彼女の胸へ入り込み背中へ手を回して抱きしめた。嬉しくなって思いっきり抱きついてしまう。


『美鳥い』


 一孝さんがぎゅっと抱きしめてくれた。言葉なんて必要ない。

 抱きしめてくれる力だけで、彼の私への想いが伝わってくる。痛いほどの彼の愛が伝わってくるの。

 私も自分の中で震える心、溢れるほどの愛が彼に伝われと力を込めて抱き寄せた。



 時の過ぎるのを忘れて、 俺は 私は 抱きしめ続けて行く。

 そうしていると風がそよぎ香りか周りを包んでいく。柔和で甘い香りがする。香りの中を漂っていく。


 時間が過ぎるのを忘れた。ずっとかもしれない。それほど長くないかもしれない時間が経ち、唇が離れた。どちらか離れたかは意識の外。


 俺には美鳥に話さなければいけないことがあった。


『美鳥ぃ…俺…』


 私は、一孝さんが来てくれて、いてくれて、あまっさえ抱きしめてくれたのが嬉しかった。

 言葉はいらない。魂が熱くなる。心に火がつく。体が燃えるように熱い。頬が染まり、胸が疼き、お腹から、狂おしいほどの情動が立ち上がる。


『ううん』


 彼の唇を私の唇で塞いだの


   ♡


 

 俺  私  の周りの甘い香りが強くなった。同じようでちょっと違う幾つかの甘さが並びたって立ち上がってくる。まるで香りで満場を揺るがす拍手喝采をもらった見たいでした。





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