第10話 胸の支えが降りていく
私が佇んでいる階段の上から声がかかる。
「やっぱり、琴守さんだ」
口角ををあげて男子学生が階段を降りてきた。微笑みの似合う人。もし、白い歯か。キラッと輝けば、どこぞのイケメンって感じかな。
クラスメイトの子なら黄色い声をあげてしまうと思うの。
「俺のことわかる? 昼食は同じテーブルを囲んで食べたんだけど、覚えてる?」
この人は1学年上の朝比奈さん。
偶々、食堂で、ご一緒した先輩なの。
いつもなら私と中の仲の良い歩美と昼をご一緒するのだけれど、彼氏ができた歩美の恋の応援をしてあげたの。お二人で昼食は食べてって。
だから、今日は同じクラスの美月と、あやと昼食を食べることになって、そこで先輩とそのお連れさんと相席になったのね。
私は用事ができて早々に食堂を出ることになったんです。先輩と話した時間は少ないからかな、人当たりの良い話しやすい先輩っていうイメージしか湧かない。
美月やあやに言わせると優良物件のイケメン。極上品なんだって。私には一孝さんがいるから、それほど興味は湧かない。
そう、私の胸の内にうずまくのは、
一孝さん、一孝さんが、一孝さんがぁ、
ああ、一孝さんが私から離れるのかな。
話もしなくなって、離れていくかな。
私を嫌いになったと言って、あの先輩や同級のあの子のところへ行って、好きだよって、恋を語るのかなあ。愛を育むのかなあ。
想像が取り止めもなく頭の中に湧き出し、心を揺さぶっていく。
「琴守さん、どうかしたの? 昼に見せた笑顔じゃないね。魂の抜けた表情になっているよ。何かあったのかな」
私の中の心の動揺が顔に現れているのだろう。先輩が気遣ってくれる。
「私めで良ろしければ、琴守さんの顔を曇らせたわけを聞かせていただけますかな?」
先輩は気配りが効くんだね。私の心を解そうと少しコミカルに、私へと訊ねてくれたの。
そういう心遣いに目頭が熱くなっていく、涙が浮かびそうになるのね。でも、私は言う。
「いえ、なんでもないんです。驚かしてすみません。朝比奈先輩とは関わりのないことですから。お気遣いありがとうございます」
これは、あくまでも私の問題なんです。先輩の優しい気遣い、感謝しますね。
「私に関わりがないって、琴守さんの寂しそうな顔を見て、見ないふりなんてできるわけがないよ。私に、あなたの心を貶める相手が誰であるか教えて欲しいな」
先輩は、本当に優しいではありませんか。落ち込んだ私の心を慰めようとして真剣に考えようとして聞こうとしてくれる。
「あなたは確か、彼がいるって言ってましたね。その彼と何かあったのですか? 何か言われたのですか? 言い合いにでもなったのではないのですか? それとも暴力でも振るわれたのですか? 琴守さん、私にそのお話を聞かせてください。私は、あなたが心配なんです」
先輩が、気を遣って話をかけてくれている。
こんなに、優しく私を思ってくれているんだ。一孝さんもそうじゃないのかな。違うのかな。
彼は、私のことを何か考えてくれなかったっけ?
私のことを蔑ろにして話しかけることをしてくれないじゃないの。
携帯なんかでは適当に話を合わせているだけじゃないの。
あの娘とか、お邪魔虫と戯れあって、私に会いに来ててくれないのかな。事実、遠目に見えるだけで直接あって話をしてないじゃない。
「私なら、琴守さんに、寂しそうな表情をなんてさせないよ。あなた1人、こんな階段下でポツンと寂しく立たせていることなんてさせない。させないよ。笑顔が戻るまで一緒にいてあげられるよ」
朝比奈先輩が私に寄り添うような言葉で励ましてくれた。
でも、その言葉を聞いて、私の心の中で何かスイッチが入った感じがするの。そう、思い出したの。
一孝さんは違うって
彼は、私を蔑ろになんかしない。
いつも気遣ってくれるじゃない。
落ち込んでのかって話しかけてくれるじゃない。
私のたわいない話にも、真剣に考えてくれているんじゃないのかな。
いつでも、何事も優先してくれているのじゃないの。
なんで、忘れていたんだろう。少し会えないくらいでへそ曲げて、教室から1人逃げ出して、階段下で黄昏て、私は何をしているのかしらね。
「だからね、琴守さん…」
その先輩の言葉を聞いた時、私は目を瞑った。
「よかったら、詳しく聞かせてもらえ…」
私は瞼を開き、先輩を見返す。口角を引っ張って笑顔にして、
「気遣って頂きましてありがとうございます」
私を気遣って、優しい言葉を投げかけてくれた先輩には感謝をしたいな。
でも私には一孝さんがいるの。大丈夫。
「少し、彼のことでイラッとして、ヤキモチ焼いて、モヤモヤしていただけですから」
私の心が晴れた。曇りを晴らしてくれた先輩にありがとうと心の中で呟く。
「おや! 琴守さん、笑顔が戻ったね。眩しいや」
先輩は目を細めるの。気を使わせてしまってすみませんね。
「もう、大丈夫かな。もし、悩み事あったら今度は聞くから」
「はい、ありがとうございます」
私は笑顔に込めて感謝を返事をする。もう、こんな思いはしないよ。したくない。
先輩も笑顔を返してくれた。
そうしていると、
「そこにいらっしゃるのは美鳥さんではありませんか?」
今度は、女の人の声が、降りてくる。
長い髪を内側へロールさせた、ゆるふわな雰囲気を持っている人。
高校生というより大人の女性という感じを醸し出している。
「あっ、お姉様」
私には、本当の姉はいるのね。
でも、この方には、色々とお世話になってしまっているので呼ばせていただいています。
「階段を降りていましたら、美鳥さんの声がするではありませんか。急ぎ降りてみたのですわ。やはり美鳥さんでしたのね」
この方のお名前は、
斎田胡蝶様
私よりふたつ学年が上、一孝さんと同い年なんです。
私にメイクを教えてくれたのは胡蝶様なんですよ。それ以来、姉と言わせていただいています。
そういえば彼女を紹介していただいた男の先輩に出会ったのは、やはり一孝さんのことで落ち込んだ時。
この階段下に引きこもっていた時に先輩に拾ってもらって、その縁で胡蝶様を紹介してもらったのでした。
彼とも一孝さんは何か因縁というかなんかあったようだけど、私には誤魔化して話してくれません。
周りの噂話とか聞いていると、色々と武勇伝がありそうなのですよね。いつか一孝さんに教えてもらおう。
話がそれましたけど彼は胡蝶様の相方さんなんです。ぶっきらぼうですけど胡蝶様見る目が優しいのです。
ラブラブっていうのがわかっちゃいます。
私も一孝さんと、そうなりたいって思ってます。いえ、なります。絶対に。
「今日は、なんとよき日なのでしょう。新しい学期か始まった、その日に美鳥と会えることが出来るなんて。さあ、美鳥さん、ともに神様へ感謝いたしましょう」
すごいでしょう。初めてお会いしてから、こんな調子になってしまいます。恥ずかしいのですけど、嬉しくもありますね。
弟さんがいるのですが塩対応をされた反動じゃないかって一孝さんが言ってましたよ。
私にもリアル姉がいます。胡蝶様のことがわかってしまい、【リアル姉は私だからね】って釘を刺されています。
「ところで美鳥さん。この殿方は、どちら様」
胡蝶様は私の傍に立つ朝比奈先輩に気付いたようです。一緒にいたのに私に注目して彼は眼中にはなかったようで、
「こちらは朝比奈さん。今日の昼食の時に同じテーブルで一緒だったんです」
胡蝶様も先輩だから、朝比奈さんと呼ぶ。美月や、あやと3人でいたところに相席をしたいって来たのよね。
「それがどうして、こんなところで美鳥さんと2人だけでいるのかしら?」
やっばし、変な方向へ勘ぐられていきそうなのね。
「私が考え事をして、ここに立ち止まっていた時に偶々でしょうね、朝比奈さんが見つけてくれて話しかけてくれたんです」
ここぞとばかりに胡蝶先輩という学校での実力者の登場で動くことも話すことのできなかった朝比奈さんが説明してくれた。
「ここにいた琴守さんを見て驚いたんですよ。昼休みに見た、輝くような笑顔をしていた彼女の顔から微笑みが消えてしまっている。塞ぎ込んでしまっているように見えたんです。それで声をかけてあげたんですよ」
「まあ、そうなのね。ウチの美鳥ことを気にかけていただいてありがとう」
良かった。胡蝶様の疑問に答えることができたみたい。
あれ、朝比奈さんが一瞬、顔が歪んだ。残念そうな顔をしたのね。すぐに元のイケメンの顔に戻っていました。
「いえ、私が琴守さんのお役に立てたようで良かったですね。では、また。次の昼休みでもみんなで食べよう。楽しみにしているよ」
「はい、美月や、あやと行きますね。ありがとうございました。先輩」
朝比奈さんは、苦笑いで立ち去っていった。私が『先輩』と言った意味がわかったんでしょう。芽はないよって事を。
「で、美鳥さん」
来た。
「笑顔がなくなったとは、どういうことかしら。仮にも姉となっている私に話を聞かせていただけますかしら」
どうやら旗色が悪くなってきたようね。なんて言わないといけないのかなぁ。
「いつも一緒に居るあの男はどうしました?」
胡蝶様が聞いてくる。
「あぁ、お兄ぃなら、バトミントン部に行って…い……るはずです」
一孝さんのことを考えるとあの子とあのおんなのことも思い出してしまう。せっかくの気分が落ちていく。
「やはり、あのヴァカのことですのね。全くあの野郎………。美鳥、その件を話せ、彼奴を首根っこ掴んで、しばいてやラ」
私がしどろもどろ話して行くんで、胡蝶様が怒り出してしまった。言葉使いまで荒れてしまう。声が大きくなっていく。
もしかして素の部分が出ちゃっていのでしょうか。
しまったぁ、失敗したあ。
「実は………」
私に朝から用事が入ったり、一孝さんも登校中に何か事件があったりして合うおことができなかったこと。
昼休みも同じように会えて話せなかったこと。
授業が終わり放課後に一孝さんのところに朝比奈さんが突然来たり、あの女が乱入してきたことを話していく。
「だあ、あのヴァカ、ややっこしいことにまっ…、巻き込まれて行ったのですね」
お姉様も私の話を聞いて荒ぶる心を鎮められたようね。話口調がふんわりとしたものに戻っていくの。
「美鳥さん、先ほど大きな声を出してしまったようで、お恥ずかしいわ。さて、どういたしましょう。私が彼をこちらに連れて来ましょうか?」
お姉様もお優しい。私のために自ら動いてくださる。でも、
「いえ、それには及びません。私は大丈夫。一時、心を乱されて迷ってしまっただけなんです」
私自身、朝から一孝さんと一緒にいられなくてこともあり寂しかったんだと思うの。
長い休みの間、隣に彼がいてくれて充実した日々を送れた。その時間に甘えきっていたのでしょう。
新しい学期が始まり会えなくなった途端、いきなり他の女の子がしゃしゃり出て来てヤキモチ焼いたんです。
「悪いのは私、私なんです。もっと自分の気持ちに自信を持つことができれば良いのですね。忘れていました」
そう、足りないのは私の心、そして一孝さんを好きっていう自信なんです。もっと彼を信頼しないといけないですね。
「健気です。美鳥さん。あなたも強くおなりになりましたね。私がメイクをお教えした時よりも、もっと強く」
私が成長できたことを、胡蝶様はの喜んでいただいているのですね。
「そう言っていただけるのですね。嬉しいな。お姉様にも認められてました」
「やはり、あの朴念仁の首根っこを掴んで引き摺ってでも連れてこないといけませんね。あなたが如何に想いを繋いでいるかというのに」
「お姉様、そう言っていただけるのですか。でも、そこまでしていただかなくても良いのですよ。お気持ちだけ頂きますね」
私が知っている一孝を信じよう。
そう、彼なら私に会いに来てくれる。きっとわたしに話をしてくれる。そうに違いない。そうに決まっているの。
「ありがとうございます、お姉様。おかげで確信を持てました。私は一孝さんを待ちます」
そうならば、私がどうするのかは決めている。春の日に見つけたあの場所で彼と会うの。
私がそこにいるって知ってる一孝さんなら来てくれる。
きっとね。
私は感謝を伝えるために深々と頭を下げて、胡蝶様の前から走り出す。
「美鳥さん、お行きなさい。あのヴァカとよろしくね」
お姉様は笑って送り出してくれた。
「はい」
一孝さんとの約束の場所へ向かって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます