第6話 ランチタイム 談笑

 先輩が、にこやかに話しかけてくる。


「教室を出るのが遅くなってしまってね。ここについた時は粗方テーブルが埋まっていたんだ。見渡したらテーブルが空いたところがあって,そこへ君たち3人が座ろうとしているのが見えたんだよ」


 形の良い唇から語られ太い声。それが耳に入り心地よく鼓膜を震わすの。 


「どうだろう。これの縁。一緒に食べてはどうだろうか?」


 心地よい響きが私の心にノックする。


「はい」


 誰彼ともなく返事をしてしまう。誰が返事をしたの? 私それとも美月? あや? 


 6人がけのテーブルに3対3で座った。私で美月,そして,あやの順。


「君たち一年生だよね」

「はひっ」


 朝比奈先輩が私たちに声をかけてくれた。美月が舌を噛み噛み、答えてしまった。緊張しているのが見て取れる。


「大丈夫かい? 何をそんなに緊張しなくても良いのに」

「いえ、朝比奈先輩から御声をかけていただくなんて、先輩は私たち一年女子の憧れなんですよ」


 噛んでしまったのが恥ずかしいのか、美月が口元を抑えながら先輩に話していく。

 シークレットパーマをセンターで分けたブルネットの髪の下から覗く優し気な瞳。

 鼻筋がとおり、、形良い唇から語られる声に魅了されてしまうっていう子が多いと聞いたことあるの。確かに気持ちの良い刺激に心が騒ぐ。

 でも私の中にいるのは一孝さん。


 美月とあやのふたりは先輩の声を聞き入ってしまっている。彼の唇から出てくる言葉を期待してしまっているのね。


「そうかい。ありがとう」


 先輩が微かに微笑む。うわっ、こんな顔を見せられたら他の子ならたまらないだろうな。

 案の定、2人の頬が紅く染まっている。


「嬉しいよ。君たちみたいな可愛い娘と食事ができるなんて、偶然に感謝だよ」


 わあ、なんてことを言うのかしら。この先輩。見なさい。2人の瞳が蕩けてる。

 そんな2人を尻目に私は、サラダを口にした。うん、美味し。 


「ここのドレッシングって美味しいよね」


 先輩は、私に話を振ってきた。


「はい」

 

 素っ気ない返事をしてしまう。


「はい、美味しいです」

「私も何気に好きですよ。ここのサラダ」


 私、そっちのけで2人は先輩と話をしている。ニコニコと話してるね。


「そういえば、昨日のミュージックコンテンツは見たかな?」

「はい」

「隣の国の人気グループが出演したのですね」

「そうそう、あのグループはダンスが上手だよね」

「はい」

「なんか、アジアのヒットチャートでトップになったと聞いたかな。君たちはどう?」

「はい、聞いてます。全米のチャートも上がりまくってるとかで」 

「凄いな。先が楽しみだ。君たちもそう思うだろう?」

「はい」

「見てて、私も踊りたくなっちゃいます」

「そうだね。今度見せてよ」

「きゃあああう」


 私、そっちのけで2人は先輩に食いついていく。彼も色々と私たちに話題を振ってきて、相槌をして一緒に笑い合っている。

 でも、私は蚊帳の外にいる感じ。他の2人にはついていけそうにない。ひとり黙々とフォークをすすめている。

 あっ、このリゾットも美味しい。


「ねえ、君?」

「え?」


 食べることに集中してて返事がくれた。


「君って、微笑の天使じゃないかい? そう呼ばれてないかい?」

「はあ?」


 確かに、みんなには微笑んで挨拶していますけど、天使? 言い過ぎです。


「噂になってたよ。玄関に天使がいたって。笑顔が眩しかったって」


 あの時かな。一孝さんがウチにお呼ばれにきて、胸の内を教えてくれた。

 思わず抱きついちゃって、心が通じ合えた日の翌日。確かに嬉しくて嬉しくて。


「はあ、そう見えましたか? 確かにいいことがあったと思います」


 先輩には悪いけど、話にうまく乗れないや。


「そうか、美鳥と一緒に登校した時だね。嬉しいってのが溢れてた」

「眩しかったなあ」


 美月とあやが当時を思い出してくれたみたい。眩しそうな顔をしてる。


「そう見えたなら、嬉しいな」


 2人には素直に笑い返せるのに。


「いい笑顔だね。こっちまで嬉しくなるよ」


先輩も釣られてにっこりと微笑んでいる。


「きゃあああああ♪───O(≧∇≦)O────♪」


 美月とあやが色めき立つ。


「先輩と笑顔、いただきました」

「尊き、御尊顔です」


 美月なんて手をこすり合わせて拝んでいる。

「やめようね。そんなに有難いものじゃないだろう」


「「はぁーい。ごめんなさーい」」


 2人はユニゾンで答えるけど、笑みが外れない。


「でも、美鳥のスマイルパンチの威力は、こんなものじゃないですよ」 


 美月止めて、その言い方。恥ずかしい。でも本当になんですかスマイルパンチって。可愛くない。


「美鳥」

「貴女、風見さん好きでしょう?」

「はい」

「即答」


 美月、公衆の面前で、いきなり何を言い出すの。恥ずかしい。

 でも、脳裏に一孝さんの顔が思い浮かぶ。胸が熱くなる。頭にも血が上る。頬が染まる。口角に力が入り唇が引き絞られていく。

 笑みが溢れ出す。


   クラァつ


「おおっ」

「あぅっ」

「ひゃあ」

「ああ」

「うぁ」


 先輩、美月、そして、あやまで頭が震えた。感嘆が漏れる。とうとう、先輩のお連れさんまでも。


「それ、それ。その笑顔。やっぱりパワーアップしているじゃない」

「目が眩みますぅ」

「聞きしには勝る笑顔だね。天使って言われる筈だね」


 みんな、言い過ぎ。紅く染まった頬がもっと熱くなっていく。恥ずかしくて俯いて、みんなから微笑みを隠した。だって、まだ笑ってる、わかるもん。


「デレデレテレって、文字が見えるよ。君は彼のことが余程、好きなんだね」


 先輩、もう、それ以上はダメです。恥ずかしさが増して、突っ伏してテーブルに額を押し付けた。うううう


「風見って、あの風見?」

「どの風見かは知りませんが、私たちのクラスメートでバトミントン部の風見さん」


 美月が何やら一孝さんの話をしている。気になって体を起こし表をあげた。

 でもね美月、彼の名前をバーゲンみたいに連呼しないでくれるかなぁ。一孝さんは、そんなに安くないよ。高級品よ。


「彼って凄いんだってね。先輩に高梨さんっているだろ。バトミントン部の」

「知ってます」

 私は、ぶっきらぼうに答える。

 一孝さんにちょっかい出すを出す女狐。

 じゃない。彼女は2歳年上で一孝さんと同い年、中学でバトミントンのミックスダブルスでのパートナーだった人。

 彼が大怪我したおかげで彼女は他のパートナーと一緒になって日本代表となっている。


「その高梨先輩とバトミントンの羽を撃ち合ったっていうじゃないか」


 入学した時のクラブ説明会で一孝さんとボレーラッシュをするというパフォーマンスをみんなに見せて度肝を抜いた。


「俺には妹がいてね」

「先輩って妹さんがいるのですか?」


 美月が驚き、鸚鵡返しに聞いている。


「いるよ。君たちと同い年だ。年子なんだよね」

「これは、先輩の新しい話ですね。共有サーバーをアップデートしないと」


 あやって先輩を推しなの。陰で色々とやっているのかしら。


「………、おほん。妹がそれを見ててね。よっぽど、気に入って興奮したのかな? そのままバトミントン部に入ってしまったよ」

「へえ、そうなのですね」


 なんとなく、一孝さんを褒めてもらっているようで嬉しくなってしまいます。


「うあっ、みっ、美鳥。嬉しいのはわかるけど、圧がすんごいのよ。ちょっと弱めてくれるかなあ」


 美月が暑そうに悲鳴を上げる。


「ふえっ?」

「確かに、美鳥さん。君が彼をどれだけ、気にしているかわかったから、落ちつこう。ねっ」


 とうとう、先輩まで私を取りなしてくる。


「そうですかぁ。うふふ」


 わかってくれてよかったな。

 ランチセットのオレンジジュースを飲んで一息つくと沸き立った心も落ち着いてくる。


「はあ。落ち着いたぁ」

「この子は何時も、こうなのかい?」

「なんか、休みの間に良いことあったのですかね。いつも以上です」

「そうか。休みのあいだにね」


 なんか、私を出汁に、和気藹々と話が進んでいるようね。


するとそこへ、


「いた。いた居た。琴守さん。先生呼んでるよ。授業の資料運ぶの手伝ってって」


 クラスメイトの坂本さんが私たちのところへ息を切らしてやって来た。


「教室まで、先生が呼びに来たんだよ。急いで手伝ってやって琴守さん」


 坂本さんも教室にいたのが災難だったね。ここまで走らされたんだから。


「ありがとう。丁度、食べ終わったから行けるよ。ありがとう坂本さん」


 彼女にお礼を言って、私は立ち上がる。


「先輩方。すいません。諸用ができたんで中座しますね」


「残念、後少し、ご一緒したかったよ」


 先輩へ軽く頭を下げて謝る。


「じゃあ、美月、あや。お先に」


 私は、完食したランチの皿とかが乗ったトレイを持ってみんながいるテーブルを離れる。


「昼休みまで。クラス委員も楽じゃないね」

「ご愁傷様。いってらっしゃい」


 皆んなに送り出された。


 その時、少し先のテーブルで一孝さんの背中が見える。真壁くんと一緒に食べていた。

 近くにいたんだ。なら、私のところへ来て欲しかったな。


 欲目だね。


そしてトレイを食器返却口のベルトコンベアに乗せて片してくると食堂をでて教室へ向かった。



 すると、私とすれ違いに、女子が2人、食堂に入ってきた。


「いたいた、風見さん、まだ食堂にいたんだ。教室にもいないはずだよね」


えっ? 風見さんって? 一孝さんのこと探してたの?


いきなり、私の耳に飛び込んできた言葉に反応してしまう。その場に立ち止まり、彼女たちを目が追っかけてしまう。


「蘭華ぁ、別に彼は気にするなって言ってるんでしょ。別に今、行かなくても」

「だぁめよぉ、葉月。こう言うのは誠意なんだから、早く示さないとね」

「だからって、渡されたハンカチを手洗いして家庭科教室でアイロンまでかけてだよ」

「感謝の想いをしっかり込めましたって」

「それだけかぁ」

「うふふ」


 呆然と、その場に立ち竦む私に呼びにきてくれた坂本さんが、訝しそうに声をかけてきた。


「琴守さん、どうかした? 立ち止まって。忘れ物?」

「ごめん、ごめんなさい。気になる事があって。でも大丈夫、たいした事じゃないから」

「そうなら、急いで先生のところへ行ってあげて」

「うん、わかった。ありがとう坂本さん」


 私は踵を返して職員室へ向かう。

でも、心は戻れと言ってるの。だって…


「風見くん、格好よかったんだって」


 そんな言葉が本当に微かに聞こえてきたの。 


  一孝さん、何か、ありましたか?


 そんな疑念が胸に湧く。食堂でお腹を満たして満足な顔をしたクラスメートが周りを歩いて行く中、ひとり、疑念を胸の中で燻らせて、私は廊下を早足にして職員室へ向かった。



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