第4話 なんですと?
そうだった。できるだけ考えないようにしていたんだけどな。
期待虚しくコットンは、俺の机の上に座っていやがったよ。
「休みの間に随分と懇ろになったじゃないかのか」
そうか、こいつは美鳥と通じているるんだっけ、するとあの事とか、この時とかの、
「抱き上げてくれましたよね。ギュッと抱きしめてもくれました。まだ残っているのです。あなたの柔らかい唇の感触が」
コットンは、美鳥の口調を真似ていってくるんだよ。声が一緒だから、彼女が話していると勘違いしてしまう。
やめてくれないか、当時が思い出されて、立ち上がれなくなってしまう。
コットンは自分の肩を抱きしめて歌うように、その言葉に酔うように言葉を紡いでいく。
殴りたい、殴ってでも、こいつを止めたい。俺の拳は強く握られて肩口で出番は今かと震えて待っている。
でも、
こいつに何かすると、美鳥にそのまま伝わってしまう。俺は幾度となく彼女を困らせてしまっているんだ。
「コットン、やめてもらえないか? 辛抱堪らないんだけど」
周りには、多分聞こえない程度の声で、コットンには、伝えたつもりだ。
すると、チャイムがなり、
「始業式が始まります。講堂に行きますので、みなさん廊下に出て並んで下さい」
ああ、美鳥の声が聞けたよ。クラス委員だから、号令をかけるんだね。やっぱり本物は良い。
登校中にいざこざに顔を突っ込んでしまい。始まる時間ギリギリに教室に入ったから、美鳥とは話をしていない。彼女の机を見ても、既に廊下に出ている。皆が外に出て並ぶのを待っているのだろう。
コットンは、未だモジモジして、
「あん、あん、ダメぇ。そこ、感じちゃう。あっ、ハーン。せっ、切なくなるの。そこを、あっあん。ダメえ、開かないでえ」
ひとり悶えている。この声は俺にしか聞こえないはず、他人に聞かれたんなら堪らない。顔が熱くなっていく。顔を下に向けて赤い顔を見られないようにしないと。
「あっあーん」
こんなのが美鳥の声で聞こえてくるんだぞ。辛抱たまらん。
「あうん、あっあ、あ、あ、そこ、つよ、強い。触れないぐらいで。ひゃああああ」
コットンは、俺の机の上で反り返り、浮いた腰がビクンビクンと痙攣している。
「ふっひう。ひっ、ひっ。なにか、なにかくる。やあ、らめぇ うぐぅ」
だ、ダメだ。俺が持たない。心の制止が間に合わず。
「勝手に想像で喘ぎ声を出すんじゃない」
バフンッ
コットンの頭を叩いていた。
「キャン」
壁に向こうから、聞こえてきた。美鳥の声だ。後で、ちゃんと謝らないといけないな。
『痛かったですぅ』
『突然で、驚いたんですよぉ』
と、涙目で詰め寄られそうだよ。
コットン! 全部お前が悪い。そのコットンというと突っ伏したままま、うつ伏せになっていて動く気配がしない。
どうかしたのかとか、当てどころが悪くて、気を失ったのかとか、もしかして………、と…、と……、と………。
まあ、考えることないか、放っておこう。
立ち上がって席を離れる。そしてドアを開けて廊下にでた。クラスメイトたちは、既に講堂へ向けて歩き出している。俺は、列の最後尾に並んで、みんなについて講堂へ向かった。
少しみんなの並びから外れて、列の先頭を探って見る。案の定と言うか、美鳥は、手のひらを頭につけて痛みを散らすためか、摩っている。
本当にごめん。心の中で土下座して謝ったよ。
そうして、皆で講堂へ集まり新学期の始業式が始まった。校長、学部長の訓示に始まり、生徒指導部など管理部門の報告と、今後の注意点の連絡があった。
中身は、押して知るべし、俺も半分寝てたから覚えていない。後で美鳥に聞いておこう。式は無事に進行して、終わり、各々の教室に戻り、ロングホームルームへ移行していく。
教室に戻ろとコットンは起きていた。既に意識を取り戻していたらしい。機嫌が悪という雰囲気丸出しで、俺に背を向けて机の端に座り込んでいる。
無視することも出来るのだが、つい、指先で肩あたりを突いてしまう。最初は無視をしているんだけど、遂には肘を後ろに振って拒否をしてくる。終いには、こちらを向いて、
グルるるるる
って威嚇してきた。しまった。構いすぎた。
やがて、先生の話も終わりロングホームルームの時間も終了のチャイムが鳴る。速いもので昼休みとなる時間になっていた。
「起立ー、礼ー、着席」
美鳥が号令を発して、授業が終わった。
早速、美鳥の所へ行こうと立ちあがろうとすると前からひとりこちらにやって来る。
ああ、真壁くんだ。
「風見さん。お休みはどうでしたか? 僕は国際展示場であったクリフェスに行ってきました」
彼がいうクリフェスは、サブカルのクリエイター、作者であったり、絵師であったり、製作者たちが一堂に集い、自分たちの作品の販売をしていくというイベント。
彼はデフォルメフィギュアにご執心で見に行ったのだろう。
「そこでこんな作品があったんで買ってきました」
徐に包みを取り出して開封をする。さらにクリアのパッケージを開いて中のものを取りだしたて机に置いた。
「これは?」
(こいつは!)
粘土フィギュアである。カラフルな柔らかい素材でキャラをデフォルメして作られているんだ。
俺の机にはコットンがいる。こいつは、髪の色や、目の形に瞳の色といい、美鳥にそっくりになっている。何某かで繋がっているようで美鳥も色々と迷惑を被っているんだね。
「それが………、風見くんにそっくりなんで、思わず買ってきてしまいました」
「うーん」
(どこにいたんじゃ、此奴は?)
確かに、黒髪で短く切られている形は俺にそっくり、そのままといっても差し支えない。
でも、俺の目はこんなに大きくないし、瞳もキラッキラッとしていない。笑っていて開いた唇の下、前歯でさえ輝いて見えることはないはずだ。
でもイメージは、鏡で見ている自分なんだよな。
「ねっ、そっくりでしょう」
「だな」
(惚れてしまいそうじゃ)
そこで、突然、彼は、
「あげます」
真壁くんは、にっこりと、
「どうしてって」
(是非とも、受け取れ、後生だ。頼む)
呆然として、俺。
「クリフェス会場で、これを見かけた時に頭に閃いたんです。これを風見くんにあげないといけないって」
彼が話している時に、俺はコットンを睨みつけた。
(お前、何か、真鍋くんに仕込んだのか?)
(さあな)
コットンは熱心にフィギュアを眺めている。せっかくの気持ちを無下にすることもないので、もらっておくことにしよう。でもどこに置くんだか。
「ありがとう。もらっておくよ。代わりに昼ご飯は俺の奢りだ。さあ、食堂に行こう。なんでも頼んでくれて良いよ」
(我が愛でてやる。光栄に思え)
俺は席から立ち上がって彼に近づき肩を抱く。そして食堂に向けて歩を進めていった。
ちらっと教室の前を見た。美鳥を探したんだけど、後ろの席の川合さんと話をしていて、こっちには気づかない。
美鳥には友達との時間を大切にして欲しくて、昼は俺とじゃなくて、友達と過ごしてくれといってあるんだ。掛け替えの無い時間を大切にしてほしいとの願いを込めて。
自分の机を振り返ってみるとコットンはフィギュアをじっと見つめている。頬が赤く見えるのは気のせいか? 目が潤んでいるように見えるのも気のせいか?
ま、いいや。
俺は真壁くんと連れ立って食堂へいった。もちろん彼には好きなものを食べてもらった。クリフェスのことも聞いた。彼でも好きなことなら饒舌になるもんだ。楽しく聞かせてもらった。
食べ終わり、教室に戻ろうかとした時に女の子がふたり、俺に近づいて来た。よくみると見知った2人だ。
「風見さん」
「おぅ、朝比奈さん」
彼女は朝にあった事件の影響が微塵も感じられない笑顔で、
「蘭華です。帰りに、ご一緒させていただいてよろし?」
なんですと!
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