7.神人

 分かっていたことだが、街の被害は甚大だった。

 あちこちで火災が発生し、家屋は倒壊し、道路や公共設備も無惨に破壊されている。だが、不思議なことに、一つとして死体が転がっていない。住民たちは、どうやら無事に避難できたらしい。


 「奴らは一体、何がしたいんだ……」


 司は荒廃した街を見渡し、沸き上がる義憤に表情を険しくした。

 これだけ激しく暴れていながら、SADの隊員の死体すら見当たらない。

 ただの破壊が目的だというのか?だが、先ほどの阿崎の様子からすると、まるで誰かを探しているかのようだった。


 そんなことを考えていると、遠くから響いていた爆発音や地響きが、次第に近づいてくるのが分かった。

 この先で、神人とSADが交戦しているに違いない。


 ――でも、俺がそこに行って、一体何ができる?さっきだって、無様に死にかけたじゃないか。


 司の心に一瞬、迷いがよぎる。

 だが、すぐに頭を振ってその考えを振り払った。

 今は立ち止まっている場合じゃない。たとえ戦闘が繰り広げられていたとしても、自分はそこから何かヒントを得る必要がある。奴らを倒し、この手で終わらせるために。


 考えがまとまらないまま、司はすぐ目の前まで進んでいた。

場所は大通り。近づくたびに熱が体に迫り、戦闘の音が耳をつんざく。


 そして、司は道を抜け、戦場を目にした――


 ――は?


 そこに広がっていたのは、まさに戦闘だった。しかし――


 「おらぁ!どうした、クソガキぃ!お前の力はそんなもんかぁ!?」


 野太い声が響き渡る。

 その声の主は、笑いながら戦いを楽しんでいる大男、阿崎だった。左目を破った服を布にしたのか、眼帯のようにして止血している。

 しかし、その阿崎の相手はSADの隊員ではなく――


 「あ、あいつは……!」


 司の目の前で阿崎と対峙していたのは、今朝、彼にぶつかってきたクラスメイトの青年だった。


 だが、司が驚いたのはそれだけではなかった。


 目に焼きついたのは、炎――

 地面を這うように勢いよく広がる業火だ。その眼鏡をかけた青年は体の節々に炎を纏わせている。青年は阿崎に向かって右手を大きく振り下ろした。

 その瞬間、彼の手から放たれた巨大な炎が、阿崎を勢いよく全身に巻き付いた。

 しかし――


 「おいおい、こんなんじゃ全然あったまんねぇぞ!」


 阿崎を包み込んだ業火は、一瞬にして掻き消された。激しい風が一帯を巻き込み、街全体に衝撃波のような圧力が走る。


 「クソッ……!このハゲ、絶対殺す……!」


 「おうおう、やってみろよ、クソガキ!」


 阿崎は豪快に笑いながら、余裕たっぷりに青年を挑発する。一方、眼鏡の青年は次第に苦しそうな表情を浮かべている。


 その光景を、司は呆然と見つめていた。

 周囲を見回せば、目に入るのは崩壊した街の無惨な姿。

 家々も施設も、瓦礫と化し、その上を業火が容赦なく走っている。

 この破壊の光景は、無情に街を飲み込み、それが司の心に静かな怒りを呼び起こした。


 ――街が、こんなにも無意味に壊されていく。


 SADの姿はどこにもなく、誰もこの狂気を止めようとしない。

 それがまるで、司を嘲笑うかのように思えた。

 司の胸に、怒りの刃が深く突き立てられる。


 「……お前ら……。何やってんだ、お前らぁああ!!」


 司の絶叫が響き渡り、戦闘に没頭していた二人の意識が一斉に彼に向けられた。


 「――な、あのガキ……。なんで生きて――」


 阿崎が驚愕の表情でこちらを見つめる。

 その瞬間を逃すまいと、眼鏡の青年が一気に攻撃に転じた。青年の指先に豪炎が宿り、阿崎に向かって一閃する――

 

 「……チッ」


 火を纏った指先が阿崎を切り裂こうとしたその瞬間、阿崎の大剣が間一髪で青年の攻撃を阻んだ。金属が触れ合う鈍い音が響き、火花が散る。


 「クソッ。このガキ、卑怯な真似を……!」


 阿崎は苛立ちを隠しきれず、空中で行われる攻防で優位に立つ青年に向かって毒づいた。

 青年は上空から攻撃を仕掛けるが、阿崎はすかさず反撃に転じる。大剣に風を纏わせると、強烈な衝撃波が周囲を吹き飛ばし、青年を押し返した。


 弾き飛ばされた青年は空中で体勢を崩し、バランスを取れずにのけ反った。阿崎はその隙を逃さず、再び剣に風を纏わせ、一回転して大剣を薙ぎ払った。その瞬間、剣から放たれた鋭利な風の刃が、凄まじい勢いで青年に迫る。


 青年は即座に炎を盾にして防御に回るが、衝撃の勢いを完全には抑えきれない。弱まったとはいえ、未だ十分に鋭利な疾風の刃が青年を襲い、青年の両腕に痛烈なダメージを与えた。腕を炎の鎧で纏い守り切ろうとしたが、刃が肉を切り裂き、鮮血が舞い散る。


 青年はそのまま地面に叩きつけられ、激しい土煙が舞い上がった。阿崎はゆっくりと地上に降り立ち、勝ち誇ったような表情を浮かべている。


 土煙が晴れると、青年は膝をついて構えていたが、腕はすでに使い物にならいほどに肉が裂けており、吐血しながら苦悶の表情を浮かべていた。力のない目で阿崎を睨でいる姿は到底戦える様子ではない。


 満身創痍。もう彼に勝ち目はないだろう。

 阿崎は青年に近付き、その凶器を青年の眼前に、これ見よがしに翳した。


 「……もう火遊びはおしまいみてえだなぁ、クソガキ」


 青年には動く気配が感じられない。

 阿崎は勝利を確信し、大剣を高々と掲げ、止めを刺そうとする。その瞬間――


 「――あぁ?」


 空間を切り裂くように響く発砲音。一発の弾丸が阿崎の足元に飛び込んだ。


 「待てよ――このクソッタレ野郎」


 阿崎に銃を向け、両腕を翳して構えていたのは、司だった。阿崎は一瞬、驚愕の表情を見せた後、剣を下ろし、司を睨みつける。

 横で膝をつく青年も同様に驚きを隠せていなかった。



 ――外した……?いや、確実に頭を狙ったはず。……風。風で弾道をずらされたのか……!


 司は一切外す気がなかったが、阿崎が常に周囲に纏わせている微かな風で弾道を逸らされた。


 「チッ。また邪魔かよ……!なんだぁ?お前、こいつと知り合いか?」


 「あぁ。……クラスメイトだ。今日知り合ったばかりのな」


 放っておく気だった。こいつら同士で潰しあってくれれば、神人が一体でも減ってくれればと、そう思った。

 憎い。腹が立つし。ふざけんなとも思う。街がこんなにも無慈悲に壊されて、帰る場所が無くなる人だって出てくるだろうに。それに、最近、軍事基地を襲っているのもきっとこいつだ。

 けれど、何故か今ここでこいつが死ぬのを見ているだけにしておくのは、よくない気がした。ただの直感だ。それでも、俺は俺の直感を信じる。


 銃口を向け続ける司と、邪魔された苛つきで鋭い視線を送ってくる二人の間に緊張感が走る。

 膠着状態が続く中、突如として、周囲に焼けるような熱波が広がった。発生源の青年が放つ激しい炎が辺りを包み込み、司と阿崎はそれに反応して防御を取った。


 炎が一瞬にして空高く燃え上がったかと思うと、次の瞬間には消え去り、司が視界を開けた時には、青年の姿はすでに消えていた。


 「クソッ!あの野郎逃げやがったな!」


 阿崎は怒りに満ちた表情を浮かべ、逃げ去った青年に苛立ちを露わにした。そして、司に向き直ると、鬼のような眼差しで睨みつけてきた。


 「おい、お前わかってんだろうなぁ……!」


 颯爽と逃げ去った青年に対して思うことはあるが、今は目の前の男に集中するしかない。


 「――ってか、だいたいお前は死んだはずだ。あの高さで落ちて無事なわけがねえ――」


 阿崎は言いながら、こちらをじろじろと舐めるように見回した。


 「――が、服はボロボロなくせに、まるで傷だけが治ったみてぇじゃあ……ねえか……」


 その視線は鋭く、司の全身をじっくりと観察する。そして最後に、じっと司の目を見据え、深く覗き込むように見つめてきた。


 「お前……こっち側だな……?」

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