3.神をかたる者
宙に浮かぶ男はこちらを見下ろし、残念そうな態度を取った。
その大柄でスキンヘッドの男の姿は上半身は裸。下半身は茶と黒の混じった色のズボン、民族衣装とも言えるほどダボダボで荒々しい格好だ。図体も司よりかなり大きい。筋骨隆々で、大男と呼ぶに相応しいだろう。
「おっかしいなぁ。今ので軽く数人は死んだと思ったんだがなぁ。このおもちゃの使い方が悪りぃのか?」
ぶつぶつと一人つぶやく男に、司は問いかける。
「お前がこれをやったのか……?」
「ん?あぁ、そうだぜ。俺がやった。見りゃわかんだろ。てか誰だお前。あのメガネのガキじゃねえみてえだが」
男は手にしていた巨大な剣を肩に回した。剣というよりは、巨大な破壊の象徴のようなその凶器は、全長が男の身長ほどあり、荒々しさと狂気を感じさせる。話の内容から察するに、男には何か目的があるのだろう。
突如として巻き起こったこの異常事態に、司の体内の危機感知センサーが鋭く反応していた。
「ほんじゃまあ、とりあえずもっかい吹き飛んどけよぉ!」
掛け声とともに大剣を空に大きく薙ぎ払った。
それに合わせて先ほど感じたものと同じ豪風が教室に放たれた。
瓦礫やガラスが吹き飛び、残っていた教卓とそれにしがみついていた黒野が後ろに飛ばされた。
「先生っ!」
司は風に負けじと両手を交差して、飛来物から身を守りつつ片膝をついて、その身一つで風に対抗する。
しばらくして風がやんだ。教室には既に司一人になっており、周りの壁がどこもかしこもボロボロになっていた。
「おぉ!お前、今のよく耐えたなぁ!」
男は感心しながら顔に笑みを浮かべた。
教室の入り口から体を出した芹奈がこちらを心配そうに見つめている。
「司っ!大丈夫……?」
声にはいつもの元気はなく、よく見ると腕にガラス片が刺さっており、そこからは血がうっすらと流れている。
司は男を鬼のような形相で睨みつけた。
「お前誰だ。なんでこんなこと……!」
司の声は痛みで少し震えながらも、鋼のように芯が通っていた。
「なんでって、そりゃあ、お前には関係ねえことだなぁ。これからお前は死ぬんだ。俺が殺すからなぁ……!」
男は会話の間に豪快な笑いを入れつつ、続ける。
「まぁ、その前に名前くらいは教えてやるか。俺は
阿崎と名乗った男はそう言うと、ガハハと図太い声で、狂気じみた高笑いを響かせた。
阿崎……光征……。日本人か?いやしかし……。だが、もうこいつの正体はわかっている。今からやるのは確認だ。そうしたらきっと俺は動けるから。
何かを決心した司の目からは、光が消えていた。激しい怒りと憎しみの感情、それが全身に波及し、その顔を歪ませた。
「最後に質問だ。答えろ。お前は、人か――神か――」
鋭い目つきで司は阿崎を睨みつけ、問いただす。
「あぁ?何言ってんだお前。俺は――。ああ、うん、あぁ、そうだなあ、……あぁ。そうだ。俺は神だ……!」
阿崎のにやけ顔と渋るように出した答えを聞いた瞬間、司の姿はそこになかった。
「――!!」
司はその場から駆け出していた。尋常ではない速さで。隠していた憎しみと怒りの感情が司の全身を駆け巡り、足に力を与える。
走りながら、腕に刺さっていたガラス片の一つを強引に抜き取り、手に握りしめる。腕からは血が噴き出し、ガラスを握る右手からは血が滲んだ。しかし、強烈な痛みにも関わらず、司はそれを意に介さない。床を強く蹴り足を回転させ一瞬で駆け抜けた。
その姿はまるで、復讐の炎を纏った怪物。心の底から湧き上がる憎悪が、司を突き動かした。
激しい怨嗟と殺意に満ちた表情と勢いに、阿崎は気圧され、空中で後退して距離を取ったが、すでに遅い――
阿崎の体が後ろに反り返った瞬間、司の鋭い視線が彼の瞳を捉えていた。
司は壁の破片を蹴散らしながら、阿崎の上に覆いかぶさるように飛び出す。その手には、固く握りしめられたガラスの破片。すでにそれは、光を反射する一閃の刃と化していた。
阿崎の表情には驚愕と焦燥が浮かんでいるが、反対に司の眼差しは氷のように冷たい。
瞬間、司は振り上げたガラスの破片を、阿崎の眼球に向かって稲妻のごとく振り下ろした。
「――ぐがぁあああ!!!!」
閃光のように閃いたガラスの破片は瞳を貫き、鈍い音を立てて肉を裂いた。血飛沫が舞い上がり、左の視覚を失った阿崎は強烈な痛みに悲鳴を上げた。
司は返り血を浴びながらその勢いを緩めることなく、阿崎の左目に突き刺さったガラスを引き抜く。それに反応して阿崎は再び苦しみに悶え、悲痛な叫びを響かせた。
司は再びその手に持つ凶器を血に濡れた手で振り上げた。
しかし、阿崎もやられたままではなく、左手で司の腕を掴んで抵抗する。それでも尚、司の表情は微動だにせず、右手を目の前の男を殺さんばかりに、全身の力を込めて振り下ろそうとする。
「このクソがぁあああ……!!」
瞬間、阿崎は叫びながら腕を掴んだままの左手を後方に引き、横に体を捻った。司の体重と勢いを利用したその動きにより司の体勢が崩れ、二人の位置が上下逆転した。
司は、はっとした。飛び出して阿崎に一撃を加えたものの、ここは校舎の四階相当。今まで阿崎しか見ていなかった目のピントが、遠く離れた地面に合う。
――落ちる!
支えを失った体は空中に放り出され、そのまま自由落下を始めた。振り向くと阿崎と目が合った。左目からは大量の血が流れ、それを手で押さえている。
そして、その後ろに司が飛び出してきた教室から、身を少し乗り出し、床に手をついた芹奈がこちらを見ていた。その表情は悲しみと驚きで歪んでおり、今にも泣き出しそうだ。
「司ぁっ……!」
芹奈の悲痛な叫び声も司には歪んで聞こえた。
居場所をなくした体は、落下を始める。二人が少しずつ遠ざかり、その勢いも増していく。
振り返ると、すぐそこに地面が見えた。アスファルトの道路だ。学校の敷地内ではないのは自身が飛び掛かった阿崎と校舎の間に距離があったからだろうか。
しかし、それではかなりの距離を飛んだことになるがどうやって――
今、地面に衝突するかという瞬間――司の脳裏に見たことのない情景が浮かんだ。
なんだこれ――視点が低い。転んでいるのか?
顔を上げると、目の前には白髪の青年が立っており、手をこちらに差し出している。その青年は何かを話しかけてきているが、声がぼやけて聞こえない。視界も全体的に不鮮明だ。
走馬灯……?いや、こんなの記憶にない。だとしたら、これは一体――
差し出されたその手を取ろうとした時、急激に視界が遠くなり、その景色が消えた。気づくと意識は現実に引き戻されていた。そして、目の前にあるのはアスファルト。
今までスローモーションのように遅くなっていた感覚、知覚が通常の速さに戻される。そこからは一瞬だった。
司の体はぐしゃりと鈍い音を大きく響かせて、勢いよく地面に叩き落された――
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