第9話 イエスキリストと共に第二の人生

 もう一度、教会に行きたい。いや戻りたい。

 神様はどんな人でも受け入れてくれるという。


「人はみな、罪人である」(聖書)

 この御言葉に疑問を持った時期があったが、今、罪人の意味がわかりかけてきた。

 人は一歩環境が変われば、いい人だと思っていた人に利用、いや悪用されるというのが世の中の常である。

 抜けようと思っても、すでにとき遅しである。


 オーナーの切羽詰まった恐怖感が、僕にもわかる気がした。

 ゆあの担当ホスト拓真も同じ思いを抱いていたに違いない。


 一週間後、僕が昔通っていたキリスト教会に行こうとしたとき、ばったり拓真に会った。

 拓真が口を開いた。

「僕もオーナーが自殺したとき、後を追って自殺しよう、いやそれができたらどんなにラクかと思ったんですよ。

 でも、僕が今、生かされているということは、神様の御旨だと思うんですよ」

 僕は思わず口にした。

「人は皆、罪人であるというのは聖書の御言葉だけどね。

 エゴイズムをもった人間は、一歩間違えれば、誰でも悪の道に入る恐れがある。

 しかし、そんな罪人である人間のために、神はその一人子、イエスキリストを人類の罪のあがないとして、処刑道具である十字架にかけて、人類の罪のあがないをなさったんだよ」

 拓真の表情が、急にパッと明るくなった。

「そんな話、どこかで聞いたことがあると思ったら、やっぱり小学校のとき、通っていた教会で聞いた話ですよ。

 といっても、その当時の僕は貧しくて、日曜学校のあとにでるお菓子が目当てで通っていたようなものですがね」

 意外、僕と拓真は日曜学校に通っていたという共通点があったんだ。


 僕は話を続けた。

「過去をやり直すことはできない。人間は、へベルのとき、一瞬のときを生きるしかない。へベルの積み重ねが今日一日となり、一年となっていくんだな。

 神はどんな人間でも受け入れて下さる。

 反省は一人でもできるが、更生は一人ではできない。

 でも、イエス様と一緒なら、人生やり直すこともできるんだ」

 拓真は僕の話に関心したように言った。

「そういえば、反社とつるんで覚醒剤をしていたおとなしめの元不登校少女が、イエスキリストを信仰するようになり、覚醒剤から解放され、つるんでいた反社組織も解散したという話を聞いたことがあるな。

 わずか二十歳過ぎの少女が、イエスキリストを信仰したときから、人生が変わったんだ。

 イエスは肯定、どんな人をも受け入れるという意味、キリストは救い主という意味だが、やはりイエスキリストは今でも、生きておられるんだな」

 拓真は、首に掛けた十字架のネックレスをいじりながら、きっぱりと決意したかのように言った。

「これからは、イエスキリストと共にしか生きていく道はないんじゃないかな。

 酒もきっぱり辞めたいです」

 僕は共感してうなずいた。このことは僕自身のことでもあったのだ。


 三か月後、僕は専門学校に通うために繁華街の表通りを歩いていると、なんとゆあがゆう子ママと歩いていた。

 僕は内心、ほっとした。大抵の場合、母親との関係がうまくいけば、ハッピーエンドに終わるからである。

 ゆう子ママは、僕に頭を下げた。

「その節はお世話になりました。ゆあはようやく目を覚ましたようです。

 私は仕事にかまけて、ゆあを褒めることをしなかった。

 ホストは褒め殺しというが、まさにその通りで、どんな小さなことでも褒めてくれます。決して、子供のたわごとなどとは言わない。

 ゆあの話を聞いてやれず、ゆあがもつ人情の機微をわかってやろうとはしなかった。ホストはそこに付け込んでくるのよね」

 ゆあはちょっぴり不満げに、でも笑いながら言った。

「本当にその通りよ。ママは私の話など、頭ごなしにスルーするの。

 世間知らずの子供のたわごと、世の中は弱肉競争のサバイバル競争よ。

 要領よく立ち回りなさいという説教をたれるだけ。

 そりゃまあそうかもしれないが、要領だけが人間関係じゃないわ。

 はだかの心をぶつける相手が、欲しかったのよ」

 僕は、思わず答えた。

「Z世代の承認欲求ですね。

 はだかの心をぶつける相手が身近にいない人に限って、夢をみて、非日常の人に大金をつぎこんだりするんだ。

 これ、笑い話だけど、僕が中学のとき、バレンタインデーにアイドル相手に、なんと五千円相当の効果なチョコレートを郵送した女子がいたよ」

 ゆあが笑いながら言った。

「金をつぎ込むことで、今の自分を投げ出したいと思ったのかな?

 今となれば、私もその気持ちがわからなくはないわ。 

 まあ、私の場合は担当ホストの拓真だったけどね」


 ちょうどそのとき、介護施設オモチリンというロゴが入ったワゴン車が近づいてきた。

 ライトグリーンの制服を着た単髪の若者が、僕たちに手を振りながら駆け寄ってきた。

「やあ、介護施設オモチリンをよろしく。営業中の拓真です」

 やはり、以前語っていたように、拓真は先輩の経営する介護施設に就職していたのだった。

 すると、車いすの高齢者男性が悲し気に言った。

「拓真君。どこへ行くの。俺を見捨てないでくれ。

 拓真君だけだよ。俺の気持がわかってくれるのは」

 拓真は笑顔で振り向いた。

「ちょっと待って下さい。今すぐ、お持ち帰りしますよ。チリンチリン」

 すると、高齢者男性は笑顔になった。

 ゆあは言った。

「やっぱり拓真君は、悪党じゃあなかったんだ。

 私のことは忘れて、第二の人生、頑張ってね。

 私も含めて、拓真君にはなぜか愚痴を聞いてもらいたくなるのよね。

 拓真君ならわかってくれそう、拓真君にはだかの心をぶつけたら、人間関係に自信がつきそうな気がしたのよね」

 拓真は、少々照れながら言った。

「まあ、このことはホストになる前から、よく言われていたことですよ。

 あっ、僕は仕事に戻らなきゃ」

 拓真は待ちかねたように、車いすの高齢者男性のもとに戻った。

 高齢者男性は、車いすのまま、ほっとしたような表情で拓真の腕に寄り添った。

「ダメじゃないか。そんなことをしたら、車いすから落ちてしまいますよ。

 そうなれば僕の責任にもなりかねない。

 僕よりもイエスキリストに、心をぶつけた方がいいですよ」

 昔と変わらず、拓真の首には十字架のネックレスが光っていた。


 ゆう子ママとゆあは

「私たち、ヘルパーの資格をとったのよ。これからは、介護の仕事をするつもり。私は施設のヘルパー、ママは訪問介護よ」

 僕は二人の、いや拓真も含め、三人の未来にエールをおくるしかなかった。

 もしかして、このことも神の御導きであったのかもしれない。

 僕ももう一度、教会に行ってみようと決心した瞬間、これまでには体験したこともないような、穏やかなやすらぎが僕の全身を包むようだった。

 このことは、神から人におくられた聖霊の風だと確信した。


(完結)

 

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ホストの闇から君を救いたい草食男子 すどう零 @kisamatuma

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