第5話 ホスト拓真の人知れない苦悩
拓真は急に、顔を歪めて泣き顔になった。
「僕は、現在のホストクラブの実態がこういうものであるとは、全く想像もしませんでした。
昔といっても、十三年くらい前のホストクラブでは考えられなかったことだといいます」
僕も同調して言った。
「そうだなあ、今から約二十年前、城咲 仁がホストのスターだった頃とは、時代が全く違ってきてるんだな。
コロナの影響もあるし、反社も関係しているしね」
拓真は頷きながら言った。
「実は僕は、不倫の子なんですよ。
僕の実母は、僕が五歳のときに亡くなり、それからは親戚に養子として引き取られました。
まあ、幸いなことに親戚に子供がいなかったから、僕に冷遇することなく、普通に扱ってくれたことが唯一の救いです。
そうでなかったら、僕は山〇組の伝説の大親分 田岡一雄組長みたいになっていたかもしれませんね」
そういえば本で読みかじったことがある。
田岡組長は、不倫の子で、五歳のときに実母が亡くなり、それからは神戸の親戚に引き取られたのだという。
神戸の親戚の家では、食い扶持が増えると言われ、学校にも通わせてもらえず、背中に荷物を背負わされ、山を越えるなどという過酷な力仕事をやらされていたという。
字も読めないから、仕事先で叱られることはしょっちゅうだったという。
だから、田岡氏は親がいて、帰る家があって、学校にもいかせてもらっていて、なおかつ非行に走るなどということは考えられなかったという。
田岡氏にしてみれば、派手な革ジャンに、改造バイクの暴走族など、全く理解不能だったという。
僕はなかば慰めるように言った。
「そうだな。親ガチャというけれど、家庭環境は真っ先に遭遇する社会だものな」
拓真は、急に涙顔になった。
「その僕が、今度は家庭に恵まれない若年層の女性を、最初は親切にして自分になびかせ、最低15万円ものする高価なボトルを入れさせた挙句、150万円もするシャンパンタワーに金を遣わせた挙句の果て、風俗に売り飛ばすなんてことを、半ば強制させられるとは、夢にも思っていませんでした」
僕は思わず真顔になった。
「そういえば、この頃は店ぐるみで、あの童顔でぽっちゃり気味の女性を風俗に売れば、金が稼げるぞなどとホストに教え込むらしいな。
客もホストも苦しめることになる売掛金制度は、もう無くなりつつあるというが、本当かな?」
拓真は即座に答えた。
「まあ、有名店は売掛金をもうすぐ失くすようにするか、金額の制限を決めるようですね。
でもそうなればなったで、女性客がホストから直接借金したり、闇金に手を出すことになるという負の可能性も出てくるかもしれない」
売掛金を失くすのは、一歩前進である。
しかし、女性が甘い言葉に誘われてホストクラブに行く限りは、どんな方策をとっても、結局は女性自身が判断することでしかない。
拓真はため息をつきながら言った。
「僕は、世間のことも知らずに、ただ大学の奨学金返済のために、ホストクラブという手段をとったのですが、現実はそんなに甘く単純なものじゃなかった。
僕も含めて、ホストクラブは家庭に恵まれない男性が多いが、その男性がより一層恵まれない女性から、ハイエナにように日常生活を奪い取るように教えられました。
家族、友人との連絡を断ち切るように仕向け、相談相手を無くさせる。
そして、趣味も奪い、孤独になるように仕向け、最後の砦まで奪ってしまう。
最終手段として、私の行き場所はホストクラブしかないんだというギリギリの崖っぷちまで追い込んでいく」
僕はその悪辣なやり口に、呆れるのを通り越して、なかば感心した。
まさに反社のやり口である。
弱みをもった人間に最初はやさしくして、自由を与えたように錯覚させる。
そして今度は自由への代償として、ハイエナのように友人、家族、趣味まで奪い、孤独状態にさせ、精神を半ば錯乱させる。
思考能力を奪い、奴隷状態しか生きられないようにする。
ふと、ゆう子ママが昔の歌謡曲を口ずさんだ。
♪気障な女と言われても 愛した人のためならば
母にもらったこの指で 命賭けても惜しくない
砂漠のような東京で あなた一人のしもべとなって
夜も寝ないで女の真心 私は私は尽くすのよ♪
(「砂漠のような東京で」歌 いしだあゆみ)
この歌は、半世紀以上も昔の歌謡曲だけどね、もしかしてゆあもそんな心情なのかな?」
僕は即座に答えた。
「この歌は、女性の恋心を歌ったムードある歌詞ですね。
しかし残念ながら、ホストと客の関係はそんなものじゃあない。
繋がっているのは、あくまで金銭ですよ」
拓真は顔をしかめて、泣き声で言った。
「今は、ホストも店ぐるみで客に風俗へいくよう、うながされますからね。
僕の借金は最初は十万円でしたが、一か月後は二十万円に膨らんでいました。
このことを問いただすと、更衣室に呼び出され、オーナーも含む三人の強面から『お前のおかげで、今月の売上が減少したんだ。さあ、ここにサインしろ』
と一通の用紙を見せられました。そこには
『私は、クラブなおんに多大なる迷惑をかけ、売上を減少させました。
今後は、どのような手段も受けるつもりです』と書いた用紙でした」
僕は思わず口をはさんだ。
「そこで君はサインしてしまったのか。
まあ、三人の強面に囲まれたら、誰だって怖いよね。
しかし、どのような手段も受けるつもりですという文言にサインしたとは。
これは、あとあとやばいことになりそうだぜ、これは」
ホスト拓真は、不安に顔を曇らせたが、僕は続けて言った。
「悪党というのは、相手を不安にさせ、あとは脅しまがいで相手を言いなりにさせるというのが、常套手段だからね」
拓真の頬は、真っ青になり、あきらかに恐怖心がひしひしと伝わってきた。
ああ、僕はまた感情の赴くままに、ストレートな物言いで口走ってしまった。
まったく僕はおっちょこちょい。まだまだ尻の青いとんだ青二才だ。
僕はふと、二年前にバイトしていた飲食店のことが蘇ってきた。
最初の一か月は、ごく普通だった。
しかし、二か月目からオーナーの態度がおかしくなり始めたのだった。
一度目は、オーナーから昨日、洗剤をひっくり返したのではないかという疑惑を持たれた。
もちろん僕は「違います。帰るときに洗剤のキャップを閉めてから帰りました」と言った。
それから三日後、今度はオーナーから、ホースを焼け焦がしたのではないかという疑惑を持たれた。
もちろん僕は「違います」と反論した。
するとオーナーは、勝ち誇ったような表情で
「ようし、今回だけは見逃してやる。しかし、次は容赦しないぞ」
僕はいよいよ、恐ろしい予感に目を背けることができなかった。
もしかして、反社がバックに控え、金が回っているのではないか。
とすると、この店で働いたとしても、まともな給料なんてもらえる筈がない。
なんといっても、実質上のオーナーは反社であり、今のオーナーは雇われ店長のようなものなのだから。
僕は一週間以内に辞めることを、なかば決心していた。
二日後、決定的なことが起った。
僕がトイレ掃除をしていると、水洗便器が詰まり、水が流れなくなってしまっていたのだ。
このことをオーナー(雇われオーナー?)に告げると、今度は僕を指さし
「はい、あんただ。あんたが、雑巾を便器に突っ込み、わざと詰まらせるように細工したと考えられる。
だいたい、あんたは社会的信用がない。
あんたなら、やりかねない」
はあ!? 僕は思わず絶句するしか、術がなかった。
これは因縁をつけて、人を脅す手段としか考えられない。
僕は翌日の朝、オーナーに電話で「風邪をひいたので休みます」と伝えた。
すると、すごい剣幕で
「なにい。休むというのか。では今日一日はゆっくり休め。
その代わり、明日休みたいなどと言ってみろ。
お前の居場所はないと思えよ」
まるで、チンピラの脅しセリフである。
僕は、いよいよ退店を決意した。
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