第2話 愛するが故に厳しいことを忠告する

 僕は、ゆあとは恋人未満の友達でしかないので、ゆあが誰と付き合おうがとやかく出しゃばる筋合いはない。

 しかし、ゆあが腕を組んでいる相手は、お世辞にもいい男、善人とはいえない。

 いわゆる客商売のチャラ男である。

 もしかしたら、ゆあはこれからその男の言いなりになって、人生を歩むのではないかという不安に襲われた。

 なぜなら、ゆあは人見知りで、メンタルの弱い部分が見受けられるからである。


 しかし、社会経験のない若い女性をものにするのは、大抵こういった女性に馴れ馴れしいチャラ男と相場が決まっている。

 僕はその晩、ゆあにラインを入れた。

 身内でもないのに、とんでもないおせっかいであることは重々承知の上である。

 たとえこのことで、ゆあから嫌われても、僕にはゆあの将来の方が大切だった。


「ゆあちゃん、この前はお見舞いにきてくれてサンキュー。

 ゆあちゃんにもらったスポーツタオルと耳かき、使わせて頂いてます。


 僕はゆあちゃんに幸せになってもらいたいなーんて、身内でもないのに余計なお節介かな?!

 まあ、お節介を承知の上で言うよ。

 僕たちは、学校を卒業すると、社会にでていくわけだが、渡る世間は鬼ばかりというわけにはいかないが(古いか)、でも、現実には仏の皮を被った鬼がいることだけは事実だ。

 ゆあちゃんは、いい家族に恵まれた幸せな環境のなかで育ってきたよね。

 だから、人見知りの割には、人を疑うことを知らない天然な部分があるよね。

 その天然さが、裏目に出ることだってあるよ。

 ワル男から見たら、そういう女性は金ヅルでしかないんだ。

 最初は甘い言葉で、心を奪い、男と女の関係にまで持ち込んだ挙句の果て、金ヅルにしようとする。

 そんな男の餌食になってもらいたくないんだ」

 

 五分後、ゆあからの返事がきた。

「友紀君、余計なお節介のメッセージ有難う。

 ワル男というのは、私と腕を組んで歩いていた拓真君のことでしょう。

 実は拓真君は、医大生なの。

 しかしこの頃は、学費を稼ぐためにホストのアルバイトを始めたばかりなの。

 拓真君が、私を風俗に売り飛ばす悪質ホストとでも言いたいのかな?

 まあ、この頃は報道番組でも話題になってるから、友紀君がそう思うのも無理ないかもね。

 でも、拓真君は決してそんな悪い人じゃあない。

 いつも私の話を聞き、私のすべてを肯定してくれるの。

 私にとっては、家族よりも信頼でき、かつ尊敬できる人よ。


 言わせてもらうけど、友紀君こそ、口が悪くて考えが浅くて、おっちょこちょいな所があり、基本的なところがドッと抜けているとしか言いようがない。

 ちょうど、大木の真中に大きな穴があいているように、自分では気づいていないけど、欠点が多いんじゃないの。

 まあ、これが学生の特権だから、無理もないといえばそれまでだけどね。

 要するに、友紀君は、自分勝手でセコイところがあるのよね」

 

 僕は思わずむかついた。

 と同時に、それは僕は別の男性と比較しているということだろう。

 口が悪いというか、足りないのは若年層の特権であり、同時に正直な証拠。

 おっちょこちょいなのは、ポジティブでアドベンチャーの証拠。

 少なくても、なにもしようとはしないネガティブよりもよほど活動的。

 自分勝手なのは「人は皆、罪人です」(聖書)の通り、犯罪を犯さなくても、人は皆、エゴイズムという罪をもって生きている。

 セコイのは、学生だから金がないのは当たり前。

 しかし待てよ。このことは、すべてゆあにも当てはまることではないか。

 まあ、似た者同志だから、友達として継続してられるんだよね。


 ゆあには、男が出来たとしか考えられない。

 その男というのは、ゆあより三歳以上年上で、社会経験があり、未成年のゆあをうまく丸め込み、なにかに利用しようとしているに違いない。

 そのなにかというのは、もちろん金である。

 ゆあは、超美人ではないが、まあまあ可愛げのある顔をしているので、風俗にでも売り飛ばすなんてことを考えている、とんでもない輩に違いない。

 ゆあの身が危ない。僕は不安になった。


 だいたい、女性というものは、愛想のいい人を善人だと勘違いし、思い込む傾向が多い。

 どんな小さなことでも、自分の話を聞いてくれ、即返事をくれる。

 まるで母親に甘える幼児のように、精神的に抱かれると、相手の男性の言いなりになり、ホテルへ直行ということになってしまう。

 

 ホストのねらい目は、自己肯定の低い孤独な女性である。

 地方出身者であり、相談相手もいない。

 その心の隙に入っていくのである。

 ホストだけが、自分のすべてを受け入れてくれるいい人だと思い込み、ホストの言いなりになって、十万円以上の高額なボトルを入れ、何百万もの借金をつくってしまい、立ちんぼという結果になってしまう。

 立ちんぼの四割が、ホストクラブからの借金であるという。


 風俗の場合だと、都会の場合は三万円であるが、立ちんぼだとその半額である。

 しかし、不衛生だし、乱暴されても店舗側が守ってくれるということは一切ない。

 すべてが自己責任である。

 まあ風俗の場合は、性病になると出勤不可能になってしまう。

 そういった女性の成れの果てが、立ちんぼなのだろう。

 もしかして、ゆあの身にそんなことが起きたら。

 僕は心配の余り、背筋が凍る思いだった。

 僕はゆあを世間の闇に、堕ちることを黙って見過ごすわけにはいかない。


 ちょうどその晩、テレビで「ホストの闇」をテーマとした番組を報道していた。

 不登校の体験もあり、友人も少なく、家族とはうまくいっていない少女が、初めて自分を受け入れてくれたのが、ホストだった。

 初めて行ったホストクラブで、担当ホストは自分を否定することなく、すべてを受け入れてくれた。

 高価なボトルをねだられるままに売掛金をして苦しんでも、担当ホストは

「お前の居場所はホストクラブしかないんだ」と言われるばかりで、払えないことがわかると、暗黒のソーシャルワークー風俗営業ーをいくつか紹介された。

 しかし、それにも限界がある。性病になってしまうと、もう風俗店では働くことはできない。

 すると、担当ホストはなんと「海外で臓器を売れ」と強要したという。

 日本では、臓器売買は違法なので、海外では金になるという計算があるのだろう。

「お前の身体が、五体不満足になろうと、知ったことではない」

 ああ、人身売買ではないか。

 しかし、こんなこと素人ができる筈がない。

 

 やはりバックには、流動型犯罪の反社が控えているに違いない。

 現在は、反社とつながりがあると言っただけで営業停止、いや、つながりがあるという噂が広まった時点で、取引先が断わってきて倒産するという時代である。


 今は空前のホストブームであり、繁華街の空き店舗はホストクラブ開店へと変わっていく。

 といっても、昔のように道端でキャッチなど禁止されているので、マッチングアプリを使って出会うという。

 犬を隣に置いた写真で

「あなたのこと、ずっと気になってました。出会えたことを感謝します」と女性を誘い込み、初めはホストであることを隠し、誉め言葉を並べ立てて仲良くなり、女性を信用させた時点で、

「僕は、学費を稼ぐためにホストのアルバイトを始めたばかり。よかったら応援してくれないかな」と言ってホストクラブに連れて行く。

 ホストクラブのなかには、実際に学費を貸している店もあるという。


 ホストクラブは若い女性を、金ヅルとしか見ていないようである。

 担当ホスト個人よりも、店ぐるみでこの女性客を風落ちー風俗行きさせると、いくら金になるのかという算段の上で、担当ホストに金を使わせ、売掛金をつくらせるように仕向けるという。

 

 売掛金廃止という声もあがっており、今年の四月からは、それを実行するというホストクラブもでている。

 しかしその一方では、そうしてしまうと、今度はホスト個人から直接借金したり、闇金から借金する結果となってしまうという、恐れもでてくる。

 

 番組の最後に、福祉系大学に通う娘が、ホストクラブで借金をつくったばかりに、外国の風俗に行く羽目になったという母親の姿がうつっていた。

 もうライン連絡もできなくなってしまい、現在は生存すらも危ぶまれているという。

 まったく、女性をなんだと思っているんでしょうねえ。

 ホスト問題というのは、個人の趣味でなく、社会の問題、人権問題であると、司会者は締めくくっていた。

(NHKクローズアップ現代2月7日分より)


 僕は、番組をみた後、背筋の凍る思いをした。

 もしかして、ゆあもその二代目になるのだろうか。


 

 



 









 


 

 


 

 

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