ホストの闇から君を救いたい草食男子
すどう零
第1話 君は僕から離れ、ネオン街へと消えて行った
僕の名は、藤永知紀。
僕がゆあと付き合いだしたのは、高校三年の夏休みだった。
僕は生まれつき心臓に瘤があり、日常生活には相当気をつけていたが、猛暑のせいで悪化したのか、一週間だけ入院することになった。
さあ、明日は退院だというとき、君が見舞いに来てくれたのだった。
君は当時、中学三年だった男子と一緒に、病院まで来てくれた。
弟は、ベッドにいる僕に向かって
「僕、弟の裕貴といいます。姉がいつもお世話になっています」
と礼儀正しく挨拶をした。
ゆあは僕に、スポーツタオルと耳かきを渡した。
「下世話なものだけど、こういうのをいくらあっても足りないでしょう。
このスポーツタオル、枕カバーの代わりにもなるしね。
耳かきは細かいところの掃除にも、役立つわ」
僕は思わず、お礼の言葉を言った。
「やっぱり、ゆあちゃんは家事をしているだけあって、よく気がつくなあ。
こういうの、僕だったら思いもしなかったよ」
弟の裕貴は答えた。
「有難うございます。実は姉は、五年前までは、母親のヤングケアラーだったんですよ。
おかげで、母親は今はすっかり、丈夫になりました」
以外だな。ゆあちゃんは、苦労人だったってわけか。
僕は思わず
「しかし、若い頃の苦労は買ってでもしろって言うじゃない。
あっ、これは母親の口癖だけどさ。
これからこの体験が、社会で生かされるときが訪れるよ」
弟の裕貴は、姉のゆあに
「ねえちゃん。褒めてもらえてよかったね。
まあ、僕はねえちゃんに、ケアラーは任せっぱなしだったけどさ」
すると、ゆあは
「そうね。裕貴には塾へ通わせる余裕などなかったから、その分、勉強してもらいたかったのよね。
おかげで、裕貴は学年でトップをとったこともあったのよ」
僕はそれにつられて
「今、塾って月謝が五、六万もするけど、塾に行ったからといって、必ずしも成績が上がるなんて保証はないよ。
むしろ、塾講師から失礼なことを言われて、嫌気がさして辞めていく子もいるくらいだというよ。
まあ、講師も一年契約の人気商売だから、必死であがいているのかもしれないけどね。生徒はお客様だけど、そのお客様の成績が上がらなかったら、ダメ講師の烙印を押され、解雇という道を歩む羽目になるものな」
裕貴は、つられるように答えた。
「まあ、そういったケースもあるようですね。
言い換えれば、塾講師もダメ講師の烙印を押されないために、ときには未成年である生徒に、八つ当たりするなんてことも有りかねないですね。
ところで、僕の勉強法、教えましょうか。丸暗記ですよ。
教科書を丸暗記して、ドリルを五回ほど繰り返すんです」
僕は思わず、質問した。
「でも、数学はどうするの? 社会みたいに暗記だけじゃ通用しないよ」
裕貴は待ってましたとばかり答えた。
「問題と方程式をひもづけするんですよ。
この問題には、こういう方程式がでるなということを、暗記してしまうんです」
僕は思わず、感心した。
「なーるほど。そういう手もあるんですね。僕もこれから真似しようかな」
裕貴は答えた。
「でも、それは中学の数学までであり、高校の数学になると、通用しにくいですけどね。でもその分、数学に対する興味もわくし、面白くなる一方ですよ」
僕は答えた。
「君は秀才というよりは、天才型かもしれない。
少なくても、酒やギャンブルにはまるよりは、よほど健全だよ」
裕貴はうなづきながら、答えた。
「昔から、ホームレスになる人は、不況や倒産をきっかけに、酒とギャンブルから逃れられなくなったというのが原因の場合が多いですものね。
このことは、僕の知り合いでホームレス街に五十年以上住んでいた人が発言していたセリフです。
まあ、酒もギャンブルもはまってしまうと、なかなか逃れられないですものね。
僕も、はまらないようにします」
ゆあが口を挟んだ。
「あっ、そろそろ帰らなきゃ。夕飯の支度があるものね」
裕貴は僕に、頼むように言った。
「姉さんは、人を疑うことをあまり知らないんですよ。
こんな姉を、鍛えてやって下さい」
僕は納得しながら、答えた。
「まあ、それは幸せな人間関係に恵まれていたからだよな。
社会にでて、いろんな人を見ると人を見る目が養われていくよ。
でもその前に、ワル男に引っかからないようにするべきだよ」
裕貴は答えた。
「僕はどちらかというと口下手で、女の子と話すのは苦手です。
けれども、ワル男ほど愛想がよくて、女の子の話に辻褄を合わせることで、女の子の機嫌をとり、すっかり心をとりこにしてしまう。
まあ、そういう奴に限って下心があるんですけどね」
僕も同調した。
「この頃、マスメディアで話題になっている悪質ホストと同じだな。
残念ながら、あまり男性としゃべったことのない女性ほど、ひっかかったりするものだよ。結局は風落ちと呼ばれる風俗行きだものな。
あっ、風俗行きなんてまだ序の口だよ。
ひどいのになると、外国の本番ありの風俗に売られたり、臓器売買されることもあるという。まさに人身売買だな。
僕は昔、バイト先で元風俗の中年女性を見てきたけれど、半分は異常者だな。
ああなれば、廃人同様だよ。
あっ、僕のメルアド教えるから、パソコンで連絡できるといいね。
わざわざ、お見舞いにきてくれて有難う。
このスポーツタオルと耳かき、有効に使わせて頂きます」
ゆあと弟の裕貴は、ドアを開けて去って行った。
このあと、ゆあの身に、僕と裕貴との会話通りの暗く深刻な現実が降りかかろうとは、このときは、夢にも思っていなかった。
一週間もすれば、僕は退院できた。といっても油断は禁物。
心臓病というのは、いつ起こるかわからない。
大人になっても酒、タバコは厳禁。ヒートショックも気をつけねばならない。
真冬、暖かい店でホットドリンクを飲んだあと、ドアを開けた途端、北風に打たれて心臓が麻痺した十五分後、お陀仏になってしまったということもある。
しかし、自己保身ばかり考えてても、縮こまってばかりで人生、面白くない。
「自己保身ばかりしている人は、本当の命を失い、神のために生きる人は、本当の命を得るであろう」(聖書)
僕は今まで、いろんな人に支えられてここまで来た。
ゆあも僕を支えてくれた一人である。
だから、これからはその御恩返しをしていきたい。
思えば小学校のとき、僕の家庭は経済的に荒れていた。
遠足のときも、僕は弁当をもたないままだった。
そんなとき、ゆあは僕に特製お握りを持たせてくれた。
三角お握りではなくて、長方形の俵型お握りである。
なかの具は、僕が今まで食べたことのない野菜だったが、こんなに美味しいお握りを食べたことはなかった。
あとからゆあに聞いた話だが、
「単なる余りものの、セロリと魚肉ソーセージを、サラミの煮汁で煮たものよ。
あっ、私の家はカフェをしているの。ぜひ、いらして下さい。
子供優先で、禁煙の店だけどね」
それから僕は、ゆあの両親が経営する喫茶店の片隅で、教科書を広げて
勉強するようになった。
それを見ていた親世代の奥さんから、使用済みの参考書や問題集ををプレゼントされたこともあった。
「このお返しは、君の成績が上がり、君がまっとうな人生を歩んでくれることだよ。今のうちに頑張って、勉強だけはしておいてね」
僕はその励ましに答えるように勉強して、ゆあと共にトップの進学校に入学できることになった。
高校卒業後、僕は一級建築士を目指して建築関係の専門学校に通うことになった。
一方、ゆあは福祉系の大学に通うことになった。
ゆあはお人よしの部分があったので、福祉の仕事は合ってるかもしれない。
しかし、介護職員初任者も含め、辞職していく人は多い。
僕はゆあが、世間に傷ついてしまわないか、ちょっぴり心配だった。
卒業して、三か月後の六月、僕は信じられない光景をまの辺りにした。
繁華街の買い物帰り、ゆあがとうもろこし色の髪のホストの匂いを漂わせている
男性と腕を組んで歩いているのだった。
男性は、ゆあの肩を抱き、一方ゆあはうっとりとした表情で、男性に頼り切っているようだった。
僕とゆあとは、いわゆる男女の関係ではなく、友達以上恋人未満であった。
水商売は疑似恋愛というが、ゆあはその男性にぞっこん惚れこんでいるらしい。
僕の胸にこれまで体験したことのないジェラシーの感情が、ふつふつと湧きおこってくるのを押さえることができなかった。
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