第6話

「今枝さん、どうですか」

 軍が使うような大きいテントのなかから、別の男性が出てくる。背が高くシャツから出た手はたくましい。おそらく兵士だろうか。それも掃討作戦に参加すると思われる、だ。

「ああ、予定通りだ」

「準備を進めておきます。その人は?」

「探偵だよ」

「へえ……聞いたことがありますね。どんな難しい依頼もこなすとか」

 兵の人はこちらに会釈すると、どこかへ去った。

「俺はこれから用事がある」今枝が言う。

「他の集落との伝達役ってわけですか。日時や作戦なんかを伝えるとか?」

 自分の予想は当たっているようだが、返事はない。

「僕もついていっていいですよね」

「親に会えるかもしれないから、か?」

 問われ、俺は上着のポケットから先に見せたものとは別の二枚を提示した。

「他にも二件、他の家族の捜索依頼を受けているんです」

 広場の人を見回したが、それらしき人は見当たらなかった。

 今枝は珍しく表情をすこし変え、けだるそうにため息をついた。

「酔狂なことを。なぜ探偵の真似事なんてやっている」

 その質問には、答えなかった。答えることができないからである。

 特段明確な理由があるわけではない。しかし――

 同じことを今枝にも聞き返してみたかった。どんな理由で危険を冒し伝達役をしているのだろう。訊かずともわかるのは、おそらくこちらとはまるで違う根拠だということくらいか。

 沈黙していると、 「危険だぞ」と今枝が言ってくる。

「別にかまいませんよ」

 来たルートをそのまま戻り、駐車場へ到着する。

 ガソリンがもったいないので今枝の車に同乗する手はずになっていた。

 後方と車の下を目視で確認しこちらが先に乗ると、今枝はドアを開きかけて手を止め前方へ歩いて行った。

 後を追い、どうやら駐車場を出た先の道路にバグがいるようだということがわかった。一体の屍が、やせ細った片足をひきずりながらゆっくり向かってくる。

 今枝はまるでためらいがなかった。バグと対面した時には銃弾をその額に撃ち込んでいた。

 音が横の森の中へと消えて行く。

「さすがに慣れてるみたいですね」

 表情をひとつも変えず、家の鍵でも開けるかのような手さばきだった。

 今枝はこちらの目を見て、

「法律を考えればバグは殺人鬼だ。襲って来れば、撃つ。当たり前だ」

 そう言い切った。

「法律ね」

 懐かしい言葉が出たことにおどろいたが、それがどこか滑稽に思えてふっと息が漏れた。

 それで今枝の気分を害していないかとすぐに顔色をうかがったが、彼は一度バグの顔に視線をもどしたあと車のほうに戻りだす。

「刑事の血がさわぎますか」

 そう言うと、今度は今枝の眉がわずかに反応した。

「だれから聞いた」

「警察だって、噂でききましたよ」

「刑事とは言っていない」

 なぜわかるのか、と不審に思っているようだった。

 もちろん元から知っていたのではない。さっき初めて会ったときに気づいたのだ。

「手の平ですよ」

 と、俺は自分のそれを見せて口述した。

「警察は定期的な武道の訓練が義務です。柔道をやる人は襟をつかむから指先の皮膚が荒れている。そして、指にペンタコがありますね。デジタルが普及した後の時代じゃ、タコができるまで紙のメモを作るのなんて絵描きかデカしかいない……それにその歩き方。背筋が立っている。革靴はひざに負担がかかるから自然と体重を後ろにかけるクセがつく。足で事件を追うタイプの刑事ですね。ま、他にもそうだと思った理由はありますよ」

 ちょっとした余興はお気に召さなかったのか、今枝は何も言わず運転席に着いた。

 バグの死体を避けて、車は雑草の生える道を進む。

「お前さんカタストロフ前はなにをしてた」

 今枝から訊かれ、「医者。外科医でした」と正確に答える。

「なら軍事作戦に同行しろ」

 意外な言葉が飛んできて、それまでぼんやりと外を見ていたが今枝の方を見る。冗談を言っている顔ではないしそういうタイプでもないだろう。だがすぐに返事できるようなことじゃない。

「理由が聞きたいか」

 今枝は前を見たまま言う。

「俺は各地に顔が利く。警察手帳のおかげで信頼があるからな。その俺がお前さんの探し人を見たことがないんだ。お前さんのご家族はたぶんもっと遠いところにいる。どこかの無人島か、なんにしろ生きてるならどこかだろうな。それを探すには危険がつきまとう。相応の準備が必要だ」

 今枝は説き伏せるように語る。

 このときはまだ、今枝の真意には気づいていなかった。そして自分の問題も、俺自身が鮮明にとらえられていなかった。

「だが今、安全な場所はどこにもない。ずっと外を渡り歩いて、危険のなか食料とガソリンを集めながらだれかを探し続けて、それで生き抜けるのか」

 痛いところを突く。その答えは決まっていて意見を挟む余地はない。

 そんな生活を続けていれば確実に野垂れ死ぬことになる。どうしても物資の確保する時にはリスクを背負わなくてはならないからだ。

「拠点か……たしかに」

「ま、好きにしろ」

 今枝という男が、わからなかった。

 寡黙で無愛想。熟練の元刑事という雰囲気がある。

 それでいて集落の人間には慕われている。それに、見ず知らずのこちらのことまでまるでアドバイスでもするかのような物言いだった。

 それは置いても、掃討作戦というのも現実味が感じられない。そもそも生き残りなんてそうはいないのに。

「安全地帯、ね。そんなこと、できるんでしょうか。東京方面は五千万人のバグがいるんですよ。どうやって押し込むつもりなんです」

 回答はなく、刑事はライトの丸が三つとも黒い信号機をただ通過していく。地震かなにかで劣化したか、それらは傾いていた。

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ゾンビ探偵 isadeatu @io111

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