第27話 悪役令嬢の姉
グロリアの叫びにギディオンが露骨に顔を顰める。エドヴァルドが呆れたように否定しようとしたけれど、彼女には通じない。
「グロリア、なにを誤解しているか知らないが……」
「誤解? 誤解ですって。いいえ、親しくもない女性に距離を詰めて、一体何をするつもりだったの! 返答によっては容赦しないわ!」
「……グロリア様。どうか落ち着いていただきたい」
「あなたもよ、ギディオン! 普段は女なんて興味ない、なんて顔をしておきながら、もしかしなくてもむっつりスケベでしょう、そうでしょう!」
取り繕った猫がすべて剥がれる勢いで捲し立てるではないか。面白いくらいの暴走っぷりだが、抱きかかえられるベルベットは冷静に周囲を見渡している。
グロリアの発言に、エルギスとコルラードは明らかに驚愕している。つまり彼らはベルベット達の関係を知らなかったわけで、段々とエスカレートしはじめているグロリアの腕をつついた。
「グロリア、グロリア。助けてくれるのは嬉しいんだけど、とりあえず落ち着かない?」
「でも!」
「ケダモノ呼びをやめなさいっていってるわけじゃないの。わたしも隊長についてはたぶんむっつりだって予想はしてるけど、そういうのは個人の問題でしょ。わたしは被害に遭ったことはないし問題ないワケ」
「おい」
さりげない侮辱にギディオンが青筋を立てるも、怒鳴れないのを良いことまるっと無視だ。顎でエルギス達を指せば、グロリアは過ちに気付いてくれた。
「あっ……」
彼女はしくじった、と丸わかりの顔になったものの、すぐに考えを切り替えた。
「殿下、こうなったのも元は殿下が原因ですから、口止めをお願いいたしますね」
しれっと口止めを押しつけてエドヴァルドを椅子の端へ追いやった。エルギスがベルベットに意味ありげな視線を送ると、彼女は肩を竦ませ自慢げに口角をつり上げる。
「可愛いでしょ?」
「姉馬鹿か」
突っ込むものの、二人を見比べて奇妙な納得を見せた。
「なるほど、デイヴィス家の令嬢とあんたはそういう繋がりか」
「なにがなるほどになるんです?」
「学園での話は、あんた達が思う以上に噂になってるって話さ。駆け落ちの相談だって噂されてたぞ」
「ああ、それならある意味間違ってないかも」
茶化してみるも、エルギスは取り合わない。
「それにそうやって並ぶと、確かにあんた達は似てる部分がある」
「そうですかねえ。髪の色も違うし、むしろ似てないって言われるほうだったんですけども。だよねグロリア」
「……どうだったかしら」
「なに、いきなり猫を被って」
エルギスと話すのが恥ずかしいのか、露骨に警戒している。
その理由を、エルギスが頬杖をつきながら教えてくれた。
「僕を警戒してるんだろ。少し前に、僕の家が勝手にデイヴィス家へ婚約を申し込んだせいだ」
「へえ。じゃあグロリアをエルギスの婚約者として望んだってことですか?」
「そうらしい。断られてからそういうことがあったと教えられた」
「…………別にそれだけじゃありませんけど」
顔を隠すグロリアを、やはりエルギスは面白いものを見る目で観察している。
一方で気になるコルラードだが、珍しく焦った形相でギディオンに首を横に振っているから、言いふらしはしないだろう。
グロリアは出て行こうとしないエドヴァルド達へ不信感一杯に敵意を撒き散らしていたけれど、似てると言われ少し機嫌を直した。そろそろと腕から逃げだそうとしたベルベットを、小さい子供がお気に入りの人形を抱きしめるが如く抱きしめる。
「ところで姉さん、せっかく綺麗って言われてるのに、あまり嬉しそうじゃありませんね」
似ている=綺麗と繋げられるのは流石だ。
妹の疑問にベルベットは視線を宙に彷徨わせるも、そうだなあ、と切りだした。
「別に嬉しくないってわけじゃないけど」
無論、ベルベットは己の顔の良さは自覚している。母ミシェルからして容姿の優れた人だったし、その娘ともなれば男に言い寄られた回数も多い。男装で女性から騒がれるのも、己の下地の良さを理解しているためだ。褒められて悪い気はしないけれど、それをことさら自慢するつもりはない。
理由は単純だ。
「グロリアはいままで見た目を褒められたことが、全部良かった思い出だった?」
「……ないわ」
「でしょ」
ベルベットにとって容姿を褒める言葉は、必ずしも賞賛には繋がらない。母ミシェルの死後は娼館で働かないかと誘われること数十回、愛人関係を持ちかけられた回数は片手ほど。そのせいで男の妻や恋人に怒鳴られた記憶も新しい。
そもそもまっとうに弟妹を育て上げると決めた時点で売春には手を出さないと決めたのだから、体を売るなんて選択肢ははなからない。その手の誘いに苛立ちがないわけではなかったが、愚痴も過ぎれば嫌味になるから言わないだけだ。
嫌いな相手に時間を割くほどベルベットの時間は無限ではないし、考える暇すら惜しい。悩む合間にも馬房や部屋は汚れて行くし、家事に買い物にと生活は押し寄せる。容姿で悩めるほど余裕がないし、優先順位がまったく違う。
語らずともグロリアはベルベットの意に気付き、何度も頷いた。
「こう言ってしまうのは憚られるけど、初対面の人に褒められるなら見た目より中身の方が嬉しいわ。非常に癪ですけど、エドヴァルド殿下も同じ感想でしょう?」
「まあ、そうだね。私も見た目を褒めそやす言葉だけを吐く人は信用しないな」
嫌っているだけかと思ったが、意外とわかり合える部分もあるらしい。
抵抗を諦めているベルベットにギディオンが伝えた。
「要望のあった報酬だがな」
「お」
「セロはもう表に出せないだろう。ジンクスをやるから好きにしろ」
「え、まさか恩賞が馬なんですか?」
「不服か? 言っておくがジンクスは由緒正しき血統で、本来なら購入だけでも値が張る馬だぞ」
「不服……とは言いませんけど」
嬉しくないとは言わないが、報酬といえば金貨だと思っていたから意外だった。ジンクスはいずれ返すつもりで調教していたから、その点も文句をいえば、なぜかギディオンはベルベットを睨み付ける。
「合間に調教師が様子を見たそうだが、お前、たいそうあれを甘やかしたそうだな。少し預けただけだというのに、わがままが増長したせいで、再度調教を施すのは手間がかかると苦情が入った」
「甘やかすなんてとんでもない。ちょっとうちと馬房を自由に行き来できるようにしただけです」
「餌もだ。果物を好きに与えていたろう」
「余り物ですよ?」
弟妹達が群がり林檎や人参を与えていた気もするが口にはしない。ともあれジンクスは大変賢い馬だ。ハーナット家によって甘やかされた結果、軍馬として再度厩舎に入れるのは難しいと判断され、ベルベットが責任を取る形になった。
家族が増えるのはよかったけれど、牡馬と牝馬を常に一緒にするのは憚られる。今後どう住み分けさせるか頭を悩ませていると、あることに気が付いた。
コルラードがグロリアに向ける眼差しだ。
少年は極力平静を装っているが、その態度は明らかにグロリアを意識して目線を落としている。表情はやけに固いし、ずっと背筋を伸ばしているではないか。
好奇心が頭をもたげるベルベットに、エドヴァルドが声をかける。
「ところで夜は――」
「家で家族と祝杯予定です。グロリア、来るでしょ」
「もう家にリリアナを送ってる。今夜はご馳走よ」
勝ち誇るグロリアと嘆息をつくエドヴァルド。それに呆れるギディオンと、我関せずのエルギス。空間は混沌としているが、ベルベットはどさくさ紛れに出ていくコルラードを目で追うので忙しい。
「…………春かぁ」
ぼそりと呟くも、次の瞬間、グロリアの悲鳴で我に返った。
ベルベットの右腕が消失していたのだ。彼女の悲鳴にコルラードが慌てて引き返し、混乱するグロリアがエドヴァルドを問い詰めはじめると、ギディオンが頭痛を堪える面持ちで言った。
「ベルベット、腕のことを説明してなかったな。不具合が起こるかもしれないと聞いていたろう」
「失礼、忘れてました……エルギス殿ー」
「都合の良いときだけ殿付けしやがって……まあいい、診てやるから妹を黙らせろ。僕の神聖な仕事場をこれ以上騒がしくするんじゃない」
エルギスの仕事場は希にみる賑わいを見せ、様々な反応を見せる貴人達をベルベットは眺めた。
こうして和やかに過ごす間にも、グロリアは『悪役令嬢』の呪縛に心を蝕まれている。妹のためにベルベットには何ができるのか……呪いを解く方法を彼女は探し続ける。
彼女は一般人だ。
特別なコネを有しているわけでもないし、まして今回は相談できる人もいそうになかった。そんな中で、道は途方もなく険しく思えてしまうのだけど――。
「ま、どうにかなるか」
妹を受け入れたくらいで日常は変わらないのだから、悩んでも仕方がない。どことなく活き活きしている妹を眺めながら、悪役令嬢の姉は楽しそうに微笑みを零したのだった。
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