第24話 役割は復讐の悪役令嬢

「……ええと、この世界というのは」

「言葉通りの意味。簡単に言えば、グロリアって女の子になる前の記憶があるってこと」

「……な、るほど?」


 返答に窮したのはしょうがない話だ。なぜならベルベットはグロリアの未来を予知したような言動の数々を未来予知の一種だと考えていた。サンラニアでは長らく誕生していないが、教会によればそういった人間は度々生まれるもので、彼らは一概に聖女や聖人として登録されると司祭として国に繁栄をもたらす。グロリアのことだから自由がなくなるのを嫌って黙っていたのだ、と考えていたから、よもや世界なんて単語がでてくるとは思わない。

 もしこれが友人だったら熱に浮かされたのかと訝しんだだろう。医者を検討しはじめるところだが相手は可愛い妹だし、狂言めいた言葉を繰るなどあり得ない。従ってじっくり彼女の話を聞こうと努めることにした。


「頭がおかしくなったと思った?」

「そんなことは……」

「いいの。自分でも変なことを言ってる自覚はある。私だって昔は何度も何度もこれは夢なんじゃないかと思ってたけど、でも、前の私の知ってたサンラニアの歴史とこの世界はあまりにも一致しすぎてる」

「……ええと、とりあえず、わたしにもわかるように教えてくれない?」

「ええ。でも、これまで誰にも話したことがなかったから、理解できるように説明できるかわからないの。不明な部分があったら都度教えてもらいたいかも」


 そうして聞いた話は、ベルベットにとっては絵物語よりも荒唐無稽で、どんな芝居よりも馬鹿馬鹿しく、教会の司祭が聞いたら卒倒しそうな物語だ。

 グロリア曰く、この世界はゲームの世界らしい。

 主人公は三人の女の子。彼女達のうちの誰かを「プレイヤー」が選ぶと、主人公が選ばれ焦点が当てられる。主人公は学園生活を経て国に潜む闇を暴き、最終的に王子と結ばれて王妃になる物語らしい。


「……ええと、プレイヤーさんがその子達の学園生活を見て、何を知りたいの?」

「主に恋愛かしら。両思いになるまでの過程を楽しむの」

「へ、へぇ……」


 プレイヤーに操作される人生への疑問。果たして学生の身分で国の暗部を暴けるかも、なぜ恋愛に繋げる必要があるかも謎だが、しかし巷は様々な恋愛物語も流通している。そういうものか、と納得して話を続けた。


「じゃあ、グロリアもその三人の女の子のうちの一人?」

「いいえ。私は彼女達のライバル」

「……ん?」

「三人それぞれのルートで必ずでてくる敵役なの。シナリオ上で彼女達の悪役として立ち塞がって必ず断罪される、気持ちの良い盛り上げ役。場合によっては操られて途中退場だったり、最後に立ち塞がる敵だったりで様々」


 そんなばかな、と思った。

 社交界から多少おかしな名称を付けられているが、グロリアはベルベットの可愛い妹である以前に、デイヴィス家の娘として立派な役割を果たしている賢女だ。彼女が主人公であるならとにかく、脇役に貶められるのは信じがたい。


「それはおかしい。グロリアは誰よりも努力しているし、その才能だって誰かに定められたものじゃないはず。貴女が誰よりも勤勉だったのはわたしが知っている」

「……ありがとう。でもね、それもゲームシナリオを知っていたからできたことなの」


 グロリアは力なく笑うばかり。ベルベットが憤ってしまうくらいに自信のない笑みの理由は、本来のシナリオに原因があるらしい。


「私が乗っ取ったグロリアって女の子は、本当はもうちょっと世間を憎んでいたの。顔はいつも笑顔を絶やさずいても、本当はすごく寂しい子で、それもあって人に利用されやすかった」

「……憎む?」

「姉さん忘れちゃったの? グロリア・デイヴィスは本当の名前をグロリア・ハーナットっていうの。デイヴィス家当主の愛人から生まれた娘なのよ」

「あ」

「グロリアはね、小さい時にお姉さんを亡くしたの」

 

 驚愕の話だが、続く話には納得せざるを得なかった。


「ハーナット家のグロリアは十二年前の血の欝金香チューリップで頼りになる姉を失った。それで母親のミシェルは荒れてしまったの」

「母さんが?」

「驚く話かしら。姉さんがどれだけ私やリノの面倒を見てくれてると思ってたの?」

「いや、私はあのときはまだ十一だったし」

「私は五歳で、リノは三歳、立派に母さんを支えられる年齢だったじゃない」


 そうだったっけ、とベルベットは腕を組む。確かに彼女は弟妹の面倒をみていた。確かに大変だったような気もしているが、出稼ぎがほとんどなかった分だけ、いまにすれば楽なのだが……。

 

「疲れていても、笑顔でおかえりって言ってくれる姉さんの存在がどれだけ母さんを支えていたか、グロリアは嫌と言うほど実感してた。姉さんじゃなくて彼女が死ねば良かったって言われるくらいにはね」

「それは……」

「いいの。人が人に優しくできるのは余裕があるときだけ――わかってるから、言わなくても大丈夫。それにこれは、私の経験ではないもの」


 余裕のなさが人の心を壊すのは知っているとでも言いたいのか。もしやグロリアが母ミシェルを苦手としていたのはこのせいなのかと思ったが、それにしては……少し違う気もする。

 ともあれベルベットを失ったシナリオ上のグロリアの物語は続く。


「母親が荒れるのに時間はかからない。グロリアは必然的に育児放棄を受ける形になって、デイヴィス家に引き取られるまでの二年間は、ひもじいか寂しいばっかりの思い出だけ。痩せ細った弟は教会に引き取られたけれど、介護の甲斐もなく死んでしまった」


 ベルベットには聞いているだけでも嫌な話だ。

 ひとりぼっちになった少女は世の中を恨んだ、とグロリアは言った。


「しょせん人間は最後は一人。自分を拒絶した母親に、周りは助けてくれなかった大人達、綺麗事ばっかりの世間知らずな学生。上辺ばっかりの世の中なんて壊してしまおうって思ったの」

「……それが、グロリアが主人公の敵になる理由?」

「そ、復讐の悪役令嬢として王子の婚約者となった私が、プレイヤーに選ばれた正義の主人公の前に立ちはだかるの」


 悪役達が斃される物語は大団円。

 そんな物語が紡がれる十七年前に彼女はグロリアとしてゲームの知識を伴ったまま転生した。次からは悲惨な歴史から逃れるべく、幼い少女が奔走する話になる。


「一番にやらなきゃいけなかったのは、姉さんの生存ね」


 知識があったからよかったというものではなく、この世界に馴染むまでは苦労したと語った。


「どんなところが大変だったの?」

「一番は宗教観が違うところ」

「そんなこと?」

「そんなことっていうけど、私には三大神なんて殆ど馴染みがなかったの。元の人生は、それこそ他宗教の塊みたいなものだったから……」

「……もしかしてそれで週末の礼拝を面倒くさがってた? お金の余裕がないのに教会への寄付をするなんてーって難色を示してたのも?」


 返事はないが露骨に目線が宙に浮いて、話を誤魔化した。

 

「他に大変だったのは、私が知っているのはあくまでもゲームでのシナリオだから、本編前の物語は全然わからなかったことかしら」

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