第7話 みんな愉快な仲間たち
「本当にグロリア様と血が繋がっているのか疑問に感じるな」
などとギディオンは言うが、ベルベットは心外だと目を丸める。
「ギディオン様はグロリア様について、いつ頃養子に行ったのだと聞いているのでしょうか」
「幼少時としか聞いていない」
「七歳です。もう私共のもとで過ごした時間より、デイヴィス家ですごした方が長いのですから、似ていないのは当然です」
この発言に、少しギディオンは疑問を覚えたようだ。聞くか聞くまいか、戸惑いがあったようだけれど、ベルベットが質問を許した。
「プライベートに踏み込むことに躊躇されてるようですが、いまさらでは?」
「命令と、仮にも部下になる人間への分別はわけている」
「分別あると自称なさるなら、そもそもこんな命令断れば良かったのに……っと失礼」
睨まれたので咄嗟に目をそらして話題を変える。
「ま、まぁ、そもそも彼女は昔から子供とは思えないくらい頭が良かった。あの資質を生かすには侯爵家がちょうどよかったのでしょう」
なにより、とベルベットは思う。
グロリアは母と一緒で、極めて美しい容姿を誇っている。ちょっと目元がキツいのが難点だが、貧乏な家の娘であるより、容姿と頭脳を含めたすべてを最大限に引き立ててくれる貴族の方が良かったのだ。
……それは、家族であったのに寂しい考えではあるのだけど。
知らず視線を落とし微笑むベルベット。彼女を怪訝そうに見ていたギディオンだったが、やがて自身の言葉を訂正した。
「俺の勘違いだ。たしかに、グロリア様とお前は血が繋がっているらしい」
「はい?」
「いや、それよりシモン様より確認してほしいと言われていたことがある」
ベルベットは身構えた。
話を聞く限りギディオンは命令された側だから、まだ与しやすさがある。だがエドヴァルド含めシモンは命令を下した側。
はっきりと元凶であるためしかめっ面を隠せずにいるも、ギディオンも質問は止めない。
「グロリア様が養子縁組されて後、本当に会ってはいなかったか?」
「そんなことですか?」
「そんなこと、と言うが、養子縁組されて十年なのだろう。シモン様は、デイヴィス家はグロリア様によくしたつもりだとおっしゃっていた。であれば、誰かにたぶらかされたと思うのは無理あるまい」
などと言われ、からかい気味に返した。
「婚約破棄なんて一番の原因があるのにでしょうか」
「だとしても、あの懐かれようは不思議だ」
ベルベットは可笑しくて笑いそうになるも相手は真剣である。笑うのは止めにして、相手の言葉を真剣に吟味した。
「ああ、まあたしかにあの子もシモン様は嫌いじゃないと……」
デイヴィス家がグロリアを苛めた、などと聞いた覚えはない。外部からだがベルベットが見る限り、デイヴィス家はグロリアに対し彼女に見合った教育を施した。なにより侯爵は彼女を引き取りたいと願うほど可愛がっていたから、彼らにしてみれば、婚約破棄の外部の者の可能性を視野に入れたくなるだろう。
だが、問いに関しての答えはノーだ。
「三大神に誓って、会っていません。遠くからあの子を見ていたことはあっても、決して近寄りはしなかった。私から言える答えはこれだけです」
「そうか、ではそう伝えておこう」
ギディオンは引き出しの中から小さな皮袋を取り出し投げる。受け取ったベルベットは袋を開き、中身に金貨が混じっていることに驚いた。
「これは?」
「引き抜きへの前金と、準備金だ。今後、その身なりで王城をうろつかれるのも俺の品位を問われるからな」
身支度を整えろと言いたいらしい。
ほとんど触ったことのない金貨。物珍しさから噛んで本物かを確かめると「やめろ」と本気で嫌がられてしまった。
さて、準備金とギディオンは言うが、どれだけ安くで済ませられるだろう。頭の計算尺で試算していると男が立ち上がる。
「来い。簡単にだがお前の同僚を紹介する」
「紹介ですか。秘密の部下ではないんですね」
「金を払う以上は働いてもらう」
ベルベットはこの近衛隊長が貴族の子弟であることを耳に入れている。彼女にとって貴族とは鼻持ちならない、ついでに金銭感覚も平民よりバグっている人種を指すのだけれど、なんとなくこの男は違うイメージだ。
ギディオンは扉に手を掛けるも、直前に振り返る。
「念のために言っておく。グロリア様と血縁と言うことは決して他言するな。デイヴィス家との関係も含めてだ」
「もちろんです。私も事を大きくするのは望みませんし、そちらに迷惑もかけたくありません。だって大事な上官ですから」
「俺はそのように軽い言葉は好かん」
「では慣れてください。私は軽い言葉が好きです」
経緯はどうあれ、高い給金でクビになることがないとわかっているのだからベルベットは気楽なものだ。
道中、近衛隊長が連れているみすぼらしい女には奇異な視線を向けられた。それもそのはずで、すれ違う人々は誰も身なりが整っている。
幸いギディオンの足は一階に向かった。中庭を抜け、鍛錬場と思しき場所へ向かうと、一心不乱に稽古試合に励む者達へ声をかけた。
「コルラード、こちらに来てもらえるか」
反応したのは利発そうな少年だ。
一件女の子と見間違いそうな顔立ちだが、身体は鍛えられており、なにより強い眼力が意志の強さを表している。勝ち気な印象を受けるものの、立ち居振る舞いは洗練されており、ギディオンにも流れるように敬礼の姿勢を取る。
「お呼びでしょうか、ギディオン隊長」
「新入りを連れてきた、面倒を見てやってもらえるか」
「新入りですか?」
「ああ、ベルベットだ」
ベルベットもここで自己紹介を行う。
「ベルベット・ハーナットです。よろしくお願いします、コルラード様」
目は口ほどにものを言うらしいが、この時の少年もわかりやすい。明らかな猜疑をベルベットへ向けており、物言いたげだ。ベルベット自身も「ですよね」と内心で同意していたが、素知らぬ顔で軽く頭を下げ、彼らの会話を見守る。
ギディオンもまた、コルラードの疑問は気付いていたらしい。
「言いたいことがありそうだな」
「いえ、新入りとおっしゃるからにはてっきり同い年あたりかと。このおん……この者は明らかに年上でしたので」
「年齢は関係あるまい。俺が近衛入りしたのも二十五を過ぎてからだ。経歴でいえば他の隊長格より浅い」
「隊長は違います。戦場で輝かしい戦績をあげられ、近衛に推挙されたのではないですか!」
どうやら少年はギディオンを熱心に慕っているらしい。こうも好かれるとは良い隊長なのかも……とベルベットが思った矢先だ。
「輝かしいかはともかく、新入りが若くなければならない理由はない」
言外に若くないと言われ額に青筋を作るも、微笑みは忘れてない。
上官の言葉に、コルラードはこれ以上の言葉は無意味と悟ったらしい。
「失礼いたしました。では、新入りへの説明はお任せください」
「俺はエドヴァルド殿下の許へ行く。あとは頼めるな?」
「問題ございません」
ベルベットは演習場に残された。
突然呼び出されたり上官を変えられたりと慌ただしいが、おそらく今日は諸々諦めねばならない日なのだろう。
ギディオンの背中を見送り終えると少年に指示を仰ごうとしたのだが、そこで気付いた。
敵意の眼差しだ。
上官の前では上手に繕っていたらしい。コルラードが明らかな敵意を燃やし、ベルベットを睨み付け、挙げ句の果てにこう告げた。
「お前、調子に乗るなよ」
少年だてらに一睨みで竦んでしまいそうな威圧感だ。ベルベットもか弱い女の子だったら泣いていたかもしれないが、悲しいかな、彼女はこれまであまり良い人生ばかり送っていない。
空とぼけて首を傾げた。
「なにがでしょうか」
「この時期に入隊などあり得るものか。ギディオン様にどう取り入ったかは知らんが、あの御方の右腕は俺だ」
ああそういう――ベルベットは内心で頷いた。
「当然ではないですか」
憧れの人に見知らぬ人間が近づいたら、誰だって不審に思う。だから敵意を抱くのは仕方ないかもしれないが……かといって許容できるかは別問題。
ちょっと遊んでやるか、という気持ちで胸に手を当てた。
「私はご覧の通り平民ですし、ぽっと出の者がコルラード様に敵うはずありません」
「む」
「この役目に就く以上、皆さまのお役に立ちたいとは思いますが、そんな大それたことなどできません。誠心誠意務める以外には考えておりませんよ」
愛想は忘れず、しかし決して軽くなりすぎないように少年を褒める。
「ギディオン様の一番の配下はコルラード様で間違いありません。私は運良くご縁があってギディオン様にお仕えするだけですから、その働き方においては、是非コルラード様にご教授いただければと思います」
しかし揶揄うといっても、少年の手の平にできている剣タコを馬鹿にする気持ちはない。真っ直ぐ目を見つめれば、少年は何事か言葉を呑み込み、喉で奇妙な音を鳴らした。
「……わかっているならいい」
そうして後ろに振り向くと、他の者には鍛錬を続けるよう命じ、ベルベットには「来い」と顎で促した。
「詳しくないだろうから、案内してやる。一度しか言わんから、今回で覚えろよ」
「わかりました」
「あと、公式の場以外で様は不要だ。新入りとはいえ、お前は共に靴を並べる仲になるからな」
これに拍子抜けしたのはベルベットだ。
もっとバチバチにやり合うと思ったのに、想像以上に簡単に少年の態度が軟化した。否、喧嘩をしたいわけではないから、穏便に済ませられるならありがたい話なのだが。
あと――と、少年が不服そうに振り返った。
「今後は平民を理由にするのはやめろ。ギディオン様ならばすぐに叱っているところだ」
「……かしこまりました」
驚いたものの、想像以上のちょろさに、ベルベットは少年を案じると共に反省した。
――あんまり素直だと、揶揄うのも気をつけないとね。
軽口を叩くのはギディオンくらいで済ませておくべきだろう。
さて、この決断が吉と出るか凶と出るか……なんとも不思議な気持ちで馬に揺られ帰った我が家。
そこで見たのは、外に備えられた古い竃でおたまを持った妹の姿だった。
「お帰り姉さん」
幸せが空気中に漂っているグロリアは眩しい。その輝かしさは周りを明るく照らしているものの、固まったベルベットは彼女の隣を見ている。
「だ」
「だ?」
「誰?」
制服姿の妹の隣に居るのは、見慣れぬメイド服。どう見たってどこかいいところの召使いが、ベルベットに向かって深々と頭を垂れる。
グロリアと同い年くらいの、アーモンド型のくりっとした目が可愛い女の子だ。
「グロリア様のお世話をさせていただいているリリアナと申します。何卒よろしくお願い申し上げます、ベルベット様」
「あ、どうもご丁寧に…………って、え? なんで?」
妹に問えば、うん、と軽やかな動作で返された。
「ハーナットに行くなら、せめてリリアナくらい連れて行きなさいって、お父様が」
招かれざる客が増えたらしかった。
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