第3話 強制参加会談

 即斬られるかと思ったが、まだ生きていた。

 相手は生きているベルベットに用事があったらしい。


「王立騎士院所属のハーナットだな」

「ハイ」


 いかつい見た目通り、よく通る声。

 近衛隊長は左目から頬にかけて走った傷跡が特徴的だ。顔立ちは整っていても、強面の顔面で台無しだが、そこが男らしくて素敵とも声にする女性もいると聞いたことがある。ベルベットもこんなときでなければ観賞用として感心していたかもしれない

 人違いということにしたかったけれど、生憎、相手方がベルベットが彼らの正体に気付いたことを悟られた。


「ナニカゴヨウデショウカ」

「用も何も、それはお前が誰よりも理解しているはず」

「アッ」


 たぶん、この場合は正気でいる方が難しいので、頭を空っぽにするのが正解だ。

 

「入るぞ」

「エッッ」


 流石にそれはちょっと……とは立場に怯えて声に出せずも、身体は正直に相手を妨害している。相手は何を誤解したか、いまにも剣を抜きそうな勢いでベルベットを睨み付けた。


「グロリア様を匿っているのは把握している。隠し立てすると容赦しない」


 誰が隠し立てなどするものか。

 この男は、年頃の子供三人がしっちゃかめっちゃかに遊んだ家の惨状を知らないらしい。なぜか転がっているクワガタやカブトムシの死骸、そこら辺から拾ってきた木の実、棒きれ、遊び古した玩具、人形、脱ぎ散らかした服だらけの家に王族を入れろというのは無理がある。

 この理屈で言うなら、足止めをしたベルベットの方が圧倒的に正しいし、後は本気で家の中を見られたくない。

 この絶望を押し隠せない表情で気付いてはくれないものか。

 祈るような気持ちで救いを求めるも、男がベルベットを助ける気配はない。当然と言えば当然だが、無慈悲にも「退け」と命令を下し、ベルベットも諦めた。


「見てもらえばわかりますけど、いま、いません」

「嘘かどうかは中を改めてから判断する」

「あの、でしたらうちを確認するのは、お一人だけにしてもらえたら……」


 諦め悪く申し出れば、もう一度睨まれたが、ベルベットとて必死だ。いまもなお後ろで待機している貴人達。王子殿下と侯爵家嫡男を汚い家に入れるわけには行かない。

 ジェスチャーだけで男に合図を送り、隙間からではあったけれど悲惨な内部を見せると、わずかだが男の怒りも落ち着いた。

 踵を返すと後ろの二人へ頭を垂れたのである。


「殿下、並びにシモン殿。少々こちらでお待ちを。狭苦しく汚い家ですので、なにがあるかわかりません。危険がないか、私が中を改めて参ります」


 それみたことか、と言ってやりたいが二言ほど余計だ。

 男はベルベットを連れて中に入ると、嫌々中を改めつつ、居丈高に言った。


「中を改める間に、見苦しくない程度に片付けろ」


 言われる前に団子虫を拾っている。

 昆虫類は窓から外に投げ捨てて、散らかった物は数少ないクローゼットに全部放り込む。途中、そのクローゼットまで中を検められたけれど、グロリアは隠れていないとわかると、顎を動かし続きを促した。

 この時点でベルベットの気分は最低だ。

 まあ、ただ幸いなのは、グロリアが指摘したとおり、家を増築していた点だ。貴族にとっては襤褸小屋かもしれないが、居間と寝室が別々だったおかげで物はいくらか分散している。増築前は一つの部屋にすべての家具と物が集中しており、これだって随分マシなのだから。

 近衛隊長が部屋と隠れられそうな場所を検める間に、居間だけは片付け終えた。正確には見苦しい物を、全部見えない場所へ追いやっただけなのだが。

 外に出る前に、近衛隊長は足を止める。

 何事かと不思議がるベルベットに、半眼のまま振り返る。


「身なりを整えろ。押しかけたのは我らだが、仮にも殿下の御前だ」


 そんな気遣いができるのなら、はじめから来ないでもらいたい……とは言えず、寝癖のついた髪を直し、シャツのボタン留め、衿や袖を直し、裙は綿のズボンに入れ込む。

 律儀に背を向けていた近衛隊長は、待つ時間すら惜しいらしく質問を投げてくる。


「グロリア様は何処へ行かれた」

「そう言われましても……」


 起きたらいなかったんです、と言えたらどれだけ良かったか。

 相手もベルベットの回答を封じるように言葉を重ねた。


「この家に逃げ込まれたことは調べがついている。我らが求める回答は無知蒙昧な、曖昧な答えではない」


 つまり「わかりません」などと抜かしたら斬り捨てるぞと脅している。絵物語を通して描かれる『騎士』は清廉潔白の存在だ。しかも近衛隊長ともあれば乙女が憧れる存在のはずだが、国仕えなんぞこんなもの、とベルベットも頭を働かせた。

 幸い眠気は吹っ飛んでいたし、部屋を片す間に頭もいくらか通常運転に戻っている。

 妹思いの姉なら、ここは庇ってやるのが王道かもしれない。

 だが彼女は正直に答えた。


「たぶん狩猟小屋です」


 三人を案内した先は、家と家畜小屋から離れた場所にある木造小屋だ。しかも小屋といっても壁の一辺はぶち抜かれており、屋根があるおかげで小屋の面目を保っているだけ。雨を凌ぐためだけの内部には、森から小さな果実を摘むための籠や当たり障りのない道具が置かれている。

 そこにベルベットの予想通り、グロリアがいた。

 その姿を目撃したとき、不覚にもベルベットは状況を忘れた。

 彼女は壊れかけの椅子に座り、末の妹を膝に乗せて笑っている。弟から手渡された蜥蜴も臆さず受け取って、手の平で押さえながら撫でていた。

 リノが少し距離を置いて彼らを見守っていたけれど、それはあたたかみのある困惑だ。


 ……たしか昔は、ベルベットとグロリアとリノが、あんな風にはしゃいでいて、子供達を母が見守っていたのではなかったか。


 わけもない記憶が弟妹達と重なるも、すぐに気を取り直す。貴人達を案内しようと振り返るのだが、今度こそ呆気にとられる羽目になった。

 第一王子と近衛隊長が、グロリアを見て明確に驚いている。

 義理の兄だけあってデイヴィス家のシモンは驚きこそしないけれど、それでもちょっと目を見張る動作を行った。

 果たして割り込んで良いものか。

 しかしここで動かねば話は進まないし、思い切って声を張り上げる。

 グロリア、とベルベットが妹を呼べば、彼女は人懐こい犬を彷彿とさせる仕草で振り返るけれど、一瞬で表情は曇った。

 可愛らしい犬から、一瞬で人嫌いの猫に化した様相だ。

 末の妹を膝から下ろすと年少の弟妹をリノに任せ、真っ直ぐにベルベット達の元へやってくる。

 声を潜め「家へ」と王子達に告げた。


「まさか皆さまともあろう方々が、子供達の前で変な話をされるつもりではないでしょう」

「グロリア、君は……」

「話をするなら向こうで口を開いてくださいませ」


 そう言うと、なぜかベルベットの手を取って行こうとする。

 話し合いなら関係者だけで行ってくれないか……そう言いたかったけれど、グロリアは不思議そうな眼差しで、動かない姉を待っている。

 純粋に姉が付いてきてくれるはずだと信じる姿に、ベルベットは諦めて歩を進めた。

 戻った先は自宅だ。

 ハーナット宅は中央から少し外れた農地地帯に住処を構えているから、たとえ騒音になったとしても聞き咎められないのが唯一の救いか。

 適当に片付けられた室内では、形だけでもと用意した茶に誰も手を付けない。

 まあいいけどね、とベルベットはひっそり茶を啜る。

 明らかに彼女は邪魔者で、男性陣はベルベットを追い出して欲しそうなのだが、グロリアが彼女の服を掴んでいるので離れられない。

 卓に腰掛けたのは姉妹の二人。机を挟んだ向かいに第一王子エドヴァルドとシモン。彼らの背後に近衛隊長ギディオンが立っている。

 どんな火蓋が切って落とされるだろう。

 少なくとも無理やりグロリアを連れ帰らなかったあたり、エドヴァルドとシモンは彼女の話をきくつもりがあるのだろうか。

 最初に動いたのはエドヴァルドだった。


「まず、君には申し訳なかったと伝えておきたい」


 神妙な表情でグロリアに頭を下げるではないか。

 ちなみに、これまで彼はベルベットに対して一言も口を利いていない点を補足しておこう。

 無論、ベルベットは期待しているのではない。貴人というのはかくも平民を「見ないもの」として扱うのに優れているのか、感心していたのだ。 

 エドヴァルドは続けた。


愚かな弟スティーグが君を傷つけた。また、私たちの対応が遅れたために、大衆の前で君の尊厳と経歴に泥を塗ってしまった点においても、父母に代わり深く謝罪したい」

「わたくしは殿下に謝っていただく必要を感じておりません」


 次期国王に謝罪させた事実にも、グロリアは素っ気ない。


「だってスティーグ様はもう十八歳でいらっしゃるもの。王族として優れた教育を受けていらっしゃいますし、成人した殿方の決めたことであれば、ご兄弟が口を挟むなんておかしな話です」

「いいや。此度の件は男女の問題ではなく、王家と侯爵家の問題だ」

「ご大層なことをおっしゃるのね。わたくし、もう侯爵家の人間ではございません」


 グロリアもわかっているはずなのにこの言い様。

 開始されて五分も経っていないのに、ベルベットはすでに後悔している。

 安らげるはずの自宅が一瞬にして魔窟と化している。彼女の真っ暗な気持ちを余所に、デイヴィス家のシモンも会話へ参加した。


「グロリア。たしかにお前の部屋から破かれた養子縁組の契約書と、親子関係破棄の嘆願書は受け取った。だが父上や母上、それに私もそのような妄言を受け入れる気はない」

「もうわたくしと養子縁組を交わした証明書もありませんのに?」

「この家にも保管してあるだろう」

 

 契約書を破いたとはなんだ。それに勝手に当てにしないでもらいたい、とベルベットは言いたい。

 それに、とシモンは咳払いを零す。


「書類がどうのといった話ではない。これまで共に過ごした時間が、私たちにお前がデイヴィスだと植え付けた。我々を知るすべての人間が、お前をグロリア・デイヴィスであると証明している」

「嬉しいお話です。でも何か誤解していらっしゃらない? わたくし、シモン様のことは嫌いじゃありません。養子縁組を解除したいだけで、デイヴィス家も同じです」

「では、なぜ」

「デイヴィスである以前にハーナットでいたいだけ。おかしなこと言ってます?」


 おかしなことだらけだ、とグロリア以外の全員が思ったはずだ。

 鳩が豆鉄砲を食ったようなシモンに、苦虫をかみつぶしたようなエドヴァルドが説得を引き継ぐ。


「もしや、とは思うのだが。君はスティーグに名誉を汚されたことだけに怒りを覚えただけではなく」

「怒ってはいませんけれど、なんでしょう」

「……本来なら、私の婚約者になるはずだった約束を反故にされ、思うところがあった部分はあるだろうか」

 

 聞きたくなかった自国の王室事情。

 間違いなく聞いてはならない内容に、ベルベットはこの場から逃げ出したくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る