22 自主トレ

顔を上げると、ちょっぴり悲しげな眼差しを向けられ、俺は咄嗟に声を上げた。

「嫌じゃないよ!」

それは、断言できる。

「あの時も言ったけど…嫌じゃないよ…。そりゃ、恥ずかしいけど…。でも、蒼生と触れあうのは…嬉しい」

恥ずかしさが込み上げて、俺はまた下を向いてしまう。

「そっか、良かった…」

蒼生が、安心したように、優しく抱き締めてくれる。俯く俺を見下ろしているのが分かる。

「…じゃ、なあに?何か、不安?」

「不安、ていうか…。…ちょっと、気になって」

蒼生は何も言わず、黙って俺の言葉を待ってくれてる。俺は一度大きく息をし、顔を上げ、思いきって聞いてみた。

「あのさ…蒼生は、その、俺以外と経験ある?」

「…え?」

蒼生がフリーズした。本当に数秒間動かなかった。瞬きもしなかった。

「蒼生?」

俺が声を聞いてフリーズが溶けた蒼生は、目に見えて動揺していた。

「え?は?え?経験?」

「俺…。俺は、誰かと付き合うとか、キスしたりとか…。えと、今日みたいなことも…全部、蒼生が『初めて』だよ。でも…蒼生は違うのかなって…」

再び蒼生がフリーズした。溶けるのを待たずに俺は続ける。

「なんか蒼生、慣れてるっぽいなって…。だから経験あるのかな、って。…そう思ったら、なんか、こう、胸がズキンって…」

そこで俺は気付いた。

「あ、やきもち…?」

途端に蒼生がピクリとなった。フリーズが溶けたらしく、そのまま蒼生は両手で顔を押さえて俯いてしまった。耳の方まで赤くなっている。絞り出すような声が聞こえた。

「侑李くん…」

「?」

「侑李くん、忘れてる…」

蒼生が、顔を押さえたまま、指の間から、俺のことをじとっとした目で見てくる。

「俺…結構、人見知りだよ…」

「…あ…」

そう言えばそうだった。高校になってマシになったって朱夏は言ってたけど、中学の頃は、かなり拗らせてた。

「…そんな俺に、経験あると思う?」

「…えっと…そ、そっか…」

蒼生が、ちゃんと顔をあげ、こっちを見つめてくる。まだ、うっすらと顔が赤い。心の中で蒼生の言葉を繰り返して、俺は、おすおずと確かめる。

「…蒼生も、『初めて』?」

俺の言葉に、蒼生が頷く。今度は俺が赤くなる番だった。急にものすごく恥ずかしくなって、両手で顔を隠す。

(でも…それなら)

「…っ!」

蒼生は俺をぎゅうっと抱き締めた。

ちゅうっと強く唇を押し付けられたかと思うと口を開かれ、舌が割り込んでくる。上手く息をすることができず、体を捩る。

「ん、んふっ…はぁ」

「やきもち妬いてくれたんだ」

「ん」

自分から言いだしたのに、蒼生に改めて言われると恥ずかしい。

「うん…」

「初めて、だよ。誰かを好きになったのも…。侑李くんだけ」

抱き締める腕に力がこもる。すっぽりと包まれてしまってもう、身動きがとれない。蒼生は嬉しそうに、

「中二で自覚した時から…う~ん、たぶん初めて会った時から。侑李くんだけが好き。これからもずっと。一生、死ぬまで。死んでも」

そして、キス、キス、キスの嵐。

熱烈な告白とちょっと乱暴なキスに、だんだんと頭がぼうっとしてくる。

「ふっ…っん!」

そのまま、ベッドに押し倒され、首筋にもチュッ、チュッとキスされる。

「あひゃっ…」

くすぐったさに変な声が出てしまって、また、顔が熱くなる。その時の枕元の本が、床までどさっと数冊落ちて、俺は我に返った。

俺は蒼生の肩を掴んで、ぐいっと押す。びくともしなかったけど。

「…やっぱ、なんか、慣れてるじゃん…」

弱々しい声で、俺が言うと抱き締める力が少し緩んで、蒼生はばつが悪そうに目を反らした。

「慣れてるってわけじゃ…。…!」

蒼生は何かを見つけたらしく、床に向かって手を伸ばした。

「…?」

蒼生が拾い上げ、俺の目の前差し出したのは、朱夏の部屋にあったものと同じ「異世界転生ものBL小説」だった。

「これ、侑李くんの?」

「う、ん」

(…なんか、気まずい)

「…これ、俺も読んだ」

「え?」

「これとか…。あと、他にも何冊か、こういうの見て。男同士でどんなことするか、とか……。その…自主トレ?っていうか、妄想っていうか…みたいな…だから…」

蒼生が鼻の頭を掻いた。

(あ、それ、なんか久々…)

照れたときに見せる、癖。その仕草は、少し前まで感じていた「落ち着いて、大人っぽい」というのとは正反対。蒼生らしい姿に、なんだかきゅん、となってしまった。

俺は、蒼生に手を伸ばす。

「そっかぁ…。『自主トレ』かぁ…」

蒼生の言葉にほっと安心感が込み上げてくる。

慣れてるとか、経験済みとか、俺の勘違いだったみたいだ。

今すごく顔が熱い。体も熱い。逸る気持ちもあるけど、どこか冷静だ。

(蒼生も同じ本、読んでたんだ…)

蒼生の顔を両側から挟んだ。

「俺も少し『自主トレ』しとけば良かったかなぁ…」

蒼生がキスしてくる。優しく重ねた唇から、舌が入ってきた。俺もそれに答えて、舌を突き出し、ぎこちなく舌を絡ませる。時々、くちゅっ、くちゅってなるのがなんか、エッチだ。また、ぼうっとしてくる。

「…二人がいいよ」

蒼生が言う。

「二人で、しようよ、練習…今から」

「…~っ!」

そんな風に優しい目で見つめられ、甘い声で言われてしまったら、俺はただ頷くしかなかった。


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