21 疑問
あの後、
「もう少しこうしてたいけど、兄貴帰ってくるから…」
と、蒼生は俺から離れた。
机の上のウェットティッシュを取って自分の体を手早く拭き、スウェットをはき直す。現実感がなくて、まだぼんやりしていた俺の体も綺麗に拭いて、ベッドの下に散らばった服を軽く整えて手渡してくれた。
「はい」
「あ、ありがと…」
「ん」
俺がもそもそと服を着ている間に、蒼生は自分の上半身を拭いてTシャツを着ると、窓に手をかけ、
「ちょっと、開けるね」
と、半分くらいスライドさせた。気持ちいい風が入ってきて、行為の余韻が薄れていく。
そのあとは、いつも通りだった。
朱夏が帰ってきて、三人でご飯を食べて、蒼生と一緒に新山家を出る。
あれからずっと、俺はぐるぐると考えていた。
俺は、蒼生の部屋を出てからも、なんだかずっとそわそわしてた。朱夏が帰ってきたときなんかは気まずくて、少し声が上擦ってしまったのに、蒼生の方は涼しい顔で「おかえり」って声をかけて、「今日のカレー、俺と侑李くんと一緒に作った」なんて、普通に話してた。
蒼生は落ち着いてた。この頃、ずっとそうだ。年下なのに、高校生なのに、大人びて見えてしまう。
だから、ふと思ってしまった。
(…前にも、こんな経験あるのかな?)
俺以外の誰かと。胸がズキンとして、鼻の奥がつんとなった。その時、
「危ない!」
急に腕を強い力で掴まれ、そのはずみに俺の手を離れた自転車が、がしゃん!っと音を立てて倒れた。
(あ…?)
「侑李くん!」
目の前を、何台も車が通り過ぎていく。俺は赤信号で道路に飛び出すところだったのを、蒼生に止められたのだった。それに気づいて、さっと血の気が引く。
「大丈夫?!」
蒼生も、目を見開いてる。
「あ…」
胸がドキドキしている。息が上手くできない感じ。それは、車に驚いたから…だけじゃない。
「どっか痛い?!あ、腕?!ごめん!」
蒼生が掴んでいた俺の腕をぱっと離す。
「…!…」
「?」
「あ…」
俺は涙が止まらなくなって、その後の言葉を続けることができなかった。
俺が少し落ち着くのを待って、蒼生が送ってくれた。いつもは、アパートの下で見送る蒼生だけど、今日は一緒に階段を上って部屋の前まで来てくれた。
「…大丈夫?」
優しい声。
俺は、下を向いたまま蒼生のTシャツを掴んだ。
「…」
何て言っていいか分からなかったが、このまま蒼生と離れたくはなかった。
Tシャツを掴んだまま、玄関の鍵を開ける。
「…入っていいの?」
蒼生の言葉に俺は黙って頷いた。
それほど広くないワンルーム。テレビ、キャビネット、本棚、コタツテーブル、ベッド…シンプルな家具と家電しかない部屋。それでも、床はなんだか落ち着かないい感じがして、俺はベッドに座った。蒼生が
「隣いい?」
と聞いてきて、俺はまた、黙って頷く。並んで座っていたけど、しばらく二人とも何も言わなかった。
「初めて入った。侑李くんの部屋」
蒼生がポツリと呟いた。
そう言えばそうだった、と、思いながら、蒼生の「初めて」という言葉に、反応してしまう。
「ここんとこ、『初めて』ばっかり…侑李くんの手料理食べたのも、侑李くんと一緒にカレー作ったのも…」
俺が黙って聞いていた。
「あと、キスとか…エッチなこともね」
おどけたような声が聞こえる。俺は下を向いたままだったけど、蒼生がこちらを覗き込んでいるのは気配でわかった。
「あのさ…。やっぱ、嫌、だった?後悔してる、とか?」
さっきとは声音が変わっていた。思いがけない言葉に、俺は顔を上げた。
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