⑯ゆめうつつ

ベッドに横になり、意味もなく天井を見つめる。

(蒼生と、キス、した…したよね?え?夢?)

なんだか、現実感がないというか、俺はずっとふわふわしていた。


アパートの前に着き、いつものように、

「おやすみ…」と、振ろうとした手を掴まれて、驚く。

見ると、蒼生がすごく優しい笑顔で俺を見つめている。かっと、顔が熱くなった。きっと、耳まで真っ赤だ。蒼生の顔が近付く。

(あ、キス…?)

「…誰か、来ちゃう…」

俺は咄嗟に俯いてしまった。人の往来がない訳じゃない。しかも、俺の自宅の前だ。誰かに見られたら、俺は恥ずかしさで死ぬかもしれない。

蒼生は、俯いた俺を抱き締め、

「誰もいない」

「…んっ」

そう言って、唇を合わせてきた。顎に添えた手で、唇を開かれる。顔の角度を変えながら、じっくりと味わうように、唇だけで食まれ、内側をぬるりとなぞられると、声が漏れてしまう。

「ん…ふっ…んん」

俺は、蒼生にされるがまま。唇が離れ、ぼんやりと目を開けると、蒼生の微笑みが見えた。


(どうやって、戻ってきたんだっけ?)

よく覚えていない。とりあえずもう、耐えきれなくてベッドに倒れ込んだ。

告白された。俺も答えた。

(付き合う、ってことで、いいんだよな?)

「両思い…。っ!」

声に出したら、途端に恥ずかしくなった。

蒼生と両思いになった。

どうしようもなく嬉しい。

(嬉しいけど、何か…)

いたたまれなくて枕をぎゅっと抱き締める。

そのはずみに、ベッドヘッドにあった文庫本が数冊床に落ちた。

(やば…)

下の階まで響くような音にはならず、ほっとして拾い上げ、ベッドヘッドに一冊ずつ戻していく。手に残った一冊を何気なく開いて、

「うっ…」

変な声が出てしまった。

「…」

俺が好きな異世界転生もののライトノベル…BLの。

それは、朱夏の部屋で手に取ったものと、同じ本だった。

あの日ちゃんと読めなかった本をたまたま見つけ、気になって買ってみたのだった。

「平凡」という設定の可愛らしい主人公、そのこめかみにくちづける蒼生似の剣士。その背景に描かれた教会らしい建物。

(綺麗…)

よく見ると、剣の装飾や学ランのボタン、教会の窓のステンドグラスまで、かなり細かく描き込まれている。緻密で美しいイラストをしばらく眺めていたら、この前は見えなかったものが見えるような気がした。不思議と気持ちが落ち着いてきて、なんの抵抗もなく最初のページをめくっていた。

改めて読んでみたら、止まらなかった。

(あ、これ、面白い…)

意外な展開と、回収されていく伏線が気持ち良かった。中盤で明かされた主人公のチートは、とにかく爽快だった。

蒼生似の剣士は、

(スパダリ…)

優しくて、強くて、一途。

所々に散りばめられている主人公とのやりとりは、丁寧な描写と緻密なイラストで描かれ、そこに蒼生と自分の姿を重ねてしまい、悶えそうになった。というか、悶えた。

けれど、二人の関係は、

(素敵だな)

素直にそう感じて、

(俺らも、こんな風になれるかな…)

などと思ってしまった。

小説というフィクションの世界に触れたからか、どこか夢心地だった今夜のことが、現実として認識できた。

蒼生と思いが通じあった嬉しさの陰で、先ほどまで心に引っ掛かっていたこと。突然その答えにたどりつく。

俺は、急に近付いた二人の距離に、かなり困惑していたみたいだ。

「ちゃんと話そう…」

地区大会が終わったら、これからのこと、蒼生とちゃんと話そう。だから、それまでは「現状維持で」ってことも。

蒼生には、それまで、全力でバスケをしてほしい。

これからすることが一つハッキリしたら、なんだかほっとした。すると途端に眠気が襲ってくる。

(明日は…土曜日…)

大学も休み。人手が足りないときだけどうしても、と言われている週末のバイトも、予定はない。

(あとは…ゆっくり…考えよ…)

俺は、とても心地よく眠りに落ちていった。


翌朝目を覚ました俺は、一瞬青くなって、すぐに赤くなった。

寝る前に読んだライトノベルと、昨夜の体験が影響したらしく、起きてすぐ、下着を洗うはめになった。


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