⑰ここまで ~蒼生side~

今日の夕食は中華だった。

侑李くんは、

「俺のアレンジが色々加えられてるから、『中華風』な」

そう言って笑った。侑李くんの料理は、どれも美味しい。

「いや、めんつゆとか、めっちゃ使ってるし…」

いつもそう言うけど、俺からしてみれば、レシピも見ないで料理を作れるだけですごいと思う。

俺や兄貴はトーストや目玉焼きくらいしか作れない。それだって侑李くんに教えてもらってやっとだった。


「今日も美味しかった」

「そう?良かった。あれさ、味噌使ってんだ」

「中華なのに?」

「だから『中華風』」

侑李くんのアパートまで送りながら、そんな他愛ない会話を交わす。それが、すごく幸せだ。

侑李くんに告白して、侑李くんが受け入れてくれて、すごく嬉しかった。

興奮しすぎて、その日のうちに、侑李くんに何回もキスしてしまったのはがっつきすぎだと反省したけど、とにかく幸せだった。

「あ、そう言えば、今日自転車は?」

「朝、雨だったから、大学まではバス使った」

いつもなら片手がふさがっているのに、今日は両手とも空いている。

(抱き締め放題…)

そう思ったが、昨日侑李くんから、

「地区大会終わるまで、その…できるだけ、今まで通りに…」

と言われてしまった。

少しへこんだけど、

「最後の大会に集中してほしい」

と気遣うように言われてしまったら、了承するしかない。

告白した日の夜、キスした後の侑李くんの顔を思い出して抜いたことと、次の日の朝、夢精してしまったことは内緒だ。

会話が途切れる。少し歩いて、

「あのさ、蒼生。昨日のことなんだけど…。『嫌』とかじゃないからな?」

侑李くんがおずおずと話し始めた。

「俺、何て言うか、まだ、ふわふわしてて…。蒼生も、最後の大会になるだろうし…。大会が終わって落ち着いてから、ちゃんと、ゆっくり話そう?これからのこと」

自分の気持ちを正直に伝えてくれた。

俺のことを、俺とのこれからをちゃんと考えてくれてる。それが嬉しかった。

恥ずかしそうに目を伏せたり、時々上目遣いで俺の方をうかがったり、その姿が意地らしくて、すごく可愛いくて。

(何もナシなのは無理)

そう思って、思いきって、俺から一つお願いをする。

「軽いキスもだめ?」

「え?軽いって、どのくら…」

パッと顔を上げた侑李くんをすかさず抱き締めて唇を重ねる。舌は入れないけど、唇が少しめくれるくらいには強く押しつけて、離す。

「…こんくらい」

自分にしては軽い。本当は、もっと濃厚なやつをしたい。けど、侑李くんは真っ赤になって、

「…っ!全然軽くないっ!」

と、俺の胸を押し退けた。

「え~、じゃ侑李くんに任せる…」

そう言って俺は少し屈んだ。侑李くんは真っ赤なままで、それでも俺の肩に手を置くと、ぐっと背伸びをした。チュッと、ほんの少し唇が触れるだけのキスをする。

「…こんくらいっ!」

侑李くんは、耳まで真っ赤だった。でも俺も今顔がすごく熱い。肩に置かれた手とか、背伸びとか、

(なにこれ、可愛すぎる…!)

なにより、

(「キスもダメ!」とは言わないんだな…)

そのことに、侑李くんが自分のことを好きでいてくれることを実感した。

(仕方ない…我慢しよう)

「分かった、こんくらいね」

「!」

そう言って、俺からまた、チュッとキスをした。二度、三度…もっと。

「多いっ!」

侑李くんは俺に背中を向けて、早足で歩き出した。

(やりすぎた…)

「ごめん、ごめん」

俺は、侑李くんに追い付いて、手を握った。振りほどかれないから、怒ってるわけではないみたいだ。

早足を緩めて、侑李くんが小さい声で言う。

「まだ、ここまでにして…。地区大会が終わるまでには、準備しておくから…」

(え?準備って?)

思いがけない言葉に、俺の心臓が跳ねあがった。

侑李くんの伏せた目にかかる、バサバサのまつげがやたらと色っぽく見えてしまう。

(あと、二週間の我慢…できるかな?)


俺はそれからしばらく、アパート前の駐輪場で、侑李くんから何度も、

「多い!」

と、怒られることになるのだった。

それで我慢した自分を誉めたい。



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